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『青春カンタータ!』第2話

前回は多くの方にお読み頂き、ありがとうございました!今週は『青春カンタータ!』第2話をお送りします。

【登場人物】
糟屋瑛一(かすや えいいち)(21) 慧明大学経済学部4年生
長谷部綺音(はせべ あやね)(20) 同文学部3年生
森園繁(もりぞの しげる)(22) 同理工学部4年生
高見沢敏樹(たかみざわ としき)(23) 同理工学部修士1年生  
津田陽菜子(つだ ひなこ)(21) 同法学部4年生
相松彰(あいまつ あきら)(20) 同商学部2年生
嘉山美希(かやま みき)(19) 同経済学部2年生
妹尾健治(いもお けんじ)(21) 同薬学部3年生
奥井智代(おくい ともよ)(20) 同理工学部3年生
猿渡駿平(さるわたり しゅんぺい)(18) 同理工学部1年生

【第2話】
○慧明大学・第3練習室・中
糟屋、ふてくされた顔で、万歳をする。
その腰回りにメジャーを当て、採寸する奥井智代(20)。
森園、満面の笑みで拍手する。
森園「これで君もコール・シンフォニアの一員!はいおめでとうございまーす!」
森園の拍手につられ、その他数人の団員たちがまばらに拍手する。
森園「晴れて一員となった瑛ちゃんに説明しよう。今の我々の最大の目標は!」
森園、ホワイトボードを叩く。
ホワイトボードには、『2月18日 コール・シンフォニア旗揚げ公演IN新麻布ミレニアムホール!』とでかでかと書かれている。
森園「あの天下の新麻布ミレニアムホールでの、旗揚げ公演!」
糟屋「(ピンときていない顔で)はあ・・・」
森園「新麻布ミレニアムホールの最大収容人数は1036人!これを満席にするのが、僕の夢なわけです!」
糟屋「1036人?そんなんどう考えたって」
森園「無理じゃない!僕には見える!ここにいるみんなが、あの大舞台を堂々と踏みしめる姿が!」
森園、糟屋を引っ張り、他の団員たちの前に連れてくる。
森園「紹介するよ、瑛ちゃん。こちらソプラノ2年の嘉山さん」
※以降、紹介された登場人物の下にパート・学年・姓名をTで出す。
美希「(関西イントネーションで)よろしくお願いします〜」
森園、糟屋を妹尾の前に連れてくる。
森園「こちらは、テノール3年の妹尾君。彼はね、本物のテノール歌手だよ!彼の歌い方はほんと参考になるから、君も参考にするといい」
妹尾「森園さん、大袈裟ですよ。僕なんかまだまだですから。(糟屋の方を向いて)はじめまして。妹尾です」
智代「本物のテノール歌手なら、表出て投げ銭でも稼いできてくれませんかね。これ以上待てませんよ、衣装代の支払い」
智代、片耳イヤホンで音楽を聴きながら、皮肉っぽく呟く。
森園「また智代はそうやって・・・あ、彼女はアルト2年の智代ね。ちょっとキツいこと言うけど、あんま気にしないでね」
妹尾「悪い、もうちょっとだけ待って。バイト代、もうすぐ入るから」
妹尾、手を合わせて見せる。
不承の面持ちで頷く智代。
森園「そして彼は、我らシンフォニアが誇る名ピアニスト!」
森園、ピアノの向こうの相松彰(20)を指し示す。
相松、ピアノの向こうで立ち上がる。
森園「やっぱ良い合唱には、良い伴奏が付き物だろ?文字通り僕が三顧の礼をもってやっとお迎えした、2年の相松彰大先生だ」
相松、無言ですぐに座る。
森園「・・・まあ、ちょっと人と話すのが苦手だから、温かい目で見守ってやってよ」
糟屋、不安げな眼差しで相松を見る。
森園、大きく手を打つ。
森園「はい!以上、シンフォニアの仲間たちでした!」
猿渡駿平(18)、慌てて手を挙げる。
猿渡「先輩、待って待って!僕のこと、忘れてませんか?」
森園「(猿渡に目もくれず)じゃあ早速発声、行ってみよー!」
森園、意気揚々とタクトを振りながら歩いていく。
猿渡「(森園を追いかけて)ちょっとー!」
唖然となる糟屋のもとに、妹尾が歩み寄る。
妹尾「いつものことですよ。猿渡の奴、またこないだの練習、寝坊で遅刻したんで、森園さんそのことまだ許してなくて」
糟屋「寝坊・・・」
妹尾「あいつ、既にキャパオーバーなんすよね。いくら合唱が好きだからって、合唱団8個ハシゴしてんすから」
糟屋「8個!?」
妹尾「そう。正気じゃない。だから糟屋さんも、あんまりまともに相手しない方がいいですよ、うちのメンバーとは」
糟屋「ああ、こっちは最初からそのつもりだ」
糟屋、ふらりと傾いだ体をピアノに手をかけて支えるも、手が真っ黒になる。
顔をしかめ、全力で手の埃を払う。
    ×             ×             ×
※以降、♪印の台詞は歌とする。
森園、譜面台に指揮棒を置く。
森園「よし、じゃあ始めます!」
森園の前にずらりと横一列に並ぶ一同。
森園「(ドレドレドレドレドの音に合わせて)♪オオオオオオオオオーでお願いします」
相松の伴奏に合わせ、一同歌う。
一同「♪オオオオオオオオオー」
音階が徐々に上がる。
一同、同じように歌い続ける。
森園、糟屋一人だけ口が動いていないのに気づく。
森園「瑛ちゃん瑛ちゃん、どうした?」
音が止まる。
皆の視線が糟屋に集まる。
糟屋「こっちは今日初めて来たんだぜ?そんで早速発声練習?できっかよ。恥ずっ」
綺音の声「初めてかなんかなんて、関係ないんじゃない?」
皆が、声の方を振り向く。
長谷部綺音(20)が颯爽と練習室に入ってくる。
綺音「(森園に書類を手渡し)新麻布ミレニアムホール、正式契約してきました」
森園「マジ!?やったー!」
綺音、糟屋をまっすぐ見据える。
綺音「何イキがってんの?余計なこと考えず、とにかく歌えばいいんだよ」
糟屋「は?偉そうなこと抜かしやがって」
綺音「当たり前じゃん、あんた新入りなんだし。新入りは新入りらしく、ありのままの歌声、聴かせてよ」
相松が合唱曲『きみ歌えよ』の伴奏を始める。
妹尾「はは、なかなか曲のチョイスがいいね」
綺音「♪きみ、歌えよ。悲しいこと、辛いこと。(台詞)ほら、聞かせて」
一同、つられて合唱を始める。
※以降、合唱曲『きみ歌えよ』を歌いながら、登場人物が動く。
森園、ふざけて糟屋の両頬を押さえ、歌わせようとする。
その他一同、糟屋にちょっかいを出す。
糟屋、皆の手を払う。
糟屋「離せよ!どういうつもりだよてめぇら」
智代、糟屋に楽譜を渡し、顎をしゃくって歌うよう促す。
糟屋、楽譜を投げ捨て、部屋の隅に逃げると、椅子にふんぞりかえって座る。
糟屋、一同によって無理やり立たされ、引き戻される。
糟屋「だーかーらー、何の企画だよこれ!」
森園、糟屋を手で制し、人差し指を立てると、タクトを振る。
グリッサンドを鮮やかに決める相松の手元。
綺音「分かる?どんな声だって、シンフォニアにはかけがえのない存在なの」
森園「(真剣な眼差しで)そう。必要なんだ、君の声が」
皆が期待を込めて、糟屋を見つめる。
糟屋「(躊躇って)けどよぉ・・・」
智代「何を出し渋ってるの?これはあなたにとって、決して損になる話じゃないと思うけど」
智代、糟屋に歩み寄り、耳元で囁く。
智代「優良企業の内定と、人手不足の合唱団を救ったという誇らしい実績、どっちも手に入れられるチャンス、そうそうないわよ」
糟屋の目が泳ぐ。ごくりと唾を飲む。
糟屋「しゃーねーなぁ。そこまで言うんなら、」
扉が勢いよく開く音。
皆の視線がそちらに向く。
入り口に、高見沢敏樹(23)と津田陽菜子(21)が立っている。
森園「高見沢先輩!」
森園、身を翻し、大喜びで駆けていく。
森園「お待ちしてましたよ!いやー良かった、これでベースは安泰です!うわー嬉しっ」
唖然となる糟屋。
猿渡、糟屋の腕に手を置き、憐れむような差しを向ける。
糟屋、面倒そうにその手を振り払う。

○同・外観(夕)

○同・第3練習室
ホワイトボードに、練習する曲目がずらりと並ぶ。
智代の声「じゃ、体操いきまーす」
一同、床に腹ばいになり、体幹トレーニングをしている。それぞれ苦しそに顔をしかめている。
智代も同じ体勢だが、余裕の表情でストップウォッチの秒数を数える。
智代「30、31、32、33・・・」
糟屋、顔を真っ赤にして踏ん張る。隣を見ると、綺音が体幹トレーニングをしながら余裕でスマホをいじっている。
糟屋「くっそ、化けもんかよこの女」
綺音、スマホのスイッチを切り、遠い目になる。
綺音「新入りは新入りらしく、ね」
    ×             ×             ×
糟屋、背中に分厚い辞書が数冊載っている状態で、体を震わせながら耐える。
糟屋「ちっきしょおおおお!」
綺音、糟屋に目もくれず、森園に報告する。
綺音「森園先輩、ちゃんと言っといて下さいよ?ここでは基本、先に入った団員が先輩なんだって」
森園「(タジタジ)うん、そだね・・・」
×             ×             ×
妹尾が前に立ち、朗らかに指導する。
妹尾「息を吸うときは、こう、いい香りを嗅ぐときみたいに、ゆっくりたっぷり吸い込んで。はい、♪イマヤマニ〜(ドミソドソミドの音で)」
一同「♪イマヤマニ〜」
糟屋、一人だけ姿勢が悪い。明らかに適当に歌っている。
高見沢「おい、腹使え腹」
高見沢、糟屋の背筋を叩き直し、腹部に鉄拳を喰らわせる。
糟屋、苦悶の声を漏らす。
    ×             ×             ×
各パート、各所に分かれて合唱曲『鷗』を練習している。
ベースは高見沢の弾くキーボードに合わせて、歌っている。
高見沢、急に手を止める。音楽が途切れる。
糟屋と猿渡、またか、という顔をする。
高見沢「(沈黙の後)猿渡」
猿渡「は、はいっ」
高見沢「この曲の背景、知ってるよな当然」
猿渡「はい。歌ったことありますもん、他の合唱団で・・・」
高見沢、無言のまま視線の圧で、猿渡に説明を促す。
猿渡「あ、鷗というのは、白い制服を着た戦前の学生たちのことで、これは学徒出陣に駆り出されて亡くなった彼らへのレクイエム、なんですよね?」
高見沢「そう。そのレクイエムを、今みてぇなヒョロヒョロの声で歌っていいのか?」
猿渡「・・・いえ」
高見沢「じゃ、9小節からもう一度」
糟屋「あのー、いい加減先行きませんか、こんなん時間の無駄・・・」
猿渡「(糟屋を慌てて遮って)はい、すんません!もう一度お願いします!」
糟屋、楽譜で隠しながら思い切り苦い顔をする。

○同・食堂
森園、食事のトレイを運んでいる。
追いすがる糟屋。
森園「まあ、高見沢先輩は元々うちの高校合唱部を初めて全国大会に導いた敏腕パート
リーダーだからさ、多少指導がアレなのは勘弁してよ」
糟屋「それよりさ、俺はいつ三丸社長に会えるわけ?」
森園「んー、叔父さん最近忙しいみたいでー」
糟屋「は?じゃ暇になんのはいつだよ!」
森園「さあねー」
糟屋「なあ、お前そうやってマウントとってっけどさ、お前自身はどうなのよ、就活。お前だって、余裕ぶっこいてる場合じゃねーんじゃねーの?」
森園、爽やかな笑顔で振り返る。
森園「だって僕、もう院行くこと決まってるもん」
森園、踵を返してすたすた歩いて行く。
残された糟屋、地団駄を踏む。
糟屋「あいつマジいつかぶっ殺す!」

○同・第3練習室(夕)
一同、合唱曲『あの空へ~青のジャンプ』の練習をしている。
糟屋、楽譜を抱えてはいるが、ほとんど口を動かしておらず、挙動不審。
見かねた高見沢、急に糟屋の楽譜を取り上げる。楽譜と共にスマホが落ちる。
スマホは、RPGのプレイ画面。
音楽が止まり、周囲が固唾を飲む。
高見沢、糟屋をじっと睨む。
高見沢「中途半端な態度の奴が一番嫌いだ」
糟屋「うっせえ!」
糟屋、楽譜を蹴飛ばし、睨み返す。
一同、糟屋に注目する。
糟屋「あーあ、あほらし。お前ら三流の人間に、どうしてこの俺が付き合わなきゃなんねーんだよ」
森園「それは聞き捨てならないねぇ瑛ちゃん。わがまま言ってる坊やには、ご褒美はお預けだよ」
森園、微笑んでいるが、目が笑っていない。
糟屋「つーかそもそも、お前ごときに頼ってまで内定取ろうとしてたのがどうかしてた。俺の貴重な時間は、歌なんかに浪費していいもんじゃねえんだよ」
一同、唖然となる。
糟屋「何つったって俺の人間としての価値は、お前らとは根本的に、」
綺音、糟屋に平手打ちを喰らわせる。
綺音「歌なんか?それ、もういっぺん言ってみなよ。殺すよ」
智代「綺音」
綺音、差し伸べる智代の手を振り払う。
綺音「出てって。どんな声もかけがえのない存在って言ったけど、撤回。歌を冒涜する人間の声なんか、ここには必要ないよ」
糟屋「ああ、そう言ってもらえるのをな、こっちはずーっと待ってたんだ」
糟屋、バッグを背負い、落ちた楽譜を踏みつけて出ていく。

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