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細野観光@東京シティビュー

音楽家・細野晴臣氏デビュー50周年を記念して企画された本展覧会。細野少年の佇まいに思いを馳せ(処女漫画作や授業ノート、映画の半券まで基本何でも保管するスタンスのよう)、音楽との出会いからデビューに至るまでの経緯、ポップミュージックやテクノ音楽での飛躍、現在の活動までを網羅しつつ、氏の音楽的ルーツにまで迫っていく。特に、YMO時代に愛用したシンセサイザーや現役選手のベースなどの展示は、ファン垂涎ものだったのでは?

半世紀にも渡る音楽遍歴。「はっぴいえんど」は、果たしてロックなのか、いや、フォークでもあるはず、という議論も不可能でもない気がするが、「日本語ロック」の始祖として、多様な音楽ジャンルを一回りふた回りしながら音楽の深淵へと足を踏み入れて行く様は、圧巻の一言に尽きる。それぞれの音楽ジャンルとの付き合い方が早急かつ濃厚で、すべての音楽活動を、リアルタイムでフォロー出来ていたファン(マニア?)の方々を僭越ながら労いたい(テクノから急にアンビエントとか言われも......さっきまで都市音楽を纏ってたじゃん!苦虫を噛み潰したような表情でテクノしてたと思ったら、三十路過ぎてアイドルソング歌い出したりなんなんだ!胸キュンとかなんなんだ!といった)。
私たちも、どの「細野さん」から出会うかによって、その後聴く音楽の趣味が左右されるということも少なくないかと思う。「細野さん」繋がりで広げていく音楽の輪。例えば、YMOの「ファイアークラッカー」からマーティン・デニーのエキゾチカサウンドに触れる、あるいは、好きなアーティストの源流を辿っていくと「細野さん」がいるという場合もあるだろう。

また、敏腕プロデューサーとして、レーベルを立ち上げてた細野氏。一見すると交わることのなさそうなアーティストを多数擁し、輩出した功績もある(中でも、PIZZICATO Vは、その後、編成交代を経て渋谷系の元祖として新世代の都市音楽潮流を編み出すことになる)。
ここ数年の細野氏は、原点回帰といった趣きでアメリカの古き良き時代の音楽に近接したヴォーカルアルバムを立て続けににリリースしている。どうやら、新たな一回りのタームに入ったようだ。本展覧会を契機に「細野さん」の50年を総復習して、これからも「細野さん」の音楽冒険に付き添わせていただきたいものだ。


追記

私の「細野さん」との出会いは、映画館にて。ソフィア・コッポラ監督の「ロスト・イン・トランスレーション」(2003)を観たことから。はっぴいえんどの「風をあつめて」が流れるエンドクレジットを見つめては、映画の中で「東京」がどのように存在し続けて来たのか、興味を持つきっかけにもなった。既に「惑星ソラリス」(1972)で、首都高のもつ異郷感は、発見され、海外の映画監督が訪日し、「東京」に迫る試みは、「東京画」(1982)でヴィム・ヴェンダースによって試みられていた。そんな事情もつゆ知らず、ソフィア・コッポラのファッショナブルで、瑞々しい感性で切り取られた「東京」は当時私の眼に新鮮に映った。少なくとも、Instagramで、#Tokyoと検索すれば事足りるいう世界は、まだ無かった。
はっぴいえんどが、憧憬としたオリンピックに向けての再開発がなされる前の東京、風街。
今、2度目のオリンピックを迎え、観光都市と化した「東京」にお似合いの音楽は、何なのだろうか。

追記の追記

大学に入学して、細野さんがOBと知った時、個人的に嬉しかったですね。なぜか家族が、とても喜んでいたような。「細野さん」、お茶目で飄々とした人柄でも、お茶の間に親しまれてますね。

#細野晴臣
#細野観光

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