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沖縄の海における、隠キャの正しい過ごし方

あの夏、私たちは沖縄にいた。

高校の友人たちと、卒業旅行でいった沖縄に再び舞い降りたのだ。
大学生になってバイトをはじめて、お金がちょっと貯まった。
だから、今度は貧乏旅行じゃなくてちゃんとした旅行をしようって。

私たちは仲良し5人組だった。
いわゆる、陽キャが2人と私を含む隠キャが3人。
ふしぎな構成メンバーだと思われるかもしれないが、それでも仲良しだった。

陽キャの2人は大学生になって彼氏ができて、いわゆる「キャンパスライフ」を送っていた。
私には縁がなかったサークルとやらも、彼女たちは楽しんでいたようだった。

隠キャの3人はというと、ひらすら勉強と実習に励む日々。
私は看護師、かじー(仮)は薬剤師、あおちゃん(仮)は獣医を目指すべく、それぞれ別々の大学の通っていた。

理系専門職の学生に、キャンパスライフなんてものはないのだ。

特に、あおちゃんは大学時代が一番忙しそうだった。
実習は基本泊まり込みで、動物たちと暮らさないといけない。

牛糞の匂いがしないエリアで過ごす時間、久しぶりだな〜!

沖縄に降り立った彼女が最初に放ったこの言葉で、残りの4人はその壮絶な大学生活を想って泣いた。


彼女は文系だったのに、獣医になるべく無理やり理系のクラスに入ってきたガッツの持ち主。理系のクラスで単位を取らないと、獣医学科への受験資格さえ与えられないからだ。

そんな彼女、数学のテストではいつも奇跡を起こしていたが、生物の授業が大好きだった。
だいたい、生物の授業が好きな人はだんだんオタク化していくのだが、あおちゃんのオタクっぷりは凄まじかった。

動物や虫の名前はほとんど知っていたし、解剖生理の理解度はピカイチだった。私は一度も生物のテストで彼女に勝ったことがない。
だって、毎回ほぼ満点だったから。


そんな私たち、ルネッサンスリゾートオキナワというホテルに泊まっていた。

今はどうなっているかわからないが、当時はホテルの建物の後ろ側に磯のような場所があった。

生物好きとしては、あの場を探検しない理由がない。

実は、以前も同じホテルに泊まったことがあったのだが、当時は3月。
いくら沖縄といえど、海に入れるような水温ではなかったのだ。

けれど、今回は夏。隠キャの3人からすると、沖縄を味わうためというよりは、あの磯を探検するためにここにきたといっても過言ではない…!
そういうマインドだった。

もちろん、陽キャの2人は引いている。

あさみたちが冒険してる間、私たちはエステいってるね〜

一般的な大学生の選択としては、こっちが正しい。
沖縄に来たのに、国際通りも美ら海水族館にもいかなったのは、私たちくらいだろう。

陽キャの2人がエステへ向かう。

隠キャの我らはいそしんでシュノーケリング用のカウンターへ行き、ウェットスーツを借りる。

もちろん、下には水着を着ているが夏の海は危険。
いろんな生物に刺されるわけにはいかない。
リスク管理のためのウェットスーツ着用なのだ。
これは、あおちゃんからの指令だった。

あおちゃんは、マイシュノーケル用品とフィンをもってきていた。
もう、気合いが違う。

私とかじーは同じカウンターで一式セットを借りる。
カウンターのお姉さんは

ホテルの前の海、ほんと綺麗で潜りがいがありますよ〜!

と、説明してくれる。

悪いな、お姉さん。私たちが向かうのはホテル前の海じゃない。
隠キャは隠キャらしく、ホテルの裏側にある磯へ向かんだ。
そう、私たちに似合うのは日陰…!

と、心の中で返答する。


歩いて磯へ向かう。
磯は、もう私たちの理想だった。

岩場があり、波打ち際には砕けた貝殻やガラス。
大きな藻や海藻が夏の太陽を浴びて干からび、乾燥ワカメみたいになっている。

風はさわやか、波はおだやか。
磯全体がホテルの建物でいい感じに影になっている。
まさに隠キャによる、隠キャのための場所。

シュノーケリングのセットを身体につけ、フィンを装着し海へ入る。

沖縄の海の透明度だ。
海底の海藻や生き物、岩肌まで細かく肉眼でみることができる。

すごい…!
なんて、美しいの!!

あおちゃんは、すでに素手で何かを掴んでいる。
かじーは、生物の授業は好きだったが、生き物のナマ感は苦手。

あおちゃん!
そのナマコ、こっちに投げてきたら許さないからね!!

振り上げていた腕を残念そうに下ろす、あおちゃん。
私だってナマコを投げられたら、さすがに困る。
何より、投げられるナマコ自身が一番驚くに違いない。

それぞれ、潜っているので私たちに会話は一切ない。
みんな、自分と海の対話の中にいた。

次第にみんな、海と砂浜を往復し始める。

かじーは、かどがとれたガラスの破片を集めている。
私は、面白いかたちの貝殻や海藻を集めて、砂浜に並べていた。
あおちゃんは、謎の生物を持ってきては私たちに説明してくれる。

これはね、資料集の73ページにいた生物だね。
こっちが口で、こっちが肛門。
へぇ〜〜〜

あおちゃんの生き物講座が始まる。
おそらく、あの磯にいた生物はほぼ網羅していた。

ひと段落した頃、あおちゃんが

私、ちょっと沖までいってくるわ
いいけど、夕暮れには部屋に戻るよ。
夕食の予約に遅れたら陽キャに怒られるからね。
うん!!

そうして、あおちゃんは沖へ消えていった。

そのあと、私とかじーは少しぐったりしていた。
3時間近く素潜りを続けていたのだ。
肺機能と心機能が限界だったんだと思う。

砂浜に座って沖を見つめる。
夕日に照らされてちょっと眩しい。

海面からたまに浮かび上がるあおちゃんのシュノーケルの影だけが、彼女が溺れていないかを確かめる手段だった。

あおちゃん、ここに来るの楽しみにしてたもんね…
ほんとすごいよね、生物への愛。
ね…それにしても戻ってこないね…

もう日が暮れかけていた。
夕食の時間の問題ではなく、ふつうに海にいることが危ない。

あおちゃ〜〜〜ん!
戻ってきて〜〜〜!!

身振り手振りで沖にいるあおちゃんへ伝える。
何度か繰り返したあと、やっと気づいてくれた。

これからまた沖へいくんじゃないか、っていうはしゃぎぶりで

もう、めっっっっっっっちゃ楽しかった!!!
魚とか、なんかよくわかんないやつもたくさん泳いでt…
もう時間ないから戻るよ!!

かじーが手を取って足早に歩かせる。
結局、私たちは部屋戻る時間がなく、ウェットスーツを借りた場所でサッとシャワーだけ浴びて、夕食へ向かうことになった。


テーブルで陽キャと合流する。
全身エステが相当お気に召したようで、2人はずっと顔や腕をすべすべ&なでなでしている。

なんか…すごい…楽しかったみたいだね…?

隠キャの私たちは疲れ果てていた。
まるで漁を終えた海女のようだったらしい。

ね、乾杯しよう?
沖縄最終日の夜なんだし。

陽キャのひとりが言う。

沖縄らしいトロピカルドリンクが到着した。これは、高校の卒業旅行では飲めなかったやつだ。

オレンジやパインが、おしゃれな串みたいなものに刺さってドリンクに入っている。なんだかおしゃれなハーブも浮いている。

陽キャの白くてすべすべの腕が2本、私たち隠キャの焼けた腕が3本、テーブルの真ん中に集合する。

沖縄の夜に!
かんぱ〜〜い!!

トロピカルドリンクの甘さが全身に広がる。
酸味もほどよくていい。

来年になったら、これがビールに変わるんだろうね。
そうだね、こういう乾杯は今のうちだね。
10代の特権ってやつぅ〜
ねぇ、もうビュッフェいこうよ!
お腹すいて死にそう!!

みんな、思い思いに食べたいものへ散っていった。
そして、がっついて食べ始めたのだった。


・・・


あれ以来、5人で集まったことは一度もない。

陽キャのひとりは教師に、ひとりは一般職に。
かじーは、薬剤師に。
私は、看護師に
あおちゃんは、獣医に。

みんな、結婚や育児などのライフイベントを通過しながら、それぞれの人生を生きている。

陽キャも隠キャも、この年になったら関係ない。
自分の人生の主人公であれば、それで良いのだ。

大人になってたくさん乾杯をしたけれど、あんなに純粋な乾杯は他になかった。あの時は、トロピカルドリンクが正解だった。


いつか、また5人が揃うことがあったら大人の乾杯をしたい。
次は、ビールで。


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