過呼吸は君のキスで(フリーワンライ)

#深夜の真剣文字書き60分一本勝負
テーマ:過呼吸は君のキスで

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初恋はかなわない、という。しかし、それが本当かどうかは誰も知らないはずだ。もちろん、わたしも。

「新しいリップクリーム?」

前の席に座る乙葉がパックジュースを机の上に置きながらわたしにそう尋ねた。

昨日買ったばかりのリップクリーム。まだ高校生だから化粧はしなくていい、といわれるけれど何もしないのはなんとなく味気ない気がして、せめてもの“おしゃれ”としてリップクリームを使っている。

「うん。いちごの匂いがするんだって」

そう言ってリップクリームを差し出した。乙葉はそれを受け取り、鼻に近づける。くんくん、と嗅ぐような仕草をしてから首を傾げた。

「いちごの匂い、するかな?」
「分からない?」
「うん。あんたはわかるの?」
「ちょっとだけね」

そこでわたしはあることを思いついた。わたしが分かって乙葉が分からないのは、そう。

「乙葉も塗ってみたら?」

乙葉はそのリップクリームを使ってないから。

そう考えて提案すると、彼女は少しリップクリームを見つめた後笑って頷いた。

「じゃあ借りるね」
「どうぞ」

わたしたちは笑い合う。彼女は自分の唇にゆっくりとリップクリームを押し当てた。それを見ていたわたしは、彼女の―……乙葉の女らしさに初めて気付いたような感覚に陥った。

あれ? このリップクリームはこんなに色気の出るアイテムだったっけ?
わたし以外の女子高生も使っている、なんてことのないもののはずなのに。乙葉は大人っぽくて綺麗だから、本当の口紅みたいに思えるのだろうか。

「どうしたの?」

リップクリームを塗り終わった乙葉の言葉に、我に返る。

「べつに。それよりどう? わかる?」
「うーん。使い続けてみないと、分からないかも」

そう言って、彼女はわたしにリップクリームを返してくれた。
そこで終われば良かったのだけど、あの子はこう続けた。

「リップクリームの貸し借りってさ、恋人みたいじゃない?」

わたしの体温が上がるのが分かった。顔に出やすいとよく言われるけれど、赤くなってないかな。

「間接キスしちゃったね」

乙葉は笑って言うけど、どことなく本気もにじませていた。そんな彼女の言葉ひとつひとつに、頭が追いつかなくてわたしは自分が何を考えているのか分からなくなってしまう。

彼女は友達だし、冗談もいう。だからこれもきっと、冗談だ。

「そういえばさ、彼氏っているんだっけ?」
「いない……けど」
「初恋は?」
「……よく分からない」

えー、と不満そうな声をあげる彼女を見ながら、心の中でつけたした。

よく分からない。
だって、今初めて好きだという感情を知ったから、初恋はこの瞬間(とき)。

でも、乙葉は女の子だから。女の子のわたしに好きになられても困るよね。だから、言わないでおく。そのかわり、このリップクリームを使う度に思い出させて。

いつも一緒にいるあなたに恋人みたいと言われたこと、あなたとキスしてる気分になること、思い出すたびに胸が苦しくなることを。


―過呼吸は君のキスで。

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