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花売りの少女と僕

 「帰ってきてね」

まだあどけなさの残る少女は僕に言った。

黒くて短いおかっぱ頭、つぶらな瞳、小さな手にはいつもと変わらずバラの花が握られている。汚れた服もいつもと同じだった。
 
その子とは北京で知り合った。僕が北京に来てまだ数週間しか経っていない、コートを着るにはもう暖かくなりすぎたその季節、初めてその子は僕に声をかけてきた。

「花買って」

どこか南方系の話し方がするその子は手に持った数本のバラの束から1本取り出して、僕に差し出した。

「いくらするの」
「3元」

たかだか45円程度だ。しかし、3元あれば飲み物が2本買える。

「ごめんね。お金持っていないんだ」
「うそだ。今、ここから出てきたじゃん。お金あるよ。花買って」

ここはこの付近では唯一の日本料理屋だ。

僕はたびたび友達とここへ足を運んでいた。慣れない北京生活での唯一の憩いの場だった。

「ごめん。今日は本当に持っていないんだ。また次回ね」
「うそだ。花買って。花買って」

諦めずに、しつこくついてくる。

「ほら。奥田君が値段なんか聞くからしつこくついてくるじゃんかよ。こういうのは無視しとくのが一番なんだって」

安藤が少女を無視するようにさっさと歩き出した。

「でも、かわいそうじゃない。それにたった3元だし」
「じゃあ、買えばいいじゃん。俺は知らないよ。一回買ったら絶対次からもついてくるぜ、絶対に」

北京に来てから、花を売っている子供たちを目にしたのは初めてではない。

北京に来る前から噂には聞いていたけれども、本当にいるとは思わなかった。

少女に限らず、少年も花を売っていた。みな同じように、まだ幼く、破れた服を着ていた。

その子供たちが売っているのは、日本円でたかだか一輪45円のバラの花だ。

それでも、しつこく花を売ってくる子供達は、店から出てくる人々、道行く人々からは鬱陶しがられているようだった。

そして、この辺りには物乞いをする少年や靴磨きをしている子供たちもたくさんいた。日本では見られなかったその光景に僕は驚いた。

しかし、僕には無縁の子供たちだと思っていた。

このときも、少女に対する同情からか、買ってあげてもいいかと少し思ったが、誰か他の人が買ってあげるだろうと思い、結局自分のために飲み物を買うことにした。

花を持って追いかけてくる少女を無視してタクシーに乗り込んだ。

「でもなぁ、たった3元だよ。僕が飲み物を我慢すればいいだけだもんなぁ」

タクシーの中から流れる北京の夜を眺めながら僕はつぶやいた。

「やめとけって。そういう偽善者ぶりは」

僕より2歳年下の安藤は助手席の窓を開け、煙草に火をつけながらバックミラー越しに僕を見て笑っていた。

安藤は僕が北京に来て初めて知り合った日本人だ。背が高く、長い茶髪で馴れ馴れしい態度で接してきた。

「もしかして、日本人?」
「そうだけど」
「俺、昨日ここに来て日本人を探してたんだよね。いつからここにいるの?」
「1週間くらい前かな」
「なんだ、じゃあほとんど同じじゃん。友達になろうよ」

こういうタイプの人間は僕は苦手だった。

「まぁ、別にいいよ」

僕は少し嫌そうな態度をしてみたが一向に気にすることはない。

「まじ。じゃあ今から俺の部屋に来ない?」

どうせこういう人間とは長く付き合うことは無いだろうと思いながらも、特にすることもなかったので部屋に行くことにした。

彼は寮の1人部屋に住んでいた。6畳ほどの広さにベットや机が無造作に置かれている。大きな荷物も無いシンプルな室内。

「何歳?」

ベッドに座るなり彼は僕に聞いた。

「23歳だけど」
「え~、けっこう若いじゃん。もっといってるかと思ったよ。俺、21歳」

こういう失礼で言葉遣いを知らない人間に、心の中で軽く舌打ちをした。部屋の窓を開けると春の香りがする心地よい風が入ってきた。

「煙草吸う?」

初めて見る中国製の煙草を僕に差し出して言った。

「ありがとう」

 私は初めて見るそのタバコを手に取った。

「俺、言葉わるいでしょ。なおそうと思ってもなおらないんだよね。年上にはちゃんとした言葉遣いしなきゃって思うんだけどもう無理なんだよね。だから、こういう奴だって思って仲良くしてやってください」

彼は純粋な子だ、と直感的に思った。ただ不器用なだけだ。体は大きいが、まだにきびの残るぎこちない笑顔の下には優しい心があると思った。

それからいつのまにか、すっかり仲のいい友達になっていた。言葉遣いは変わらないが、それは僕を不快にさせるものではなくなっていた。

「奥田君、今日も行く?」

と、右手でお猪口の形をつくり、それを飲むしぐさをした。

「またか。おととい行ったんじゃなかったっけ」
「別にいいじゃん。軽く晩御飯も食べながら」

その日本料理屋に行ってもたいていは飲むだけだ。メニューにある料理は日本の居酒屋のそれとはほとんど変わらないが、やはり味が落ちる。だから、普通はどこかで晩御飯を食べてから飲むためだけにそこへ向かう。お酒は日本でもおなじみのビールや日本酒、焼酎がそろっている。

「最近、行く回数が多いんじゃない」
「そんなことないでしょ」

という安藤の目はわずかに笑っている。

何かあるな、と僕は思ったが、別に断る理由も無いので行くことにした。

その日本料理屋には、10人ほどの中国人が働いている。男性2人は板前のような格好をして料理を作っている。日本人にもいそうな顔立ちをしている。

接客しているのは全て女性で、だいたいは20歳前後であろう。日本料理屋にちなんでか、その女性たちは浴衣を着ている。白地に紺色の柄が無造作に描かれたそれを着ている彼女たちもまた、日本にいても何の違和感も無いだろうという印象を与えた。

「安藤君、何を食べるか決めた?」
「いや、まだ。決まったんなら先に注文すればいいよ。」
「そう。じゃあ、とりあえず店員さんを呼ぶよ」

近くにいた店員を呼んだ。

「ビール2本ととんかつ定食」
「はい。ありがとうございます」

何ともぎこちない日本語でそう言った。そして、安藤の注文するのを待っているようだ。

「おい、安藤君、早く決めなよ。別に何でもいいでしょ」
「ちょっと、待ってよ。あ、おねいさん、まだ決まっていないから、またあとで呼ぶよ」

はい、と頭を下げると、その店員さんは奥に入って行った。

 「何でもいいでしょ、早く決めれば」
 「もう、あせるなって、すぐ決めるから」

そういうと、横を通りかかった背の小さな店員さんを呼び止めた。

 「冷やしトマトとラーメンください」
 「はい。わかりました」

その子は、小さな体をちょこちょこと動かしながら奥へと入って行った。

安藤の目があの子の背中を追っている。注文する際には目もあわせようとしなかったのに。なるほど、安藤君はこの子目当てか。なんと分かりやすい態度だろう。

この日もいつもと同じように日付が変わる頃に勘定を済ませ店を出た。店を出るとあの少女が立っていた。

 「あっ、お兄ちゃん。花買って」
 「あれ、今日も花売っているの?」

小さな手に握られたバラの花は少ししおれているように見えた。

 「ごめん。お金もうないんだ」
 「あー、おとといお兄ちゃん言ったじゃん。今度は買うって」
 「本当にお金持ってないんだよ。また今度は絶対に買うから」
 「うそだ。今買って。」

と僕たちが歩いて行く方向の前に立ちふさがって花を差し出している。

 「ほら、あっちにいっぱい人がいるよ。あの人達に買ってもらいなさい」

と道路を挟んだ向こうに韓国人らしき集団がいるのを目にして言った。

この通り一帯は五道口という街で、韓国料理屋も多く並んでいる。ハングルで書かれた看板が色とりどりに光っている。

このあたりの韓国料理屋の店員は朝鮮族が多く、店の中では中国語と韓国語が通じる。そのためか、付近の大学の韓国人留学生たちがいつも絶えることなく集まっている。

その日本料理屋はそんな通りのちょうど真ん中辺りにあり、通りから少し奥に入ったひっそりとした建物の中にあった。

 「じゃあね。がんばって行っておいで」

少女の肩を軽くたたいて向こうへ行くようにうながした。

 「お兄ちゃんも買って」
 「しつこいな。あっち行けよ」

安藤が少女の背中を強く押した。

 「おいおい、安藤君。それはちょっとかわいそうじゃない」
 「じゃあ、花買うの」
 「いや、それは」
 「変な同情するなって。同情するなら金をくれって昔ドラマで言ってたじゃん。花買わないんなら、無視しとけよ」

確かに、彼の言う事は正しかった。かわいそうだと思っていても、結局買わないんだから、変な期待を持たせるのはよくないか。

少女はひとりこの韓国街のネオンの中を、すでに精気を失った花を両手に抱いてさまよっていた。

結局、誰ひとり少女の花を買うものはいなかった。

寮まではタクシーで10分くらいだった。

眠らない夜の街から、闇の中に静寂が広がる寮までの道のりはいつも遠く感じられた。先ほどの喧騒がうそのように、風の音さえ聞こえないこの静けさが私は好きだった。
 
 「高橋さん、どう思いますか」

次の日の夜、部屋に遊びに来た高橋に聞いてみた。

高橋は僕より2歳年上で北京にはすでに4年近く住んでいる。この大学の大学院生である高橋は頭もよく、僕たちのよき相談相手である。
 
「ああいうのって、何だかかわいそうじゃないですか」
「それはそうかもしれないけど、わざわざ買わなくてもいいと思うよ。3元っていったら一食分のご飯だよ。わかる?」

僕は相談する相手を間違えたと思った。彼にお金の話は禁物だった。

超節約暮らしをしている彼にとって、お金は食費でしかない。僕は苦笑いをしながら、少しうなずいた。
 
その後もほぼ毎日のように学校の近くにある日本料理屋に足を運んでいたが、やはり、いつも花売りの子供たちが花を持って立っていた。雨が降る日も、風が吹く日も。

季節が移り、北京に冬がやってきた。北京の冬は予想をはるかに超えた寒さだった。

しかし、その日もやはり子供たちは店の前で立っていた。

その日、僕は明け方までその店で飲んだ。

明け方に店を出ると、驚いたことに、そこにはまだその子供たちの姿があった。

どの子もお世辞にも暖かそうとは思えないジャンパーを着て、鼻や耳を真っ赤にして大事そうに花を抱えて立っているのだ。

僕はその姿を不憫に思い、一人の少女に声をかけた。
 「家はどこなの?こんなに寒いのに、まだ帰らないの?」と。

すると、その子は、
 「家は湖北省。お金を稼ぐために一人でここに来たの。今はここで友達と住んでいるの」

僕は自分の耳を疑った。湖北省から北京まではあまりにも遠いからだ。1000キロ以上の距離がある。それを、こんなにも小さい子がお金を稼ぐために来ているのだ。

稼ぐといっても、たかが知れている。一輪45円の花をいくら売っても、全てが自分のものになるわけでもなく、自分の生活をしていくことが精一杯だろう。

僕はうかつにもその時、その子にこんなことを言ってしまった。

 「もっとお金をもらえる仕事は他にいっぱいあるでしょ?それをすればいいのに」と。

その少女は僕を見て、こう言った。

 「私達は学校に行くお金もない。勉強ができないのに、いい仕事はできない」

僕はこれまで当たり前のように大学まで出て、留学まで来ている。ぬくぬくと生きてきた自分が浮き彫りにされたようで、恥ずかしくなった。

そして、実はその子供達を不憫に思っている自分こそが不憫なのだということに気が付いた。この子達は僕よりも何倍もしっかりしていて、強い子供たちなのだ。

その日をきっかけに、徐々にその子供たちと話をするようになった。

別に同情しているわけではない。この子供たちといると、学校では学べない何かを感じるからだ。

その子たちからは、-生きている-という感じがあふれていた。

それが必要に迫られて、だとしても。

ある日、僕が冗談で、

 「勉強は教えてあげることは出来ないけど、その代わり日本語を教えてあげようか。日本語が話せれば、もっといい仕事に就けるかもしれないよ」と言った。

 すると意外にもその子たちは、

 「ほんと?じゃあ、教えて」と言った。

その日から、時間がある時に、日本語を教えた。といっても僕は全くの素人で、何の知識もなく、おそらく何の役にも立たなかっただろう。僕は申し訳ない気持ちだけが残った。

そして、月日は流れ、とうとう僕も帰国する日が近づいてきていた。

帰国する前日、いつもの日本料理屋で学校の友人に送迎会をしてもらい、店を出ると、その子たちが相変わらず花を持って立っていた。その子たちも僕が明日日本へ帰ることは知っている。

 「明日日本へ帰るんだよね。はい。これ」と手に持っていたバラの花を差し出して、
 「今日はただだよ。今までのお礼。また北京に戻ってきて、私達に日本語を教えてね」

 そして、つたない日本語で、

 「ありがとう。」と言った。

僕はこのとき、心に決めたことがあった。

日本語教師になって、また戻ってこようと。

この子たちが僕に元気と夢をくれたように、僕も夢を与えられるようになろうと。

- 後記 -

この話はほぼノンフィクションです。2002年頃の話なので、今は中国の状況も大きく変わっていると思います。

私は、というと、日本に帰国後すぐに日本語教師養成学校に1年弱通い、教師の資格を取って、本当に中国に戻りました。

残念ながら北京ではなく、別の都市でしたが、約3年にわたり多くの人に日本語を教えられたことは良い経験になったと思います。

今思い出しても、どこでどんな出会いがあって、どんな風に自分の人生が左右されるか分からないものだなぁ、と非常に感慨深い気持ちです。

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ギターを弾いたりDTMしたり、時には物書きしたりしています。海外(アジア圏)にも数年住んでいました。色んな事に興味を持ち、楽しんで生活を送ることが私の目標です!
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