かわいそうな王子のものがたり

 むかしむかし、ある王国に、たいへんいじわるな王子がいました。自分が王子であるのをいいことに、逆らえない家臣たちを馬に見立てて、庭を競馬場にして走らせたり、庭に埋めた王女さまの指輪を、ブタのように穴を掘らせて探させたりしました。中でもひどかったのは、立場の弱い奴隷を屈強な犬と戦わせて、ボロボロにする遊びでした。奴隷たちは逃げ回りましたが、体の弱い一人が犬につかまり、体を噛まれて、骨を砕かれ、三日三晩高熱にうなされました。

 彼は王子の名を叫び続けました。あまりに声がうるさいというので裏のゴミ捨て場に捨てられました。

 彼が生きているのか死んでいるのかもわかりませんでしたが、王様も家臣たちも、奴隷のことでしたから、気にもとめませんでした。

 それでも、王様も家臣たちも、まだ子供の王子が可愛くて、言うことを聞いてあげていたのですが、ある日王子が家臣の娘を××し、×××だった××を××したことで、すっかり王様も×××、そして×××で×××の××は××してしまいました。

 独房に入れられた王子が泣いていると、頭上の鉄格子の窓から、月明かりと共に声がしました。

「ここから出たいのか?」

 王子は答えました。

「出られるさ、でも出たからといってぼくが許されるわけじゃない」

「ほほう、では反省しているのか?」

 声は感心したように言いました

「違う! ぼくは何も間違ったことをしたわけじゃない、××を嫌がった娘が悪いんだ、だから×××は××で」

「もういい、聞くのもうんざりだ、お前は自分が悪いと思ってはいないんだな?」

「悪くないさ、悪いのはいつだってあいつらだ」

「ならば、お前に欲望をかなえる力を与えてやろう。忘れたい記憶も、忘れさせたい思い出も、すべて消し去る力を与えよう」

 王子がふと頭をあげると、さっきまで声のしていた鉄格子の窓は、固く煉瓦で閉ざされていました。

 それからは大変でした、なぜか牢獄に閉じ込められていた王子は助け出され、なぜか王子を閉じ込めた衛兵は処罰されました。誰も、家臣の娘を王子が××し、××を×××したことをおぼえていなかったのです。

 そして王子は、それまで以上にいじわるなことをするようになりました。何しろどんなにひどい事をしても、その間のことを皆はすべて忘れてしまうのです。王様も、家臣も、国民も、なぜか知らぬまに、たくさんの不幸と悲しみを抱えながら、なぜそれが起こったのかを知ることはありませんでした。

 やがて王子が成人したときに、王様は王女の墓の前で言いました。

「あと三日でこの国を王子にゆずらなければいけない、だが、私にはどうしても、この国をあの王子に渡してはいけない気がするのだよ」

 その場にいた家臣も、小間使いも、ロバも、虫けらさえも、皆がその通りだと思いましたが、気が付くと王様は死んでいて、誰もその言葉をおぼえている者はおりませんでした。

 王子は王様が遺した遺書の通り、あと三日で王様になります。玉座に座った王子は、これから始まることを想像して、とても恐ろしい笑い声をあげました。王子がどんなにひどいことをしても、誰も何もおぼえていないのです、王子は地図をひろげて、ほしい国たちの領土を調べました。

 すると、玉座の後ろから声がしました。

「おぼえておいでかな、私はあの時の月の光だよ」

王子は肚の底が冷える思いでしたが、虚勢を張って応えました

「お前のおかげで私は王になる、礼が欲しいならいくらでも払おう」

「そうか、お前は自分の思い出は消さなかったんだね」

「当たり前だ、私の思い出は私だけのものだ、誰にも渡すものか」

「その通りだ、誰かの思い出は誰かのもの、お前に渡していいものじゃない」

 玉座の間へ、兵たちが集まる足音が聞こえます。王子はさっきから従者や侍女の姿が見えないことに気付きました。

「おぼえておいでかな、私はあの時の犬に噛まれた奴隷だよ」

 どっと兵たちが玉座に集まり、槍や刀で王子を刺しました。皆、王子が何をしたのかをすべて思い出したのです。口から血を吹き出しながら王子は言いました。

「すべてこいつがやったのだ、私は悪くない、こいつの魔術が悪いのだ」

 玉座を倒すと、その後ろには誰もいませんでした。王子は生きたまま箱に詰められ、海に捨てられました。

 やがて、誰もが王子のほんとうの名前を忘れてしまいました。

 けれど、王子は自分が生きていたことをどうしても忘れられなくて、それからずっと、海の底にいます。

おしまい

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