恋病SS「病院のホワイトデー事情」
企画『恋が芽生えたのは病院でした。』のホワイトデーにちなんだSSです。
サイト:http://koibyou.webcrow.jp/
登場キャラ:あめ(主人公)、田部理王、成瀬涙、松原真、本間瑠実、三浦透、佐竹和、海堂綾
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3月だというのに雪が降った次の日。
あめはいつも通り、瑠実と一緒に過ごしていた。
「お返しもらった?」
「キャンディだった〜」
「松原さんはGO○IVAのチョコくれたわよ!」
何やら廊下から女性たちの賑やかな声が聞こえる。
「なんだろ?」
「たぶんあれはホワイトデーのことだよ」
「ホワイトデー?」
あめは記憶喪失なため、何も分からない状態だ。
瑠実は笑いながら説明してくれた。
「今日ね、3月14日なんだけど、ホワイトデーっていう日なの。1ヶ月前の2月14日に何か贈り物したら今日お返ししてもらえるっていう……、なんだっけ、えーと」
瑠実が言葉につまったとき、ベッドに座っていた綾が本を閉じて顔をあげ、一言放った。
「お菓子会社の策略」
「それだ!」
あめは苦笑いをした。
よく分からないが、こんな小さな子たち(小学生)が冷静に分析をするものではないとなんとなく感じた。
「最近は食べ物以外にもプレゼントすることがあるから、デパートやなんかも力を入れているらしいわ」
続けて綾がそう解説をしてくれる。
なるほど、道理でこの部屋にもおもちゃとかがあるわけだ。
あめがいるのは子どもたちがかためられた部屋。
みんな、それぞれの理由で入院している。
子どもたちの暇つぶしにと、おもちゃが贈られてきたのだろう。
「そういえば……」
あめは思いだした。
瑠実のいう、先月の2月14日。
確か検査があって、理王と一緒に行動していた。
その先々で、理王や涙、真にプレゼントをする女性たちを見ていた。そのときはそんな日があるとは知らないし、3人に尋ねても「別に何でもない」と言い張るばかりで。
「理王さんたちがお返ししたってこと?」
「うん。あめちゃんも3人に何かあげたの?」
「ううん、あげてはないんだけど……。
何かプレゼントすれば良かったなぁ」
「なんで?」
「だって、他の人があげてるのに私はなにもしなかったなんて……。 普段良くしてもらってるのに」
あめの言葉を聞いた瑠美はにんまりとわらった。
目の前の女の子は、自分がどれだけ大事にされているかわかっていないようだ。
「あめちゃん、そんなの気にしなくていいんだよ。
数が多いから覚えきれないんだろうし、普段のお礼ならいつ渡したっておかしくないもの!」
あめは瑠実の明るい笑顔と言葉に救われた気がした。
「逆に言えば、今日渡したっていいんだよ。 あの人たち、義理とはいえ返すばっかで渡されはしないだろうから、印象に残りやすいだろうし」
確かにそのとおりだ。
しかし自分は外に出られない。
いや、出てもいいがお金がないから何も買えない。
「でも、何をあげればいいと思う?」
「あめちゃんからなら、何もらっても喜ぶよ」
「どうして?」
「どうして、って……」
瑠実は綾のほうをちらりと見る。
視線に気付いた綾は顔をあげた。
「私は本を読むのに忙しいから」
「そんな〜」
「……何か言ってあげればいいんじゃない? 言葉を贈るのも、立派なプレゼントでしょ」
「言葉、かぁ。 ありがとう、綾ちゃん!」
「別に。 頑張れば」
綾はあめの言葉にそっけなく返しつつ、また本を読む。でも、少し嬉しそうなことを瑠実は見抜いていた。
「そうと決まればあめちゃん、いくよ!」
「え?」
「目指すは3人のあめちゃんズナイト! いざゆかん!」
「あめちゃんズナイト? 私の夜? え? あ、ちょっ、瑠実ちゃん!」
瑠実に手をひっぱられ、ドタバタと病室を出ていったあめを見送った綾はため息をついた。
「静かに本読みたいのに……」
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「これで、終わり……」
理王は最後のお返しを手渡して、廊下で一息ついていた。
涙や真に比べれば少ないほうだが、なんせ相手がだいたい50代オーバーなので、何を買えばいいか分からずとても……とても悩んだのだった。
「さて、午後の仕事もあるんだし切り替えないと!」
と、そこにパタパタと足音が聞こえた。
見えたのは瑠実とあめ。
こちらに向かってきている。
「あ、あめちゃん?!」
まさか会えるとは思ってなかったからびっくりしてしまう。
あめも気付きにこりと笑ってくれた。
「理王さん、お疲れ様です」
「あ、ありがとう。 どうしたの? どこか痛い?」
「それだったらナースコール押してるよ」
「それもそうだね、ごめん……」
瑠実の痛いツッコミに理王は少し落ち込む。
あめは瑠実の頭を優しくなでる。
「瑠実ちゃん、理王さんは心配してくれたんだからそういうこと言わないほうがいいの」
「はーい」
まるで親子のようなやり取りに内心和む理王だったが、仕事のことを思い出す。
ここで時間を潰していては他の職員に怒られてしまう、そう思った理王は慌ててあめたちとは反対の方向へと足を向ける。
「仕事があるから、また夜にでも話そう!」
「あ、はい」
いうが早いか早足で歩き出す。
「あめちゃん、ほら言うなら今だよ!」
「え? あ、そっか。 あ、あの、理王さん!」
何やらこそこそ話している、と思ったら呼び止められた。いったん足を止めて振り返る。
「お仕事、頑張ってくださいね!」
周りを気遣ってなのか、あまり大きな声ではない。それでもしっかり理王には届いていた。
思わず理王の顔がにやける。
「ありがとう!」
理王がそうこたえると、あめが手をふってくれたので理王も手をふりかえす。
理王にとっては思いがけない、でも嬉しいサプライズとなった。
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理王と別れた瑠実とあめは、涙と真を探していた。
「どこにいるんだろう……」
「真くんはともかく、なるくんは手術の可能性もあるよね」
「真さんもかもよ?」
「えーそうかなあ、あの女たらし」
「誰が女たらしだって?」
2人の会話に聞き覚えのある声が乱入してくる。
後ろにいたのは、ちょうど話をしていた真だった。
「真くんいたんだ」
「いました。 で? 何、俺のこと探してたの?」
「うん。 あの、涙さんは?」
「オッサンなら手術だよ。……ああ待て、今日は三浦たちの検査日だから違うか」
涙のことを聞かれたのが少しいやだったのか、真はあからさまにムッとしている。
顔は平常だが、声が不機嫌だ。
「なるくんが聞いたら怒るよ〜」
「いいんだよ」
「じゃあ先に真さんに」
「ん?」
あめが真の手をとる。
両手で包み込み、ぎゅっと握った。
「たまには息抜き、してくださいね?」
周りに誰もいないのが救いで、真の顔はみるみる赤くなっていく。
「真くん照れてる!」
「ば、瑠実! あめに入れ知恵したのお前か!」
「瑠実わかんなぁーい」
「入れ知恵?」
「ぐ……」
たぶん、動作は瑠実仕込みだ。
でも言葉はあめの気持ちそのものなのだろう。
だからこそ、余計恥ずかしさが出てくる。
手をふりほどくと、あめを睨みつけた。
「急になんだよ、お前」
「今日ってホワイトデーなんでしょ? いつも面倒見てくれてるから、ねぎらおうと思って」
恥ずかしさから思わず睨みつけたが、あめは照れ隠しなのをわかっているのかいないのか、気にもせずにこにこと言う。
なんだか照れるのがバカらしくなった真は、頭をかきながら、落ち着きを取り戻す。
「……あっ、そ」
「真くんそっけない」
「そっけなくねえよ! ったく……。早く部屋に戻れ、2人とも」
真に言われた2人は元気よく返事をして部屋に向かった。2人が見えなくなったのを確認して、真は自分の手をみつめる。
『たまには息抜き、してくださいね?』
まだあめの体温が残る自分の手。
「……なんなんだよ、もう……」
脱力しながらそばにあるベンチに座り込むのだった。
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部屋に戻ってくると、透と和も検査から戻ってきていた。
「あ、あめちゃんに瑠実ちゃん」
「おーっす!」
三浦透と佐竹和。
2人は小学生の男の子で、瑠実のルームメイトだ。
「俺ら検査だったんだ。次瑠実と綾だって。」
「一緒に行って来たら?」
「そうする。 綾ちゃん、いこ!」
透と和に促されて、瑠実と綾が部屋を出ていく。
「あめちゃんは瑠実ちゃんと何してたの?」
「病院の中をお出かけしてたの」
「俺らも行きたい〜!」
「あはは、透くんは外に出られないからつまらないんだ」
「2人はいつから入院してるの?」
あめの言葉に2人は顔を見合わせる。
「確か俺が先だったよな。そこに和が来て」
「うん。瑠実ちゃん、綾ちゃん、透くん、僕、の順番でこの部屋に来たよ」
「瑠実、最近は元気そうでよかったよな。前は発作がひどくて」
透の言葉に和がうなずく。
「発作のたびに理王さんが駆けつけてくれて。まだ若いのにすごいと思います」
「涙もいっつも怖い顔だけど、あれで優しいんだぜ!」
「そうだね、涙さん、優しいよね」
透の言葉にあめが同意したとき、ドアのところからガタンと物音がした。
それに気付いたあめが近寄る。
「? ……あ、涙さん!」
「えっ……、いや、俺は三浦と佐竹を呼びに来たんだ」
「俺たち?」
「さっきの検査結果、どうやら見習い看護師がミスしちまったらしくてデータが飛んだんだ。
悪いがもう一回検査受けてくれ」
そこまで言ったところで、透と和があからさまに嫌そうな顔をする。
気持ちは分からなくはないが、仕方ないものは仕方ない。
「本間たちと一緒に受けてもらうから怖がらなくていい。検査衣に着替えてから行けよ」
「はーい、行くぞ、和」
「うん。じゃあね、あめちゃん」
涙に言われた2人はそのまま部屋を出る。
残ったのは、あめと涙。
「で、だ。その……あめ」
「はい?」
「さっきの、やつ。あまりそういうこと言うな」
「さっきのやつ?」
「ほら、三浦たちに言ってただろ、俺が優しいとか」
「ああ! ふふ、だって優しいじゃないですか」
「!!」
あめはあっけらかんと言う。
見た目は怖いが、透たちが言ってたように、確かに優しい。
「ほほー……、俺の言いたいことが分からないのか?」
「言いたいこと? ってなんですか?」
涙は分かった。
こいつは、ちゃんと言葉にしないと伝わらない。
鈍感とか、天然だとかじゃない。子供なんだ。
……そのくせ、大人びた雰囲気をまとう、目が離せない存在感をもつ女。
「……俺が優しいのはお前だけだ」
「えっ?」
きょとんとした顔をする。
涙はそれを面白いと感じる自分に気付いた。
「でも、涙さん、ホワイトデーのお返し……」
「ホワイトデー? なんだそれ。
俺はそういうイベントには興味ねーの。
どっかの陰険眼鏡とは違うんだよ」
GO○IVAのチョコをばらまく人、のことだろう。
そういえば真は涙のことをオッサンと呼んでいた。
お互いに嫌いな呼び方で呼びあうとは、本当は仲がいいのかな?
でもそれは言わないほうがいいだろう。
「透くんたちも優しいって」
「患者だからな。 お前は……患者だけど……」
「だけど?」
「……いわねえとわからないとかバカだろお前」
「あっひどい! わからないから聞いたのに!」
「うるさい!」
結局いつも通りにぎやかで、楽しくて、和やかな病院のホワイトデー事情。
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