3.栄養指導の方針(月刊スポーツメディスン No. 249 特集/スポーツ医学(内科系)が果たしていく役割)


坂口 望
MOGUらいふ、公認スポーツ栄養士

月刊スポーツメディスン 特集記事 目次ページ
https://note.com/asano_masashi/n/n940c46650669

栄養指導の最初のきっかけ

──よしのぶクリニック(前項参照)に勤務されている中で、医師(武元先生)から依頼があって栄養指導がスタートするのでしょうか。

坂口:はい。やり方が2つあって、1つはクリニック内でする栄養指導はルールとして、保険適用の部分は医師からの指示がないとできません。しかもヘモグロビンが10以下の貧血でないと栄養指導ができません。ただしヘモグロビンが10以下の人はほぼいません。ヘモグロビン10以下になるまで栄養指導を保険でできないことが残念です。ここは模索しているところで、全国にあるスポーツアスリート外来の方々に聞いてみたりしたのですが、現時点はこうなっているようです。したがって、クリニック内での栄養指導は、スポーツ貧血の人は対象となっていません。私が院外で個別にやっている栄養相談のチラシを渡してくださって、栄養相談を受けてくれる人がいる、という感じです。もう1つは、「低栄養」ということで保険適応内で栄養指導ができないか院長と検討しています。

 現在、制度面でこのようになっているのは、貧血に対する栄養指導の意義が浸透していないためだと考えています。ヘモグロビンが10にまで減ってしまうと、もう食事だけで改善することは難しく、薬やなどで一定期間治療しながら、食事も改善しないと元に戻ってしまいますよということも含めての食事指導になるわけですが、今のルールでは貧血で外来栄養指導を行うということは非常に難しい状態です。そもそも貧血の治療を行っているクリニックも今のところ多くありません。

栄養指導の内容

──栄養指導は、やはり鉄などを多く含む食材を取り入れましょうといった形でしょうか。

坂口:そうですね。ただスポーツをしている人たちの最大の優先順位はエネルギー確保です。

 鉄はあくまでも栄養素の1つであって、うまくヘモグロビンをつくるためには、その土台になるタンパク質が必要です。鉄だけがたくさんあってもヘモグロビンにはなりません。タンパク質がエネルギーに使われては困ります。糖質や脂質などが十分に身体にある状態で、初めてタンパク質は本来の仕事をします。したがって、まずはエネルギーの確保が優先となります。

 成長期にその人のエネルギーの収支が合っているかどうかを見極めるのはとても難しいのですが、そもそもフェリチンが低くて隠れ貧血が起きているという時点で、うまくいっていないということになります。エネルギー摂取を最優先にしつつ、結局は肉や魚も食べてくださいという話になりますが、その食材をとくに鉄やミネラル、ビタミンが多い食材に変更してもらうという感じです。今までは鶏肉が多かったけれど、鶏肉だけでなく豚や牛も増やしましょう、魚もシャケが多かったならブリやアジ、カツオの回数を増やしましょう、と伝えます。

──摂取量が足りているかどうかは体重の推移などでみるのですか?

坂口:そうですね。そもそもクリニックを受診している時点でいろいろと足りていないわけですが、その原因がオーバートレーニング、練習が多すぎる、休養が上手にとれていないことによって摂取エネルギーよりも消費エネルギーが多くなってしまっているのか、それとも、たくさん食べることができないのか、それぞれの状況によってアプローチの仕方が変わってきます。

 その中でも結構食べているのに栄養状態がよくならない、消費に摂取が追いつかない場合は消費を減らすしかありません。いくらエネルギー摂取を増やしても消費に追いつかなければプラスにすることはできません。だから摂取量を増やすことと消費を減らすことと両方が必要になってきます。そこでまずは私はお米(糖質)をどのくらい食べているのか把握します。また陸上競技の中長距離種目の選手では、極端に油脂類を毛嫌いして摂取を避けていないかとか、そういうことを見極める必要があります。

──食事の写真を撮って送ってもらうのでしょうか。

坂口:まずご飯の量を計ってもらっています。私のサービスの個別相談は親御さんが受けてくださっていることが多いので、お子さんの朝ごはんと夜ごはんの通常食べている量を計測してもらいます。それを事前情報としていただいて、あとは聞き取りの中で、肉、魚の量を確認します。その中でお米の量(糖質)をどう増やしていくかを考えることが多いです。正直なところ、写真というようなレベルに行かなくても、聞き取りの中で、足りていないことはわかります。

食べる量を増やすには

──食べる量を増やす、というのはかなり難しいことではありませんか?

坂口:そうですね。ただ傾向として、私にお金を払って個別栄養相談をを受ける方は、少し行動変容のステージが上がっている方となります。県内のトップクラスで、本人の意識も高いので、「これが不調に影響している」とか「改善につながっている」と理解してもらいやすい面もあります。そこを親御さんに説明するときは学年にもよりますが、最後にバテるのはエネルギーが足りていないということなので、まずは主食(ご飯など)から増やしたほうがよいと思います、と伝えます。そして今の量はこのくらいで最終目標はこの量なので、どのくらいから増やせるかいうことを本人に確認してもらいます。本人が「このくらい増やす」と決めたらそれを毎日続ける、ということを理解してもらいます。選手自身の中で身体のこととリンクさせることができる人も多く、「なんだか走れるようになったとか、調子がよい、だから食べたほうがいいんだ」と結びつきやすいようです。

 あと親御さんには、絶対に勝手に増やさないでくださいね、と言っています。多く摂るよう言われたから、200g多くご飯茶碗についで(よそって)渡す、というようなことは絶対にしないでくださいね、と。選手本人が決めて、本人がこれを食べたら調子がいいというふうに感じなければならないので、それは親御さんがすることではありません、と伝えてあります。そもそもご飯は自分でつぐ(よそう)ようにさせてくださいとお願いしています。本人が把握することが重要なのです。

──大事な話だと思いました。

坂口:そういうふうにすると、以前小学生の男の子で、身長と体重が増えなくて、体重は年間で3kg増えればいいという本当に小さい子が、バスケがうまくなりたいんだよね、お母さまが本人と相談してちょっとやってみようか、と話をしたら本人がすんなり受け入れてくれました。まずはご飯を計量して「どのくらいから増やせる?」と始めて、その結果2カ月で3kg増えました。身長も少し伸びました。その結果をみて、ああやっぱり食べたらいいんだ、と結びついてくれました。

 親御さんも「すごい料理をつくらないといけない」と思ってしまいがちですが、まずは朝食はシンプル朝ごはんで「ご飯と卵料理と味噌汁」で。なんなら味噌汁はインスタントでもかまいません。その中でご飯の量を適正に増やしていくのです。私の場合はすごい料理を作るということが目的ではなくて、量を把握してもらって、身体とのつながりを理解してもらうことを目指しています。

よく聞かれること

──栄養指導や相談で多い相談、悩みなどはありますか?

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