古本屋で雨宿りを

#深夜の真剣文字書き60分一本勝負
お題:雨宿り

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 春が過ぎ、夏にさしかかる前。梅雨、というのが浅香は苦手だった。雨の匂いは好きだが、実際に降られると足は濡れる、かばんは濡れる、プリントなんかを入れようものなら無残な形になる。

「雨の日は閉じこもるに限る!」

浅香は窓の外を一瞥した後、カーテンを勢い良く閉めた。今日は休日だが、両親はでかけており、部屋の中には彼女だけだ。

「本でも読もうかな」

そう言って棚に近付くと、積み重なった本たちの背表紙をゆっくりと目でなぞっていく。推理小説、時代小説、ファンタジー小説、と様々なジャンルの本がそこにある。

 浅香は読書が好きというわけではなく、気になったから買っている、に過ぎなかった。げんに、読むのはこういう“暇な時”である。

「雨宿り? こんな本買ったっけ」

つぶやくと、雨宿りという題字がうたれた本をそっと引き抜いた。表示を見て彼女は思い出した。この本を買った日も、こんな雨の日だった。梅雨でもないのに大雨で嫌な日だ、と思ったのを覚えていた。

「あの人がすすめてくれた本だ」

 その大雨は急だった。雨宿りをするべく入ったのは、いつもなら入るのをためらう古本屋で、浅香は頭を濡らしながらその店に入った。
そこにいたのが、浅香のいう“あの人”……、店主の植野である。彼は雨宿りに入った浅香にタオルを渡して、一言声をかけた。

「雨宿りをしていきなさい」

優しい声音に、浅香は無言のままうなずきタオルを借りた。帰るときにすすめてくれたのが、“雨宿り”。
雨宿りをした男女の切ない恋を描いた小説だった。古いが読み応えがあり君みたいな若い子でも楽しめる、と力説されて購入したものだった。

「途中まで読んでたっけ」

開くと、ちゃんとしおりが挟まれていた。浅香は過去の自分を心の中で褒める。

 ちょうど出会いが終わり、再開するシーンだ。浅香の脳内には自然と植野の顔が浮かんだ。

「……また行こうかな」

つぶやきながらページをめくる。

 梅雨でじめったいはずなのに、不思議と心は爽やかな風が吹き抜けて澄み渡っていた。

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