『バラックシップ流離譚』 蓑皿・1
昨晩の仕事終わり。一緒に働いている友人から、明日の朝自宅に来てくれと言われた。
珍しいこともあるものだ。僕も彼も、居住区の下層の住人だ。
貧乏暮らしで、お互い家にあるのは最低限の家財道具くらいのもの。
客に出す飲み物の類にも事欠く有り様なうえ、掃除も行き届いていないので、会うとなれば大抵外でというのが通例だった。
「オルムス、来たよ」
入口に立って呼んでみたが、反応がない。
戸は、簡単に蹴破れそうな薄い木の板だ。破れ目から中を窺おうと身を屈めたところで声がした。
「ストルティか? ごめん、裏にまわってくれ」
裏にあるのはボロボロの納屋だ。中にはガラクタしかなかったように記憶しているが、珍しいものでも見つけたのだろうか。
僕を目にすると、オルムスは焦ったようすで手招きした。
「早く! 人に見られたくない」
「なんだよ、まったく……」
オルムスは辺りに人がいないのを確認すると、素早く納屋の戸を閉めた。
「見せたいものがある」
「へえ。お宝でも拾ったか?」
「……そうかもな」
冗談のつもりだったのに、マジなトーンが返ってきた。
でも、それなら何故わざわざ僕に見せるんだ?
僕が訝っていると、オルムスは奥に向かって、小声でなにやら呼びかけた。大丈夫だ、とか、こっちにおいで、などと聞こえる。
まさか生き物なのか?
ややあって、ぺたぺたという足音が近づいてくる。
山と積まれたガラクタの陰から、小さな手が現れた。
続いて、そいつの頭部らしきものがひょこっと覗く。
屋根の隙間から差し込む光が、そいつの顔を照らし出した。
人――僕らとおなじくらいか、もうちょっと幼いくらいの少女だった。
柔らかそうな金髪を肩まで伸ばし、ボロボロのシャツ一枚を身にまとっている。
顔だちはなかなか可愛い。が、少々薄汚れている。
しかも彼女は、くちびるをキッとひきむすび、警戒心を剥き出しにして僕をにらんでいた。
「誰?」
「わからない。一昨日の夜、倒れてるのを助けた」
「このシャツ、見覚えがあるな。お前のか?」
「ああ。見つけたとき……その、なにも着てなかった」
言いながら、オルムスはすこし顔を赤くした。
「僕はストルティ。キミは?」
訊ねると、少女はあとずさり、ううう……と唸った。
言葉に反応したというより、僕が近づいたので、その分距離を取ったという感じだった。
「もしかして、しゃべれないのか?」
「そうみたいだ」
最初は俺に対してもこんな調子だったと、オルムスは言った。
「逃げ出さなかったのは、そうできないくらいに腹が減ってたからだと思う。食事と毛布を与えたら、大人しくなったよ」
「まるで獣――そうか」
そう呟いたところで、閃くものがあった。
「オルムス。この子は、人族じゃあないのかもしれない」
「え? いや、だって、どう見ても……」
「聞いたことはないか? ギンメル人の家畜の話……」
「ま、まさかそんな……あんなの、ただの噂だろ」
「どうかな。実際にたしかめたわけじゃあないけど」
「それじゃあ……」
オルムスは首をギイイ……と動かして、少女の顔を見つめた。
少女は怯えたように身を縮め、オルムスと僕を交互に見返す。
「ああ、そうだ。おそらく、彼女はカリュメ。ギンメル人が飼っている、”食用の獣“さ」