現金なやつ

「政府ひどくない?」
「随分ざっくりとした政権批判だな」
「だってこんなに沢山の人が困っているのに」

このご時世で、エンターテイメント業界や飲食業界、業界の枠にも入らないような中小企業、零細企業、個人事業主、沢山の人が困っている。マスクは手に入らないし、トイレットペーパーはデマでなくなるし、最近ではスーパーマーケットで食品が品切れになった。4月1日に都市封鎖という、有り得そうなデマが尤もらしく回ってきたりもした。

「現金が一番良いのに、お肉券とかバカみたい」
「君は今、本当に困っているの?本当に十万円やお肉券が必要なの?」
「え、私は十万円がなくても平気だけど、困っている他人には必要でしょ?」
「困っている他人を助けたいんだったら、困っている他人に個人的に十万円あげてきたら?その方が確実かつ迅速だよ」
「ちょっと何言っているか分からない」
「本当のことを言いなよって話」
「えっ、今そんな話してた?」

僕にとってはそんな話だ。十万円の価値なんて、簡単に変わるのに。例えば野菜の価格が高騰するニュースを見て何も思わない人間が、十万円の価値を本当に理解しているとは思えない。僕はそういう男だ。

「でもみんなそう言っているよ」
「本当にそうか?」
「え、本当にそうだよ。Twitterを見てよ」
「僕のタイムラインとは随分違うな。どうぶつの森ばっかりじゃないか」
「流行ってるじゃん」
「見ろ。僕のタイムラインではZoom飲み会しかしてない」
「あ、Zoomって本当に流行ってるんだ」

彼女が悪いとは思わない。素直だし、色んな他人に共感するから、彼女はいつも皆の味方だ。だけど、無責任だとも思う。彼女はその時々で次から次へと誰かを味方するから、本当のところ一体誰を救けたいのか、分からない。彼女はいつだって素直で「いい子」だから、「本当に困る」っていうのがどういうことなのか、よく分かっていないんじゃないかと思う。

「本当に政府がひどくてひどくて堪らないっていうんだったら、彼らの選挙区に各部屋一畳くらいのタワーマンションでも建てて、住民票を移すくらいの気概を見せてほしいな」
「えっ、選挙で落とすってこと?」
「だって、みんながひどいって言っているんだろ?そんなに深刻なら、あっという間に投資回収できるよ」

これは実際問題、不思議なことの一つだ。やろうと思ったことはないけれど、政治家に対して本気で気に食わないと思ったら、住民票の一つや二つ、僕だったら簡単に移すのにな。

「えー、極論すぎるよ」
「ざっくりとした極論はいいのに具体的な極論は駄目ってあんまりじゃないか?」
「うーん」

彼女は、具体的になればなるほど、疲れてしまうみたいだ。例えば自分の選挙区の中で誰に投票するかとか、そういうことは苦手らしい。気持ちは分からなくもないけど、そういうことの積み重ねだと思うんだけどな。

「考えてたらお腹空いてきた」
「もうお肉券で事足りるじゃないか」
「貰えるもんなら何でもよくなってきた」
「現金なやつだな」
「説教くさいやつだな」
「それに関しては返す言葉もないな」

OLとバリキャリとオタクの中間地点にいます。 「忘れてみたい夜だから」という番組をRadiotalkとPodcastでお届けしています。 【Radiotalk】 radiotalk.jp/program/31133