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web版古地図散歩 本郷~茗荷谷4

日頃町歩きイベントとして開催している「古地図散歩に行こう!」をweb上で楽しめるようにしました。約5キロを3時間ほどで歩きながらしゃべっているものですが、文章にするととても長くなります。そこで5回に分割しました。有料部分には配付資料も掲載してあります。

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伝通院

澤蔵司稲荷の前にある椋の木を過ぎると、前方に大きな山門が見えてきます。伝通院です。

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伝通院は徳川家康の母である於大の方や千姫が葬られている、徳川家の女性や家族たちの菩提寺です。於大の方は戦国の乱世の中で実家の水野家が婚家である松平家と敵対関係になったために離縁され、その子竹千代、後の徳川家康と離ればなれで暮らさざるを得なくなった女性です。桶狭間合戦の後に家康に引き取られ、家康が天下を握った後に、京都の伏見城で没しました。遺体は江戸に運ばれ、寿経寺に葬られました。ところが母親の墓参りに訪れた家康が、「この寺、せまくないか?」と言い出したことで新たに寿経寺は建て直されることとなり、それが現在の伝通院なのです。

ちなみに伝通院の本当の名前は、いまも寿経寺です。伝通院というのは、於大の方の法名なのです。だから正式には山号寺号で「伝通院寿経寺」というのですが、いまや公式ホームページにすら「伝通院」と書いてあります。

この伝通院の境内に女子校があります。淑徳SC学園です。よく似た名前の淑徳学園という学校がありますが、これとはまったく別の学校です。淑徳SC学園は、浄土宗の尼僧輪島聞声によって設立されました。当時の伝通院の住職が聞声の師匠筋にあたり、女子教育をするための学校を設立するために、後に出てくる処静院の跡地を譲ってもらったのだそうです。

この淑徳SC学園、実は日本で最初に制服を定めた女子校です。制服といっても明治25年(1892)創立ですから、ブレザーやセイラー服ではありません。紫色の袴を着用して登校するように定められていたのだそうです。これが日本における女子校の制服のはじまりだとか。

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