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Withコロナ時代の視点⑨ 連続インタビュー「<狂い>と信仰ー狂わなければ救われない」 町田宗鳳・広島大名誉教授@ありがとう寺

   静岡県御殿場市の「ありがとう寺」住職の町田宗鳳先生(広島大名誉教授)がSNSで発する言葉は一つひとつが心の奥に響く。それは宗教の実践者であり、生活者であり、比較宗教学者であるからだと思う。町田先生はハーバード大やペンシルバニア大で学び、その後も海外のアカデミズムで揉まれてきた。そうした経験が世界の宗教、哲学、文化を相対化して独自の見方を示してくれる。さらなる魅力は「自由な精神」と明るい人柄だ。全幅の信頼を置く理由はそこにある。

ピカソの奇怪な絵に心打たれる理由
 町田先生は「ありがとう」を唱えて「無意識のクリーニング」をする極めて単純で強力な瞑想法<ありがとう禅>を開発し、実践している。<ありがとう禅>の締めくくりは「笑いの神事」で、全員が自己解放の大笑いをする。静かに瞑想する座禅のイメージとは異なっているのだ。
 京都の臨済宗大徳寺で20年修行した町田先生を禅の破壊者であり、創造者であると思うときがある。著書の「〈狂い〉と信仰―狂わなければ救われない」 (PHP新書)で次の記述が印象に残るからだ。
 「私のいう<狂い>の意味であるが、それは理性では覆いきれない人間性の最も奥深い闇の中で、不気味にドクロを巻いている何者かである」
「正直なところ私たちの大半は、くそマジメな宗教画よりもピカソの奇怪な絵に心を打たれるのである。なぜかといえば、そこにすべての人間が心の深層で抱え込んでいる<狂い>が懐かしく表現されているからである」

 <狂い>のマグマから汲み上げる深い智慧が不可欠

 Withコロナの時代、私たちは<狂い>をどう捉えればいいのか。狂わなければ救われないのか。町田先生に書面インタビューを試みた。
 ――改めて<狂い>とはどういうことなのでしょうか。禅の修行において<狂い>とはどう考えればいいのでしょうか。
 「<狂い>とは、人間性の最奥に煮えたぎるマグマのことであり、それを持たない者はいません。そこにおいては貧富の差も学歴も関係ありませんから、人間は絶対平等です。宗教体験とは、その<狂い>のマグマに瞬間的に触れることに他なりません。マグマは爆発的なエネルギーを備えており、現象面においては創造的にも破壊的にも突出して来ます。創造的な場合は科学的発見や芸術的表現となって現れ、破壊的な場合は暴力行為や精神疾患として現れます。人間性は到底、理知だけでは理解できず、この無意識から突き上げてくる<狂い>のエネルギーの甚大さに気づかねば、大きな損失を被ります。ユングも抑圧された無意識による逆襲を警告していましたが、近代の合理主義だけでは、人類文明は早晩、行き詰まることになるでしょう。Withコロナの時代を生き延びるためには、さまざまな差別や偏見を乗り越えて、国際社会が密接に協働していかなくてはならないので、<狂い>のマグマから汲み上げる深い智慧が不可欠だと思います」
 ――<狂い>と解脱、悟りをどういう関係にあるのでしょうか?
「<狂い>そのものである無意識の底には、眩しい光があります。それは観念的なものではなく、実際に深い瞑想や臨死体験を通じて目視することができます。解脱や悟りとは、その光に触れた時の解放感のことですが、それは一過性のものである以上、人間は生きているかぎり精神の錬磨が必要です。形だけの修行や瞑想に耽っても、残念ながら無意識の光に触れることは出来ません。現存する宗教の大半は、教義・儀礼・組織に囚われ、人間の自由を簒奪(さんだつ)しているといって過言ではありません。21世紀の宗教は、脱宗教的なものになるでしょう。労働の中に、そして芸術の中にこそ祈りがあります。昔は出家することに多大な意義がありましたが、現代は俗の中に聖、聖の中に俗を見いだすことに深い意義があります。自己を掘り下げていけば、必ず<狂い>のマグマに遭遇します」

危機の時代に常識人の出番などあり得ない
   ――コロナ危機で時代の転換点の今、<狂い>をどう考えればいいのですか。
  「結論から言えば、狂わなければ救われません。それは病的になることでも、暴力的になることでもありません。意識を一点に集中させ、自我の壁を突破することです。イノベーションといっても、単なる思いつきではダメです。一休禅師は『仏界入り易く、魔界入り難し』と言いましたが、魔界に飛び込んでいく勇気がなければ、真のイノベーションなどあり得ないのです。人類史に名を残した偉人たちの多くは魔界において、私たちに新たな方向性を示してくれた人たちです。危機の時代においては、常識人の出番などありません。新しい時代を切り開くために、政治・経済・教育などの分野において最も必要なイノベーションは、<狂い>のマグマからしか生まれて来ないと確信しています」

町田宗鳳(まちだ・そうほう)
 広島大学名誉教授、比較宗教学者、「ありがとう寺」住職
1950年京都府生まれ。14歳で出家し、臨済宗大徳寺で20年間修行。その後ハーバード大学で神学修士号、ペンシルバニア大学で哲学博士号を取得。プリンストン大学助教授、国立シンガポール大学准教授、東京外国語大学教授などを経て現職。 『人類は「宗教」に勝てるか』(NHKブックス)、『「ありがとう禅」が世界を変える』(春秋社)、『異界探訪』(山と渓谷社)、『人の運は「少食」にあり』(講談社)など著書多数。国内各地およびアメリカ、フランス、台湾などで「ありがとう禅」を、静岡県御殿場市で「ありがとう断食セミナー」を開催している。

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