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『青春カンタータ!』第3話

【登場人物】

糟屋瑛一(かすや えいいち)(21) 慧明大学経済学部4年生
長谷部綺音(はせべ あやね)(20) 同文学部3年生
森園繁(もりぞの しげる)(22) 同理工学部4年生
高見沢敏樹(たかみざわ としき)(23) 同理工学部修士1年生  
津田陽菜子(つだ ひなこ)(21) 同法学部4年生
相松彰(あいまつ あきら)(20) 同商学部2年生
嘉山美希(かやま みき)(19) 同経済学部2年生
妹尾健治(いもお けんじ)(21) 同薬学部3年生
奥井智代(おくい ともよ)(20) 同理工学部3年生
猿渡駿平(さるわたり しゅんぺい)(18) 同理工学部1年生
糟屋昌史(53) 糟屋の父/八田物産役員
糟屋希美子(48)糟屋の母

【本文】

○糟屋家・外観

○糟屋家・リビング
希美子が、糟屋を出迎える。
希美子「お帰り」
糟屋昌史(53)、ソファに腰かけてウイスキーを飲んでいる。既にかなり酔っている。
糟屋「おっ、ラガブーリンじゃん。俺も」
糟屋、ウイスキーの瓶に手を伸ばすが、昌史がそれを取り上げる。
昌史「瑛一、就活は進んでるのか」
糟屋「ああ、まあそこそこ」
昌史「嘘つけ」
昌史、合唱の楽譜を床に放り投げる。
糟屋、息を呑む。
昌史「それ、お前の部屋にあった。どうした、今になってガキの頃が懐かしくなったか」
糟屋、一瞬黙り込むが、すぐに不自然な笑みを浮かべ、
糟屋「ち、違えよ。俺の助けがどうしても必要って言われてさぁ、」
昌史「(嘲笑を含んで)必要?そりゃ笑えるな。お前みたいな半端な人間、欲しいと思う奴がいたなんてな」
糟屋の表情が無になる。
希美子「あなた、いくらなんでもそれは・・・」
昌史「だってそうだろ。お前は昔から何をやらせても半端だった。だから俺が就職まで世話して・・・」
昌史、悔しげに唇を結ぶ。
糟屋「父さん・・・マジでそう思ってんの?なわけねえよな?俺のこと、期待してるからこそ、八田に推薦してくれたんだろ?ガキのときからずーっと、塾だの何だの・・・」
昌史「あれは、猿をせめて人のレベルにしてやるための必要最小限の教育だよ。それ以上の成果は何も望んでなかったさ」
糟屋、苦しげに浅く呼吸する。
昌史「今、お前に唯一期待していることは・・・そうだな、せめて俺のイメージに傷をつけない息子でいてくれることだ。毒にも薬にもならない、ごく平凡な息子。それならお前にだって、なれるだろ?な?」
糟屋「やめろよ!」
昌史、黙る。
糟屋「俺だって分かってんだよ・・・誰にも必要とされてねぇってことくらい」
希美子「瑛一・・・」
瑛一、リビングを飛び出す。

○慧明大学・第3練習室・中
一人で発声練習をする綺音、腕時計を見て、帰り支度を始める。

○駅前広場
綺音、歩いて駅の方面に向かう途中、足を止める。
前方に、糟屋が酔って寝そべっている。
通行人ら、眉をひそめて糟屋を避けていく。
綺音「はっ・・・!?」
綺音、糟屋のもとに歩み寄る。
綺音「あの、ちょっと、お兄さん」
糟屋「(呂律が回らない舌で)うっせぇあっち行けバカヤロ」
綺音「うっせぇじゃない。ここ、周りの迷惑。行くよ、ほら」
綺音、糟屋を助け起こす。
糟屋、えずく。
綺音「吐かない!我慢して!ここでは!ね!?」

○公園
糟屋、げっそりした顔でベンチに座っている。
綺音、糟屋にペットボトルの水を渡す。
綺音「それは、たいそうご立派なお父様ね」
糟屋「笑っちゃうよな。結局親父は、俺をアクセサリーとしか見てなかったんだぜ。アクセサリーなんだから、せめて見栄えよくしてろ、ってな」
綺音「ふーん」
綺音、自分の水を飲み、考え込む。
綺音「♪空を駆ける鳥たちは、最初からうまく飛べたわけじゃない・・・」
糟屋「な、何だよ急に」
綺音「良かったじゃん。あなたにもやっと、親離れのチャンスが訪れたのよ」
糟屋「親離れ?」
綺音「親に頼って居場所をこしらえてもらうんじゃない、自分で自分の生きる場所を選んで、開拓するチャンスよ」
綺音、糟屋に向き直る。
綺音「糟屋瑛一氏。あなたは今日、私たちの努力をこき下ろしただけでなく、口汚い言葉で神聖な歌を冒涜した」
糟屋「宗教団体の教祖みたいな言い方やめろ」
綺音「罰として、シンフォニアにあなたの一生分の歌声を捧げなさい」
綺音、楽譜を差し出す。糟屋が踏みつけて置いて行った、合唱曲『あの空へ~青のジャンプ~』の楽譜である。
糟屋「脳みそ腐ってんのか。必要ねえって言ったの、お前だろうが」
糟屋、立ち去ろうとするも、綺音に捕まり、金網フェンスに叩きつけられる。
綺音「言ったでしょ。これは罰だって」

○慧明大学・外観(朝)
一同の声「♪空を駆ける鳥たちも、最初からうまく飛べたわけじゃない」

○同・第3練習室・中
一同、練習している。
※以降、合唱曲『あの空へ~青のジャンプ~』を歌いながら、登場人物が動く。
森園「ベース、もっと際立って!足りない!もっと!」

○同・廊下
※前柱の第3練習室のシーンとカットバックする。曲はずっと流れている。
綺音、糟屋の手を引っ張って走る。

○同・第3練習室・中
勢いよく扉が開く。
※曲が止まる。
一同、歌うのをやめて振り向く。
糟屋と綺音が息を切らせて立っている。
高見沢「(睨みつけて)何しに来た?」
綺音「(喘いで)森園さん、この人の声は必ずベースの軸になります。使わない手はありません」
森園、戸惑った表情。気まずい沈黙。
陽菜子「もう、何してたの!遅いよ!」
陽菜子、笑顔で手招きする。
陽菜子「今、29小節に入るところ。二人とも早く入って!」
糟屋、きょとんとなる。

○同・第3練習室・中
綺音と糟屋が加わり、歌い出す一同。
※曲が再開する。
糟屋、楽譜にかじりついて歌う。皆より口の動きがワンテンポ遅れている。
※以降、曲を流しながら、場面転換。

○同・同・同
周りが休憩している最中、糟屋、綺音に指導されながら歌っている。
綺音、糟屋の頬を手で挟み、強引に口を開かせる。
糟屋がそれに抵抗し、二人で取っ組み合いの喧嘩になる。
慌てて周りが止めに入る。
高見沢、その様子を冷ややかな目で見守る。

○同・構内(夕)
糟屋、顔を鞄で隠し、辺りを警戒しながら速足で移動する。
スポーツカーの脇まで来て、ドアに伸ばそうとした手を捕まれる。
隣で、綺音がニヤついている。

○同・第3練習室・中
糟屋、団員一同に混ざって、不承不承体操をしている。

○同・構内
青々と生い茂る木に、セミの抜け殻がついている。

○同・図書館・中
糟屋、〝経済学部 前期末試験日程〟のプリントと向き合い、難しい顔。
綺音、糟屋にノートの束を差し出す。
糟屋、ほっとした表情になり、受け取ろうとするが、綺音、すかさず引っ込め、代わりに楽譜を渡す。

○同・中庭
糟屋、綺音の監視のもと、うんざりした顔で歌う。

○同・第3練習室・中
一同、楽しげにハンドクラップしながら歌う。
糟屋、戸惑いつつ一同に倣うが、あからさまに不機嫌そうではない。

○走行中のバス・中
陽菜子がノリノリで指揮を振り、一同がそれに合わせて歌っている。

○合宿所・玄関・前
バスを降り、『歓迎 コール・シンフォニア夏合宿 御一行様』の立て看板が出ている横を通って、続々と中に入っていく一行。

○同・練習場
一同に混ざり、糟屋、楽譜を持たず、余裕の表情で堂々と歌っている。
最後は皆の息がぴたりと合い、曲の終わりが完璧に決まる。

○海岸(夕)
一同、波打ち際に向かって駆けていく。
美希「海やー!!」
猿渡「先輩!」
振り向く糟屋に、猿渡が水をかける。
糟屋「やったなコノヤロ」
糟屋、足払いをかけて、猿渡を海にダイブさせる。猿渡が反撃し、じゃれ合う二人。
智代「ははー、スポーツカーぶっ飛ばすあんたにも一応、海で遊ぶ無邪気さは残ってたのね」
糟屋「は?ナメてんのかてめぇぶっ飛ばすぞ」
糟屋、後ろから激突されて海にダイブ。
倒れた糟屋の背後に現れる、涼しい顔の綺音。
糟屋「アーッ、アーッ、俺の時計!30万の限定モデル!」
綺音「バカ、防水ってことはお見通しなのよ」
糟屋、舌打ち。
糟屋「まあ・・・海はガキのとき、連れてきてもらった思い出があって。悪くねぇ」
綺音「へぇ、楽しそう」
糟屋「んま、受験が近くなると、海どころか近場のレジャーまで、さっぱり連れて行ってもらえなくなりましたけど!」
美希と並んで貝殻を探していた妹尾、立ち上がって歩み寄って来る。
妹尾「じゃ、この機会に取り戻すのもいいんじゃないですか?子どもの頃の素直な心」
妹尾、水平線を見つめ、心地よさそう
に深呼吸する。
妹尾「♪暑い8月の海で、風に体包まれて」※以降、合唱曲『君とみた海』を歌いながら、登場人物が動く。途中から架空のピアノ伴奏が加わる。
綺音、妹尾と目を見合わせて歌い出し、その他一同も徐々にそれに加わる。
海面が夕日に照らされ、うねるたびにキラキラと輝く。
一同、微笑みかわす。糟屋も、照れくさそうに笑う。
美希、巻貝を拾って耳に当て、嬉しそうに巻貝を持って行こうとするが、妹尾が綺音と並び、談笑しているのを見て、足を止める。妹尾の笑顔を、切なげな眼差しで見る。

○合宿所・食堂(夜)
品数豊富な夕食がずらりとテーブルに並べられている。
一同、談笑しながら夕食を囲んでいる。
陽菜子の声「みんな聞いて聞いて!」
陽菜子、飛び込んでくる。
一同、歓談をやめて陽菜子に注目する。
陽菜子「さっき、ここのスタッフさんからお話があって。私たちにミニコンサートを開いてほしいそうです!一緒に宿泊してる他の団体さん向けに」
場がどよめく。
糟屋「そんなのやるかよ、めんどくせ・・・」
森園「(糟屋の声にかぶせて)やりましょう」
糟屋「団員の意見を聞け!」
美希「でも、青のジャンプは人様に披露するにはまだ・・・」
妹尾「美希、歌ってのはね、上達したから、披露するんじゃないよ。披露するから、上達するんだ」
糟屋「はー、聞いてねえよ、こんなに早く人が見てる中でやるなんて、だる・・・」
糟屋、高見沢に頭を叩かれる。
糟屋「いてっ、何すんですか!」
高見沢「糟屋、お前は何もわかってないな。人に披露するってことが、どれだけ旨い味がするのか」
糟屋「何すかそれ?ウイスキーの味でもするんですか?」
高見沢、無視して味噌汁をすする。

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