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Withコロナ時代の視点⑧ 連続インタビュー「西田哲学を超える<結びの思想>」町田宗鳳・広島大名誉教授@ありがとう寺

 「ありがとう寺」は前衛的な無宗派の寺院である。静岡県御殿場市の富士山を正面に仰ぐ場所にあり、寺のすぐ下にはホテル時之栖がある。住職の町田宗鳳先生(広島大名誉教授)は14歳の時に家出して仏門に入り、京都の臨済宗大徳寺で修行し、34歳の時に渡米。ハーバード大で神学修士号、ペンシルバニア大で哲学博士号を取得し、プリンストン大など内外の大学で教鞭をとった経歴を持つ。町田先生は「ありがとう」を唱えて「無意識のクリーニング」をする極めて単純で強力な瞑想法<ありがとう禅>を開発し、実践している。私は町田先生が主宰する「ありがとう断食セミナー」や「風の集い」に参加して話を聞くにつれ、背景に日本的直観というべき<結びの思想>があることを知るようになった。
 2019年3月、上京した町田先生と懇談した時、自らの禅体験に基づき<絶対矛盾的自己同一>の概念を示した京都学派の西田幾多郎の哲学について「西田が構築してきたものを壊さないかぎり、新しい禅哲学は生まれない。<絶対矛盾的自己同一>の概念の延長線上に<結びの思想>はある」と語った。難解な抽象的観念論ではなく、分かりやすい議論を展開したいとも付け加え、「残りの人生を、<結びの思想>を世界に広めるために費やしたい」と真剣なまなざしで話された。町田先生の重い決意を感じ、私なりにできることを協力したいと思った。

『一即多、多即一』の華厳思想 コロナが個人と人類に突きつけた現実
 町田先生は今回のパンデミックを時代の転換点ととらえている。私は書面インタビューで、Withコロナ時代になぜ、<結びの思想>が必要なのか、を聞いた。
 ――まず、コロナ・ショックの最中に西田哲学をどう捉えたらいいのでしょうか。
 「コロナウイルスの起源は、いまだに明確になっていませんが、世界中の人間が苦しんでいる事実には相違ありません。世界の混乱に乗じて歪(いびつ)な全体主義や国家主義が台頭してくる危険もある一方で、今こそ共通の困難を人類社会が協同で解決していく道も開けています。コロナは個人の問題であると同時に、人類の問題でもあるわけですから。西田哲学の背景には『一即多、多即一』という華厳思想がありますが、それを単なる理念ではなく、現実として受け止める絶好のチャンスでもあります」
 「西田は歴史的現実世界を、『作られたものから作るものへ』と主体的に変えていく世界だと捉えていました。パンデミックを前にして右往左往するのではなく、『随処に主となれば、立処皆真なり』(臨済録)ですから、今こそ各人が主体性を強く持って生き抜かなければなりません」
 「また西田哲学の最も代表的概念である『絶対矛盾の自己同一』の観点から言えば、絶望と希望は別物ではありません。この困難な状況に絶望ではなく、希望を見い出すだけの主体性が必要なのです。ここでいう主体性とは、自我を乗り越えて世界を一つのものと見るような直観力です。それは西田がいう『行為的直観』のことであり、祈りのことでもあります」
                             
<結びの思想>人類社会の多様性を認め、その根源にある共通基盤を自覚 

――<結びの思想>とは何ですか。西田哲学の延長にあるとはどういうことですか。
 「西田の『絶対矛盾的自己同一』を分かり易く表現したものが、<結びの思想>です。善と悪、神と人、西洋と東洋、科学と宗教、個人と共同体など、これまで二項対立的にとらえてきたものが、実は根源において結ばれているという考え方です。西田は主語的論理と述語的論理を超克した所に『場所的論理』を見出したのですが、<結びの思想>も第三の論理となり得る普遍性を備えています」                     「人類社会がこのまま対立を深めていけば、その存続は目に見えて危ういものとなります。地球環境やグローバル経済など、一部の国だけで解決できる問題ではありません。今さら覇権をめぐって軍拡競争をするのは、甚だしい時代錯誤です。戦国時代の封建領主たちの所領が現在では単なる都道府県になっているようなもので、いつか必ず国家主権や領土意識が消える時代が来ます。西田のいう『絶対無の場所』を実感するような体験を持てば、そのことはすぐに理解できます。それは宗教体験ではなく、個々人の意識の深まりのことです」
 ――では、なぜ、この時代の転換点に<結びの思想>が必要なのでしょうか。
 「従来の文明転換期には大規模戦争、異常気象や疫病による民族大移動が発生しています。私たちには、過去の歴史に学ぶだけの謙虚さが必要です。新たな文明が台頭して来る時、まず技術革命が先行し、そこから新しい産業構造が誕生します。しかし、技術革命の前に思想革命が起きるというのが、私の持論です。そうでないと、人間の思考回路が変わらないからです。『欲望の資本主義』によって制御不能になりつつある近代文明において、宗教の役割は急速に縮小しています。人類社会の多様性を認めつつ、その根源にある共通基盤を自覚するという意味で、<結びの思想>が新しい文明の基軸となってほしいと考えています」

町田宗鳳 (まちだ・そうほう) 広島大学名誉教授、比較宗教学者、「ありがとう寺」住職
1950年京都府生まれ。14歳で出家し、臨済宗大徳寺で20年間修行。その後ハーバード大学で神学修士号、ペンシルバニア大学で哲学博士号を取得。プリンストン大学助教授、国立シンガポール大学准教授、東京外国語大学教授などを経て現職。 『人類は「宗教」に勝てるか』(NHKブックス)、『「ありがとう禅」が世界を変える』(春秋社)、『異界探訪』(山と渓谷社)、『人の運は「少食」にあり』(講談社)など著書多数。国内各地およびアメリカ、フランス、台湾などで「ありがとう禅」を、静岡県御殿場市で「ありがとう断食セミナー」を開催している。


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