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ゴリラの欲情と、人間の欲情

私が本を読んでいたら、父が前を通り過ぎた。私の読んでいる本のタイトルを目の端でとらえた父は、戻ってきて私の前に立ち、わざとらしい悲しげな顔をみせた。

私が読んでいたのは、『父という余分なもの

タイトルを聞いて、「うわっ、フェミニズムかよ」と思ったそこのあなた。違います。(フェミニズムが蔑称として用いられているのがとても哀しいという話はここではおいておこう。)

『父という余分なもの』は、ゴリラを愛して数十年。一年の半分は人間以外の生物と過ごすという研究者、山極壽一先生の著作だ。やや専門的な語も登場するが、ゴリラとチンパンジーの区別もついていない専門外の私でも読める本だった。

父という”余分”なもの、とはどういう意味か。

山極先生が観察したところによると、サルには「父親」と呼べるような存在がいない。確かに育児に携わるオスはいる。だが、このオスの目的は、育児それ自体にはない。幼児を抱きかかえていると他のオスから攻撃されにくいとか、メスからモテやすいとか、あくまで自身がサル社会で有利にふるまうためだ。そのオスが、特定の幼児の親として、サル社会で認知され続けることはなく、幼児が父親という存在を通じて社会化されることもない。

一方、類人猿の一部、テナガザルやゴリラには、父親と呼べるようなオスがいる。特にゴリラについては、この父親というのは生物学上の父とは限らない。父親は離乳期以降の子どもたちと密接に関わり、子どもたちが社会に受け入れられていくにあたり大きな役目を果たす。

このサルと類人猿の違いはどうして生まれるのか。そして、人類が父親という存在を確かなものとすることができたのは、なぜか。鍵となるのが、「文化的なもの」ということになるのだが、ここら辺の説明は本書に譲ることにしよう。

(サルと類人猿と人類ってどう違うんだっけ...となった方。私もです。霊長類研究所のこの説明が分かりやすかったです)


ゴリラにも同性愛があるらしいよ、という話とか、ゴリラにとっての死の観念とかも、興味深かったのだけれど、なかでも一番印象深かったのは、この箇所。

人間以外の霊長類の社会では、メスが発情の兆候を示すと、これに反応してオスが発情するのがふつうである。オスが勝手に発情することはなく、したがって、発情していないメスにオスが求愛することもない。メスの生理状態に対応して交尾が発言する仕組みになっているので、体が変化をきたしていないメスにとってオスは危険な存在ではない。 山極寿一(1997)『父という余分なもの』新書館;p.174

これを読んで、「いいなあ、ゴリラ」と思ってしまった。

私のセクシュアリティ(アセクシュアル)的な面では、ゴリラに生まれたところで人間と大差ないだろうし、特にゴリラのオスだったらしんどかったかもしれない。

だからいいなあって思ったのは、ジェンダー的な要素からだと思う。私が、この人間社会で「女」であるという、そのことに関連して。

この社会で「女」であるということは、常に痴漢やレイプ、あらゆる(性)暴力の潜在的な被害者として生きていかなければならないということだと思う。自分の行動、自分の発言、その全てが相手の欲情を誘わないように振る舞っても、1ミリもOKしていなくても、心の底から「生理的に無理」って思っていても、そんな私の心にはお構いなしに、むき出しの性欲をぶつけられることがある。日常生活のなかに突然ねじ込まれてくる暴力。私は「女」に生まれてしまった以上、できることは、加害者に願うことしかないようだ。どうか暴力をふるわないでくれと。

加害者に対し、人間なのだから抑えてくれ、と思っていたけれど、違う。人間だから、そんな身勝手ができてしまうのだ。

(私には女性からレイプされた男の友だち、同性から性暴力をうけた友だちもいる。彼らにとっては、ゴリラの欲情方法は、何ら救いの手立てにはならないような気がする。だから、私の「いいなあ」という感想は、あくまで利己的なものなので、性暴力というものの根本的な解決には適さないものな気もするけれど。でも、書かずにはいられなかった。)


生物として仕方がない、性暴力について、特に男性の性についてそういう言い方がされることがしばしばある。だが、私は「仕方がない」なんて言葉で思考停止してしまってはいけないと思う。

レイプが可能という悲惨な性質を備えてしまった人類だからこそ、考えなければならないのだと思う。理性という働きも与えられた人類だからこそ、どうにかせねばならないのだと思う。ヒトは一人では生きていけないのだけれども、最近ますます一人一人がバラバラに、仲が悪くなっていっているように感じる。ホモサピエンスの起源を見つめながら、どうすればホモサピエンスは幸せに生きていけるのだろうと考えてこんでしまった。


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