名称未設定アートワーク_3

ソクラテスに学ぶ、退屈な会話のつくり方 (会話体験をつくるvol.10)

わたしの所属する「感性デザイン部」では、チャットボットやスマートスピーカーなど「機械の会話体験」を設計している。

最近の悩みは、ジャンルそのものが持つとされる退屈さだ。

機械とのおしゃべりは退屈か?

「チャットボットとの会話は退屈だ」という言葉をしばしば耳にする。あるいは、「おしゃべりロボットはすぐに飽きる」とか。「HAL 9000のような素晴らしい叡智をそなえた人工知能でもない限り、人々は機械とおしゃべりを楽しみたいとは思わないのだ」とかね。

ではそもそも、会話における退屈さとは、なんなのだろうか。

ヒントはソクラテスにある。

まずはこれを見てほしい。
プラトンの初期対話篇『クリトン』の一部を、チャット風に表記したものだ。(句読点のみ筆者編集、他は原文ママ)

うん。
クリトン、いらないよね。
自分がクリトンだったらこの会話、めっちゃ退屈だと思う。存在意義がない。

この会話は、以下のような構造で作られている。

ソクラテス「問い」
クリトン「Yes / No」
ソクラテス「問い」
クリトン「Yes / No」
ソクラテス「問い」
クリトン「Yes / No」

で、内容をまとめるとこうなる。

一瞬で終わる。

ここに、チャットボットなどの会話UX系が抱える宿痾がある。
『クリトン』はとても面白い書物だ。にも拘わらず、チャットボットになった瞬間クソUXの権化に転じた。なぜか。

中途半端なインタラクションに支配されたコンテンツは、おしゃべりの最中もユーザーをスイッチ扱いするからだ

たとえば、あなた(ユーザー)がクリトンだったとしよう。

ソクラテスの圧がすごい。

こんな風にユーザー(あなた)がコンテンツ(ソクラテス)のことをいちいちサポートしてあげないと成立しない会話体験って、けっこう、ある。人間同士でもそうだ。わたしにも、「そんなことない可愛いよ」って返事をするまでチャットが終わらないタイプの友人がいる。「返事」をするのって、基本的に苦痛なんだ。

じゃあ、どうするか? 苦痛を緩和する必要がある。
使う武器は二つ。「話を聞いてくれている感」と「強度のある表現」だ。

話を聞いてくれている感

たとえばクロネコヤマトのLINEサービスには、話を聞いてくれている感がある。無駄口を叩かず、ミニマムのインタラクションでお願いを反映してくれる。

レスポンスが早く、ボタンもわかりやすく、快適。とはいえ、この気持ちよさは荷物を出したり受け取ったりしたいという前提要求ありき。なんの用事もないときにクロネコちゃんと会話をしようとは思わない。あくまでも、この子は「よくできた受付」である。

じゃあ、タスクがない時の「話を聞いてくれている感」ってなんだろう。キーワードは「変化」。

ソクラテスの変化。圧が消え、クリトンに存在意義が生じた。

こんな風に、ユーザーの発話によってキャラ(ソクラテス)の応答が変化すれば、会話そのものの楽しさは向上していく。

しかしまた、楽しい会話体験である「変化」を追求し続けると、キャラ(ソクラテス)の思想は変容する。

ソクラテスの改心である。

実際、人は会話の最中に改心したりする。

人間同士の会話では、言語や非言語の応酬を通じて自分や他人の心に触れる。触れられた心の形は変わる。会話体験は本来、インタラクティブであると同時に、ジェネレーティブなのだ。

結論ありきのシナリオによって再現される対話は、どこかで「変わらなさ」の壁にぶち当たる。それが、現在のチャットボットが抱えている退屈さの正体だ。

強度のある表現

だが希望もある。「会話体験」ではなく、「会話表現」としてのアプローチである。「面白いシナリオを会話スタイルで味わうのが最強」説だ。

生の会話(これから語られること)ではなく、調理された小説(すでに書かれたもの)として会話が享受されるとき、「変わらなさ」の壁は問題でなくなる。

チャットノベルというジャンルがそれだ。
チャットノベルのユーザーは全て「読者」。読みたい小説を選び、ひたすらタップをする。するとストーリーが少しずつ進んでいく。

いやいやなんでチマチマ出てくるの。タップするのめんどくさいよ、と思うかもしれない。わかる。
でも、チャットノベルの強みは、没入感だ。
ちょっとこれを見てほしい。既出の文章だから流し読みで大丈夫。

(ソクラテス)人はどんな場合にも、不正を行ってはならないのだね。
(クリトン)むろんならない。
(ソクラテス)では、多衆が考えるように、人はまた不正に報いるにも不正をもってすべきでもないのだね。なぜといえば人はどんな場合にも不正を行ってはならないのだから。
(クリトン)明らかに、そうすべきではない。

出典:プラトン『ソクラテスの弁明/ クリトン』(岩波書店、2006年、pp.76-77)

それから、これをサッと見て。(ibid. pp.76-77)

上記はUIが違うだけで、同じ文章である。

文字のみで表現されたものより、チャット形式で表現されたソクラテスのほうが、圧を感じるのではないだろうか。クリトンのイエスマン感が、より手触りをもって迫ってくるのでは?

さらに、ひっくり返してみよう。(ibid. p.77)

エッ!? あたしがソクラテス……!? ってなる。
少し、偉くなった気持ちでプラトンを読める。読書の角度が変わるのだ。


参考までに、楽しいチャットノベルのサービスを二つ挙げておこう。

集英社のチャットノベルアプリTanZakでは、既存の小説をチャット形式で楽しむことができる。

アメリカで主流のHOOKEDは、2000万ダウンロードを誇る。ホラー系のストーリーに強く、「少しずつテキストが出てくる」体験が、作品の怖さを絶妙に引き立てている。

これらの事例は、会話体験ではなく、会話表現の持つ面白さだ。
しかし、表現の領域から体験の領域へと、希望の光を注いでくれている。

「面白いシナリオを書きなさい」と。

シナリオそのものが面白ければ、リアルタイムで生じた言葉でなくとも、ユーザーの心に触れることはできるのだ、と。

変化の可能性を探ること。
表現の強度をあげること。
それが、「チャットボットは退屈」と言われる状況を抜け出す動力になると信じている。

まとめ

ここまで、会話体験における「退屈さ」について、ソクラテスを肴に考えてきた。良いシナリオを書けるよう頑張る、という根性論に行き着いた。つらい。

だが、シコシコ書いているうちにいつかジェネレーティブな会話体験の突破口が見つかるのではないか、とも、思っている。

さて、「会話体験をつくる」シリーズは本記事で10本が出揃った。次回更新は未定だが、気が向いたら誰かがなんか書く。読んでくれてありがとう。またね。


この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?
気軽にクリエイターの支援と、記事のオススメができます!
note.user.nickname || note.user.urlname

よければアレしてください

スキ
23
助詞を間違えたらすごい速さで関節を折りにくるタイプのライター。 略してタイプライター。

こちらでもピックアップされています

会話体験設計
会話体験設計
  • 11本

会話体験の設計方法について、フレーム・キャラクター・シナリオの視点から事例を交えて書いていきます。

コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。