わかるはわける

 この世界はあらゆるものが繋がっていて、僕たちにはそれをそのまま丸ごと理解することはできない。世界を切りわけて小さな単位にして、それらをもう一度積み重ね、並べ直し、ようやく僕たちは世界を一つの物語として把握する。そして何かを知った気になる。
 世界は矛盾と理不尽と不可解さにあふれ、不公平で不親切で不愉快で横暴だ。ただここにある世界の、そのすべてが繋がったものの丸ごとが世界なのであって、喜びにも悲しみにも理由などない。ただ単にあるだけだ。だからこそ、僕たちはその理由を知りたいと思い、世界をわけようとする。
 わかるためにはわけなくてはダメなのだけれども、繋がっているからこそ成立する世界をわけてバラバラにすれば、それは小さくなった何かを見たということに過ぎず、たとえわかったような気になったとしても、丸ごとの世界がわかったわけではない。機械の仕組みを知るために分解して一つ一つのパーツを取り出し、その構造を理解するのとはまるで違っている。
 世界が単純じゃないことは誰もが知っているのに、僕たちはすべてが単純でわかりやすくあって欲しいとどこかで思っているし、人は自分に見えないもの、見たくないものは存在しないで欲しいと願い、ときに自分を欺こうとまでするから、気をつけておかなければ世界から好みのパーツだけを集めて満足してしまう。
 残念ながら僕に知ることのできる世界は僕の体の中にしかない。僕の脳の中にしかない。見聞きするものはすべて僕の中で処理された情報に過ぎなくて、本当はどうなっているのかなんて僕には永久にわからない。
 僕が僕の中から出てこられない限り、どうやっても世界の断片しか手に入れられないのに、やがて僕は自分の手元にあるものがしょせんは世界のほんの欠片に過ぎないということを忘れ、それを世界のすべてだと勘違いする。そしてたぶん、誰もがそうやって勘違いしている。
 すぐにわかると言いたがる者を僕があまり信用しないのはそういう理由からだ。
 少しでも自分の体の外にある世界を知るには、自分以外の感覚を獲得するしかない。無限に存在する他者の感覚を獲得し続けるしかない。だから僕は小説を読む。他者が感じている世界を知るために。僕ではない他者の人生を知るために。それぞれの手元へ切り分けられた世界のパーツを少しでも集めるために。

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