短編小説 『夜中に郵便受けが鳴る』

「久しぶり、元気だった? 夜中にごめんね、ちょっと聞いて欲しくて」

 元カノ、というには少しつきあいが長すぎる、ほんの二ヶ月だけ付き合って、そのあとはずっと友達の女性から電話がかかってきた。

「夜の三時に相談ごと?」

 ベッドから起き上がり、枕元のコップを持ってロフトの階段を降りる。手すりがないから壁によりかかり、そおっと転ばないように。数年前に足首を折ってから、アキレス腱の効きが悪い。

「郵便ってさ、朝何時から届く?」

「朝……六時くらいかな」

「だよね」

「なんの話?」

 二時半頃、郵便受けが鳴ったのだという。

「なにそれこわい、何が届いたの?」

「まだ見てない」

 お互い、夜が遅い仕事をしている。彼女はデザイナー、私はライター。仕事が進まないから眠れないのか、眠れないから仕事が進まないのか。互いのSNSはフォローし合っているが、直接のやりとりはしない。そのぐらいの関係がもう十年は続いていた。

 はじめて出会ったのは友達の集まりで、一目で好きになった。その当時の私は好きになるとすぐに口説いていたし、ある程度の関係になったらすぐに別れてしまっていたけど、そのときはずっと長く一緒に居られる気がした。

 その当時の彼女には彼氏がいて、私との関係が遊びだということがわかって、私から別れを申し出た。彼女は怒って、泣いて、また怒って、そして私を抱いて、長くて綺麗な髪がわたしにまとわりついて、おたがい汗だくになって。彼女は憑き物が落ちたみたいな顔で笑って帰っていった。

「隣の部屋の人じゃないの、頭がおかしいとか」

「やめてよ、もっとこわい。ねえ、なんの音?」

 テーブルの上のティファールがとんでもなく激しい音を立てて沸騰しはじめた。情緒も何もあったものじゃない。ごぼごぼごぼ。

「お湯沸かしてんの、紅茶いれる」

「起こしてごめんね」

「どうせ眠れなかったし、べつに」

「話したらちょっと落ち着いた」

 彼女の部屋を想像する。行ったこともない部屋の間取り。ワンルームならリビングから鉄の扉が見える。郵便受けの蓋がきぃと開き、ごとんと何かが差し込まれて落ちる。夜中の三時。女の独り暮らし。

「怖かったらうち来てもいいよ」

「タクシーで? あと二時間で始発だよ」

 たあいもない近況と、なつかしいもう会えない人たちの話をして、紅茶が冷めた頃、電話を切った。

 ごとん、と郵便受けが鳴った。

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