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ライティングをひらく

私の職業はライターだ。
記事を書いたり、サービスのコンセプトやステートメントをこしらえたりしている。個人で請け負うのは、いわゆる「記事を書く仕事」。ひとりで作業をする時間がとても多い。

いっぽう、Goodpatch Anywhereのメンバーとして試みているライティングは、もう少し賑やかだ。多様なユーザーを想定したデザインをおこなうとき、そのプロセスはすでに、いろんな人たちに向けて開かれている。文章も同じだ。私たちライターは参加型のデザインワークにおいて、「たった一人の書き手」ではなく、むしろ「言葉のサポーター」として機能する。

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では、参加型のライティングって、どんなものだろう?

言葉のフィールドを用意する

「サービスをひとことで説明する文章」が必要だとする。
まず最初にするのは、フィールドの用意だ。

たとえば、マッチングサービスのタグラインをつくる場合、以下のようなフィールドがあるといい。

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上の図が、「フリーランスのライターと編集プロダクションをつなぐマッチングサービス」を表すものだったと仮定してみる。

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地点Aにいるのがフリーランスのライター、地点Cにいるのが編集プロダクションの採用担当だ。地点Aのそばに配置する言葉は、「ライターの課題や欲求」にフォーカスした表現。地点Cならば編プロ向け、地点Bならば両者の中間とする。
すると、各地点に配置されうる言葉は、以下のようになる。

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【地点A】
書きたいものを好きなように書けて、めちゃくちゃ金がもらえる!
ほんとだよ。

【地点B】
ふさわしい場所に、ふさわしい人を。

【地点C】
爆速で面白い記事を仕上げてくれるお手頃ライター揃ってます!
ほんとだよ。

ちょっと誇張しすぎたが、まあいいや。だいたいこんな感じだ。具体性のないまま地点Bに寄せると、ことなかれ主義に傾倒し、結果として何も言ってない文章になりがちなことにも留意されたい。

同じサービスを表現するのにも、「誰に」「どう」届けるかをスライドさせるだけでまったく違う言葉になる。まずはこれを可視化することで、プロジェクトチーム内での認識を合わせていく。その結果、「デザイナーはずっと<地点C>の話をしていたが、マネージャーは<地点B>だと思って聞いていた」みたいなすれ違いを減らすことができる。

フィールドにはいろんな形がある。ステークホルダーの数や抽象度によって変化する。

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さまざまな職種の人が言葉の共同作業を行うさいは、こんなふうに、言葉以外の要素を取り込むことで、言葉が開かれていくことがある。

言葉をマッピングする

フィールドができたら、ユーザーに届けたいメッセージを配置していこう。思い浮かんだ言葉を付箋に書き込み、どんどん貼っていってもらう。内容が重複してもいいし、ゆるい表現でもいい。むしろ、格好をつけない表現のほうが後から調理しやすい。50個ぐらいの素材が集まると理想的だ。
プロジェクトに関わるメンバーのうち、できるだけ様々な立場の人が参加するようにしよう。うまくワークする人数の目安は3〜7名ぐらい。

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共同作業をする理由は、大きく2つ。

まずは、素材となる言葉を集めること。いろんな立場の人から出た言葉を俯瞰することで、改めて「誰にどう届けたいのか」「どの言葉が誰に近いのか」を把握できる。

次に、メンバーが用いる言葉のクセを把握すること。同じ現象を指した表現でも、人によって選ぶ言葉はまったく異なる。そういうクセは個々の持ち味として生かしつつ、誤解が生まれないように仲介したり、接続したりする必要がある。これは、プロジェクトに参加したライターが「言葉のサポーター」として立ち回れる重要なポイントだ。

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言葉のクセによるすれ違いをどう避けていくか? という問題について、技術的なレベルでは目的語と動詞はセットで使ってもらう、形容詞のプライオリティを下げる、といった方法がある。

もう少し踏み込んだレベルでは、作家・梨木香歩の言葉にヒントがある。

言葉も、じつは品詞によって力の発揮具合が違います。大きな力を発揮するのはやはり動きを表す言葉ですね。「頑張れ」「愛してるよ」「走れ」など。
(中略)
けれど形容する言葉は、じつに使い方が難しいです。大きな容量のある言葉を大した覚悟もないときに使うと、マイナスの威力を発揮します。「今までに例のない」「いまだかつてない」「不退転の(決意で)」などなど、実態はそれほどのこともないのに大袈裟な言葉を使うと、実態との間に隙間ができるのです。

梨木香歩(2020)『ほんとうのリーダーのみつけかた』岩波書店、p.15

隙間はクセになりやすく、自覚するのも難しい。だから、キーワードを出していくときは、「大きな容量のある言葉」が出てきづらい状況をセットしよう。

具体的には、こんな感じ。

• プロジェクト内で議論されてきた具体的な言葉をピックアップ
• 利用シーンに紐付けたフィールドを作る
• ひとり分の気持ちを想定して書いてみる
(ありもしない「みんなの気持ち」をつくらない)
• 戦略と事実は分けて書く

こうして集まった言葉をもとに、「サービスを表現する言葉」をつくっていく。ここからの作業はライターがひとりで行うこともあるし、テキストエディタを画面共有しながらリアルタイムで粗原稿を起こし、合意形成をおこなうこともある。いずれにせよ、ギリギリのところでライターが手綱を握っておくことで、文章のピントがズレにくくなる。

適当にやる

参加型ライティングのワーク部分は、いまのところ、ざっくり進めた方がうまくいくと感じている。逆に、全てをロジカルに進めようとすると、足元をすくわれることが多い。このあたりは、ノウハウが溜まってくると変化するのかもしれない。
いずれにせよ、細かく分解しすぎて内輪のすり合わせで終わるのは避けていきたい。「ユビキタス言語」と呼ばれるものが多くの場合、その名に反して「チーム内での約束事」を示すことからもわかるように、言葉には必ず「外部」が存在する。そして、文章を届けたい相手は、たいてい「外部」にいる
だからワーク中は、全てをわかりあうことを目指さなくても大丈夫だ。それよりも、他の人がどんな言葉を使うかを観察し、なぜその語を選んだのか尋ねてみたり、自分の言葉のクセに気がついて面白がったりしてほしい。わかりあうことはできなくても、どこがわかりあえないのかが、わかるようになる

「言語の他者性」という概念が示すように、私たちは言葉の完全な支配者にはなれない。言葉には意味と音と形がある。それから、言葉が生むイメージもある。「りんご」が喚起する「赤さ」とか「丸さ」とか、「さわやかさ」とか。

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おまけに、こうした語句の一つひとつが「その語句である理由」は、ない。なぜ「りんご」を「りんご」と呼ぶのか、納得のいく説明は見つからない。

名前に何があると言ふの? 薔薇の花を別の名前で呼んでみても甘い香りは失せはしない。

ウィリアム・シェイクスピア(1996)『ロミオとジュリエット』新潮社、kindle版、25%

ジュリエットの言う通りだ。わかりあえない部分があっても、愛し合うことはできる。どこに「わかりあえなさ」があるのかさえ把握できていれば、参加型ライティングは機能する。

ロジックに拘泥しすぎて薔薇の花弁を散らしてしまうのは、なんとも切ないことではないか。だから私たちは、そっと歩こう。行き先は言葉にゆだねて。

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読んでくれてありがとう。
この記事はフルリモートデザインチーム Goodpatch Anywhere Advent Calendar 2021 13日目の記事でした。
参加型ライティングに興味がある人やない人は、以下からお気軽にアレしてくださいね。


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