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【「鎌倉殿の13人」放送開始記念】草刈正雄が振り返る「真田丸」昌幸の名台詞秘話と三谷幸喜マジック

「面白うなってきた!」「教えてくれ……源三郎!」。三谷幸喜さんオリジナル脚本で2016年に放送され、草刈正雄さんが演じた真田昌幸の台詞が大きな話題となった大河ドラマ「真田丸」。昌幸のキャラクターと名台詞の数々はどのように生まれ、育ったのか? 「鎌倉殿の13人」放送開始を記念して、草刈さんの著書『人生に必要な知恵はすべてホンから学んだ』(朝日新書)で明かした秘話を特別に公開します。

草刈正雄さん(撮影/金子淳)

■直球の決め台詞

 三谷幸喜オリジナル脚本による、NHK大河ドラマ『真田丸』(2016年)。僕にとって、1976年の『風と雲と虹と』から数えて7本目の大河出演でした。

 主人公真田信繁(幸村)に堺雅人さん、兄の信之に大泉洋さん。真田丸とは、信繁が大坂の陣で築いたとされる大坂城の出城です。「戦国の荒波に立ち向かう一艘の船」に真田家を喩えた、三谷さんらしいタイトルでもあります。そう、真田丸は家族船なのです。

 撮影前の衣裳合わせ。真田昌幸のいでたちは、マタギのような毛皮つきでした。のちに秘かに、「毛皮のロングコート」と自分で呼んでいましたが、とにかく、ザ・ワイルド。

「これはイケる!」

 直感的に確信しました。「都会モンには負けん!」というような田舎のイケイケ親父の魂が乗り移ってきました。

 戦国の世に生まれるべくして生まれた男、「表裏比興の者」「謀略家」とされながら、甲斐武田家への忠誠は生涯ゆるがず、徳川軍に対して2度も勝利をおさめた戦国時代きっての知将。家紋の六文銭は、昌幸の異名にもなります。六文銭は冥銭、すなわち三途の川の渡し賃を分身とする、まさに「いつ死んでも恐れなし」の男です。

 三谷さんの台本を読んで、さらにわかりました。ああ、そういうことか、と。やるときはやる。落ち込むときは真剣に落ち込む。慌てたときは息子にさえすがる。主への忠義を果たし、一族を守り抜く。怒る。笑う。叫ぶ。泣く。「質実剛健」「沈思黙考」といった従来の厳かな武将のイメージから解放され、じつに人間味に溢れている。

 第1話で、武田家の行く末について息子たちと頭を寄せ合います。

<武田は滅びるぞ!>

 キャストが集まっての初のホン読みで、僕から自然に生まれた口調は、慌てんぼう親父のハヤクチでした。まるで、悪ガキどもが密談しているように見えたといって、スタッフの方々が喜んでくれた。よし、これでいくぞ。

 第2話では、声高らかにこんなことを宣言します。

<わしにとって最も大切なのは、真田の一族じゃ!>

 体のなかで昌幸像がどんどんふくらんでいきました。三谷さんの台本には、じつに魅力ある人間臭い真田昌幸の息遣いがきっちり描かれていました。だから、このホンのままに生きればいい。安心して暴れられる。

 直球でいこう。そう決めました。
 
 昌幸が、自らを語る台詞が第5話に出てきます。

 本能寺の変での織田信長の自害を知り、<なんで死んでしまうかのう、信長め!>と叫ぶ昌幸は、息子の問いに対して逆に問いかけます。

<わしの本心か……でははっきり言おう、まったくわからん! 源三郎、どうすればいいのか、この父に教えてくれ……源三郎……教えてくれ!!>

 そして言うのです。

<わしゃあ、海を見たことがない。山に囲まれて育ったゆえな。しかしいま、わしは海の中にいる。あっちにもこっちにも大きな渦が巻いとる。このまま織田に従うか、はたまた明智の誘いに乗るか、上杉に掛け合うか、北条に頭を下げるか、いずれにしてもわしらのような国衆には、力のある大名にすがるしか生きる道はない。しかし、真田安房守昌幸、この荒海を渡りきってみせる。国衆には国衆の生き方があるのじゃ。誰が最後の覇者になるか、しかとこの目で見極めて、喰らいついてやるわ! 面白うなってきた!>

 乱世をゆく家族船。海を見たことのない男の荒海ほど、凄まじい光景はないのではないか。試練を<面白うなってきた>と評するのは、波瀾万丈をとことん楽しむ昌幸の、腹の底から出たナマの声でした。どの瞬間も真剣勝負で向き合う男の宣誓です。

「昌幸が人を欺く場面では、どんなことを考えて演じていますか?」

 撮影中、堺雅人くんからこう訊かれたとき、

「全部、直球」

 と答えました。意味ありげな表情をつくるような芝居はせず、「二枚舌」といわれる場面でもすべて直球で挑みました。だからこそ、

<大博打の始まりじゃあ!!>

 という、その翌週の台詞はじつに気持ちよかったですね。最も心に残った決め台詞でもあります。

 息子たちよ、どんな手を使っても、わしは真田を、この地を守り抜いてみせる──。東西の要としての信濃の価値を再認識した昌幸は、今後、大名たちと対等に渡り合っていくことを決意する。いわば、大見得を切るのです。

 決め台詞にはエネルギーがある。それは、見得を切る歌舞伎という伝統芸能を持つ、日本ならではの財産ではないでしょうか。DNAだといってもいいくらいに、脈々と昔から受け継がれている気がします。歌舞伎や時代劇の絶世のスターといった継承者たちが、その醍醐味を直に僕らに教えてくれていました。

 ここぞ、というときに、言葉で決めるわけです。何も要りません。言葉だけで、いまこのときを特別な瞬間に変えてしまうのだから堪らない。周囲のエネルギーを一手につかみ、次の瞬間、解き放つ。演じる側も観る側も、その一瞬は同じ渦から解放される。だからこそ、決め台詞は快感を生むのです。

 あのときは、自分で自分の声に驚きました。ものすごく高揚しました。人生はほんの短い旅なのに、一歩一歩どうしてこんなにふらついてしまうのかという自分自身が、いざ台詞となると、天を衝く勢いさえ出せる。僕のなかにある僕の知らない何かを、台詞が引き出してくれるのです。いうまでもなく、三谷マジックのザ・決め台詞です。


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