ヒーローと天職

あるすぱ短編集5
ヒーローと天職

生まれた時からスーパーパワーを持っていた私は、成人してから迷う事なくヒーローとして活動をし始めた。生まれ持った才能を活かして人の役に立つ、これ以上素晴らしいことがあるだろうか、天職だと思っていた。こうして、この数十年、多くの出来事を経験してきた。自然災害や飛行機事故などを始めとして、巨大ロボットやマッドサイエンティストとも戦ってきた。我ながら中々の活躍ぶりであったと思う。
 ただ、少し疲れてしまった。ヒーローとして活動すれば、当然敵も作りやすい。話すと長くなるが、手足を握りつぶされそうになった事もあるし、命を狙われそうになった事も一度や二度じゃない。
こうして、私は転職活動に踏み切ることにした。
何とか数社目にして内定をもらい、働き始めることが出来た。最初は良かった。まあ、そうだろう。彼らにとってみれば、本当の意味でのヒーローが同じ会社で働くことになったのだ。

「あの、頼んでおいた書類作っていただけましたか」「あ……まだ……。」
 ただし、会社での活動はそう簡単なものではなかった。ヒーローとして活動してきた私にとって、書類などの細々とした作業がこれほど向かないとは。何より、今まで自分が命を救ってきた市民に対して、すみませんの一言を出すのがこれほど難しいとは思わなかった。
不慣れな出来事の連続だ。今更、パソコンの使い方を覚える事よりも、目からビームを出すことのいかに楽な事か。徐々に、私に対する皆の態度が変わっていくのも、そう長くはかからなかった。

「あの、ビールを注ぐときはラベルを上にして」「そこ上座ですよ」「あの、ミスをしたときはちゃんと謝った方が良いと思いますよ」「あ、もう大丈夫です」「そろそろこれぐらい一人でやって下さいよ」「いい年して何にも知らないんですね。」「スーパーパワー持ってる癖に、コピー機も満足に使えないの」

 何ていうことはない。命が危険にさらされることなどない。単に、小さな積み重ねだった。だが、悪者や自然災害相手に無敵だった私は、書類とパソコンに囲まれたこの小さな世界では役立たずと呼ばれた。今まで自分が救ってきた市民の目が、尊敬から侮蔑へと変わっていく。
いつしか、新幹線より速く走れる私の足が、会社へ行く時だけナメクジのように遅くなっていく。地球を何周しようと疲れないはずの私の体が重く感じる。透明化していない筈なのに誰も話しかけてこない。
手足の一本や二本が何だというのだ。今度こそ、自分の為にヒーローへの再転職を考え始めていた。

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