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楽しむことを諦めない!

「田舎暮らし 飽きた」と検索すると、Googleで実に200万件を超える検索結果が出てきます。「田舎暮らし 楽しい」と検索すると1000万件くらいの結果になるので、それなりの数の人が地方で暮らす中で飽きてしまった気持ちに関する話題をインターネット上でシェアしているといえるのかと思います。

私自身は東京から地方に移住して1年半が過ぎ、自分たちが住むエリアの観光ガイドブックに掲載されているところは大体行ききったなーとしみじみとすることがあります。また、ここで過ごす四季も一巡し、そして2回目の冬が終わり(長かったなー!)ついに今は2回目の春に浮き足立っているところですが、確かに「初めての○○」という感動と全く同じものはもう経験できないのも事実だと感じています。とはいえ、私たちにとって「飽きた」と言ってしまうのは敗北宣言のようなもの。

私も夫も、いかに充実した週末を過ごすのか、というのは平日に仕事に取り組む時のようなある種のプロフェッショナリズムのようなものを持って本気に追い求めていることです。今回は一見何もなさそうな地方で、楽しみ続けるために私たちが遊びのインスピレーションとして参考にしていることを写真と共にお伝えしたいと思います。

子どもたちはなんでも遊びに変えられてすごい

絵本と一緒に広がる世界


先日、家族で山を越え丘を越え車を走らせて、洞窟探検やトロッコを楽しみにいきました。なんだかとてもランダムな響きがするこれらの場所、きっかけは、いずれも子どもたちと読んでいた絵本です。
我が家には4歳の息子と2歳の娘がいて、いつも彼らは絵本を抱えて読んで!読んで!と私と夫を追いかけてきます。夜寝るときは、本棚の前で二人が次から次へとワクワクと本を取り出して(そして息子の方は、毎晩何かしらのテーマ性をもってこだわりセレクトをしているそうです)、抱えきれないほどの絵本を持って寝室に入ってくる様子に、絵本という魔力による寝落ちとの闘いに親の方は毎回戦々恐々とする次第です。
そんな感じで私たちの今の日常は絵本と共にあるのですが、子どもと一緒に楽しんだ絵本に触発されて、週末の計画を立てることがよくあります。

絵本に埋もれる

例えば、突如始まった洞窟探検ブーム。きっかけは、「オレは洞窟探検家」という国内外1000以上の洞窟を探検され、洞窟だと思って入ったら熊の住処だった経験も持ち、17cmの隙間があればとりあえず滑り込むという、洞窟探検家の中の探検家ともいうべき吉田勝次さんという方の写真絵本です。
狭い洞窟の中を這う様子を自撮り棒で撮影した写真、ロープをつたって洞窟を降りる様子をおそらく自ら事前にカメラをセットした上で撮影した写真、水が深く貯まるところでは持参した水中ボンベと潜水服を装着して果敢に進む様子など、私たちの想像を絶するような冒険をしている方がいるのだ、と感動した絵本でした。
ちなみに、こんなにとってもハードコアに見える洞窟探検の写真絵本、家族の中では2歳の娘が一番気に入ったようで毎晩「これ読みたい」と持ってきました。娘の未来も、私たちの想像の斜め上を行ったアドベンチャラスなものになっていくのかと、という思いがよぎったり。

そんなこんなで私たちは吉田さんの「良い子はしっかりと整備された洞窟に探検に行ってね」というアドバイスに従って、あぶくま洞と大谷資料館に遊びに行きました。

あぶくま洞はなかなか洞窟な雰囲気!早く地上に出たくてたまらなくなりました。
大谷資料館は地下の街のようでした。ある程度解放感があり、洞窟っぽさは少なめでした。


そして、トロッコに行こう!と思い立ったのは、「はしれトロッコれっしゃ」という絵本です。これは洞窟探検の絵本とは打って変わって、クマさんたちと小さな男の子がトロッコに乗るという、オチや教訓を求めるのは愚問だというのが全面に出た、ほんわかしたとした絵本らしい絵本でした。
そんな絵本だったのですが、結局家族で行ったのは、足尾銅山!学校の教科書で学んだ鉱毒事件で有名な足尾銅山にトロッコがあるというので、早速行ってみました。

さすがに自ら鉱毒事件について弁明するといった展示はなかったのですが、大人にとっては近代化について考えさせられる社会科見学の時間になりました。息子と娘の方は「もっとトロッコに乗りたかった」と、乗車時間が5分程度と思いの外短かったトロッコに残念がっていました。
次はもう少し牧歌的でもう少し長い距離のトロッコに行ければいいなと思っています。

人生で足尾銅山に訪問することがあるなんて、想像していませんでした。

多様性は道の駅にこそあり



絵本の他に、私たちが週末の計画づくりで絶大なる信頼を寄せているのは道の駅に置かれているチラシです。おしゃれなカフェやレストランにも色々とフライヤーが置かれているし、観光客で賑わう場所には「共存共栄」という精神が感じられる他の観光地のパンフレット等があったりもしますが、こういった情報は自分達の通常のリサーチや興味の範囲の延長線にあるような情報が多い印象があります。
一方で、道の駅というのは、地元で暮らす老若男女の方が集まる場所で、いい意味でターゲットペルソナ的なものが設定されていない雑多な情報が色々あります。道の駅に置いてあるチラシには自分達の検索レーダーでは引っかかることがなさそうなものが多く、例えばカタクリの群生地の情報だったり、その地域では名の知れた窯元での陶芸体験といった情報が置かれていたりしました。
多様性はイノベーションの源泉、と言われていますが、本当に何か新しいアイデアを生み出すためには、自分とは違う多様な存在との出会いが大事だなーなんていうと少々大袈裟ですが、色々な出会いが面白いのが道の駅です。

道の駅はたまに遊具が併設されているところがあって(↑)子どもたちも楽しそうです

私たちは、道の駅でみつけたパンフレットを参考に、先日はフクロウで有名な神社に行ってきました。
フクロウの神社には、「不苦労(フクロウ)」と当て字がされた愛くるしいフクロウがそこかしこに鎮座していて、その数は実に約120体(参考)!説明書きには不苦労の頭を撫でながらその不苦労にまつわる願い事をすると叶う、ということで、不苦労さんが可愛いという思いから無邪気に撫でる2歳の娘を横目に、俗世にまみれた私はなかなか真剣に不苦労なでなでをしてまわりました。

見ざる、聞かざる、言わざるのフクロウ。何を願うべきか私は分からず・・・

健康祈願とか職場の平和といったそれぞれの不苦労たちのお題に合わせて自分の願望を絞り出すようにお祈りをしてきたら、最後の方に「なんでも願いが叶う不苦労」というのがあって、これ一体に全てをかければよかったのでは!?と少し拍子抜けしたりもしました。

こちらはかぼちゃフクロウ。かぼちゃ!

他には、最近は梅のシーズンということで、道の駅の観光案内所というところで教えてもらった、そのエリアで有名な梅群生地というのに行ったりもしました。
少し閑散としているところで、春の開放感というよりも地方の寂しさの方が上回るようなエリアではありましたが、梅が綺麗に咲き誇っていました。

青空に梅が綺麗でした

これぞキュレーション:○○百選系


最後に、迷った時の◯◯百選系。
インターネット全盛のこの時代。トリップアドバイザーのおすすめ観光スポット然り、色々とウェブにはおススメ情報が溢れています。しかし、ネット社会では存在感が薄いものの、その道にはかなり詳しい人たちによって「一見の価値あり!」と評価されたスポットというのがひっそりと◯◯百選といった形で存在しています。
私たちはこういったキュレーションされた一見地味スポットこそ、足を運ぶのが面白いのではないかなーと思っています。

例えば、とちぎの名木100選というのがあります。1989年に選定員会に選ばれた100本の素敵な木があります。選定当時から33年も経っていると、また今は更に立派な木になっていそうですよね。

雲巌寺の入り口にはとても立派なスギがあり、ずっととちぎ名木100選の一つだと思っていましたが、どうやら違ったようでした。ただ、その地域の「令和の名木」に選ばれたそうです。

他にもふくしまの遊歩道50選というのもあります。この遊歩道の一つの白河の南湖公園にある遊歩道は本当にマイナスイオンがたくさんで癒されました。

遊歩道をお散歩していたとき


この冬我が家でブームだったのは少しカラーは違うのですが七福神巡り。たまたま行った美術館の近くのお寺にのぼりがはためいていて、よく見たらかの有名な七福神たちがそのエリアに点在しているとのこと。それからは週末になると「今日は2福神めぐる?3福神行っちゃう?」という感じで、お墓参りにくる人以外には私たちくらいしかいなさそうな七福神スポット巡りに精を出しました。

七福神巡りをしていた時の写真です。このお寺は、なかなかイベントフルな感じでした。

♢♢♢♢♢

心理学では飽きるということを「心的飽和」と表現するそうです。自分の好奇心の器に刺激をトクトクと満たしていったら、いつのまにか器がいっぱいになっている、そんな様子が想像されます。
住む場所を変えたり、新しい職場に移ったり・・・と、新しい環境に身をおくというのは毎回好奇心の器を一新していくようなものかと。
しかしある一定の時間が経つと、どんなに刺激に溢れた環境でも新鮮味がなくなるというのは時代を超えて誰もが感じる共通のことのようで、かつて松尾芭蕉は
「京に飽きてこの木枯や冬住ひ」
と2年ほど住んだ京都にも飽きて、また移動するということを俳句によんでいます。

松尾芭蕉のように飽きた現状に向き合って、環境を変えるのもそれもまた一つ。
そして、今いる場所に何か新しい面白さを感じられるように、と自分の興味関心をアップデートしていくというのも、出来ることかもしれない、と私は思っています。

楽しむことを諦めず、色々なインスピレーションをくまなく探し求めていれば、田舎暮らしも楽しいことに尽きることはないなと感じる今日この頃です。



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