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本屋がビールをつくる話

随分と遠い昔のように思える。文喫とTRYPEAKSが「本と過ごすためのビール」のクラウドファンディングプロジェクトは3月にスタートした。それから世界の状況は変わって(と書いている間も世界の状況は変わり続けているのだが)、決して世界の外側にいるわけではない僕ら本屋を取り巻く状況も変わってきた。
クラウドファンディングの期間は5月4日で終わる。この文章を書いている4月19日時点で残すところ15日だ。視力が悪い方の目(僕は右目だけ極端に視力が悪い)を半分だけ開いて、震える人差し指で恐る恐るプロジェクトページをリロードし続ける日々も、あと半月もすれば終わってしまう。これまでにもう371人が仲間に加わってくれた。大変な人数だと思う。371人が乾杯のグラス(瓶かも知れない)を一斉にテーブルに叩きつけた瞬間、床が抜けてしまうんじゃないだろうか。
371人の仲間に、そしてもっと多くの人に「本と過ごすためのビール」のコンセプトを共有したい。なぜ本屋がビールをつくるのかを、少しずつ書いていこうと思う。

本屋がビールをつくる

「本屋がビールをつくる」その響きがおもしろいと思った。こう書くと怒られそうだが、はじまりはそこだった。もちろんアルコールが外向性やクリエイティビティに与える影響や、飲酒というカルチャーがコミュニケーションを媒介する機能については、常日頃から尋常ならざる関心を持っていたし、ほろ酔いで本を選んだり、缶ビール片手に本を読む時の「あの感覚」には、誰よりも深く溺れていたいと願っている。(ライフジャケットを投げてくれないか?)
でも、はじまりは「本屋がビールをつくる」というシンプルなおもしろさだった。本屋がビールをつくるってどういうことだろう?プロジェクトメンバーで本の体験について、ビールの機能について考えた。ビールも飲まず、考えに考え、やはりビールを飲まないとだめだと飲みながら考え直し、本を手に取ったり積んでみたりページをめくったり、気になっている本や夜を明かして読んだ本の話をしながら考えるうちに、「本屋がビールをつくる」ことの意味が次第に明確になっていった。

文喫という本屋

ビールの話をする前に、少しだけ文喫の話をしよう。文喫は「本と出会うための本屋」だ。本屋はそもそも本と出会うための場所じゃないかと言われればその通り。本屋に行くときのことを想像して欲しい。欲しい本がすでに決まっている時と、ぶらぶらして目についたものを手に取る時があると思う。前者を「検索」、後者を「探索」とするなら、文喫は「探索」に特化した本屋だ。
文喫には「探索」を楽しむための仕掛けが張り巡らされている。空間、本の配置、居場所、そして入場料。文喫は入場料のある本屋だ。入場料がスイッチになって、本と出会うモードに切り替わる。検索機は無い。棚の間に飛び込んでさまよって欲しい。ふと気になって手に取った本から連鎖反応みたいに次から次へと気になる本が見つかる。これまで出会えなかったような本とも出会うことができる。文喫は本との出会いをリデザインすることで読書体験を拡張してきた。
だから、文喫がつくるビールは、読書体験を拡張するビールになるはずだ。

本と過ごすためのビール

僕らがつくるのは読書体験を拡張するビールだ。それを「本と過ごすためのビール」と呼ぶことにした。本を起点にした体験は「本を選ぶ」「本を読む」「本について話す」に大きく分けられる。そしてビールには、飲んだ人の感覚を変容させる内向きの作用と、誰かと話したりする外向性を高める外向きの作用があると思う。ビールの持つ作用と、本を起点にした体験を掛け合わせてみよう。

本を選ぶ×ビール
ビールを飲んで本屋に行くと、いろいろなことが起こる。棚の間を歩いていると目に飛び込んでくる文字列がいつもと変わっている。視界の真ん中にある本と端っこにある本が自分の中で結びつけられたり、さっき見た本とのつながりを強烈に感じたり、今まで興味があると思っていなかったはずの本をふと手に取ってそのまま買ってしまったり。自宅にある本も急に読み直したくなったりする。

本を読む×ビール
アルコールには理性やロジックとは相反する印象がある。でもビールを飲みながらだと、難しい本のつっかえていた箇所をすらすら読んでしまえたりする。ビールのもたらす酩酊感が本に飛び込む手助けをしてくれることもある。なかなか入り込めなかった詩の中へどっぷりトリップしたのはビールを飲んでいた時だった。

誰かと本について話す×ビール
ずっと本の感想を言うのが苦手だった。でもビールを飲んでいたら自分のことを話しやすくなることがある。ちょっとだけ大胆になって、この本がおもしろかったって言ってみよう。どんな反応があるだろう。誰かの本の話も聴きたい。誰かの生きているストーリーが本のストーリーに重なる。本を読むことで誰かを別の仕方で理解することができる。本を介して人と出会ったり、人を介して本と出会ったりすることが楽しい。

こんな風に、ビールは本の体験をちょっとだけ変えてくれる。「本を選ぶ」「本を読む」「本について話す」をビールが変える。共通するのは、自分のモードを切り替えること。そうすれば、いつもの景色が違って見える。「本と過ごすためのビール」は「モードを切り替えるためのビール」なのかも知れない。

それってどんなビール?

「本と過ごすためのビール」は一体どんなビールだろう?ちょっと一緒にイメージしてみて欲しい。
あなたは今、ゆったり座って本を読んでいる。手の届く位置にはグラス。そこにどんなビールが入っているだろう?時間の経過を楽しむ濃厚ビール?読書にそっと寄り添うさっぱりビール?それとも、トリップするような酔いをもたらして酩酊詩人のような気分にさせてくれるビールだろうか。苦みは?アルコール度数は?色は?温度は?炭酸の強さは?
これはプロジェクトメンバーが味を決める時に考えていることだ。(今まさにその最中。味の決め方についてはまた詳しく書こうと思う。)誰に訊いても、答えは少しずつ異なる。あなたの考える「本と過ごすためのビール」について聴かせてくれたら嬉しい。

本というスイッチを押す

ビールづくりのパートナーであるTRYPEAKSは「挑戦者のクラフトビール」という言葉で、ビールをポジティブな挑戦を言祝ぐためのドリンクに変えた。 「本と過ごすためのビール」はビールをどんなふうに変えるだろう?

最初の話に戻そう。本屋を取り巻く状況が変わった。遠くへ移動したり、集まったり、誰かと言葉を交わすことが難しくなった。リアルな場の持っていた価値がオセロみたいに反転してしまった。オセロとも違う。オセロは裏返せば元通りだけど、事態が収まった後も、これまでとは変わっているのだと思う。
それぞれが自分のいる場所で、モードを切り替えながら過ごすことが心身ともに健康に生きるために必要だと思う。自分がいたい場所にいることができない状況でも、僕らの頭や心の中は、いつでも自由に旅をし感覚し思考することができる。本を開けばどんな時でもどんな場所でも、それができる。本は自分を切り替えるスイッチみたいだ。そして、ビールを飲むといつもとは違うモードになれる。ちょっとだけ大胆になったり、思考がやわらかくなったり、気づかなかったことに気づいたり、ビールはスイッチを押すのを手伝ってくれる。
人と本との向き合い方は多様だ。本を読む理由はいくらでもある。
「ワクワクする」「リラックスする」「自分を深く知る」
「恐怖と向き合う」「誰かのことを想像する」
「目の前の状況を離れて視野を広げる」「なりたい自分を見つける」
たとえばあなたが、誰かのことを想像するために本を読むのだとしたら、本は「誰かのことを想像するスイッチ」になる。「本と過ごすためのビール」はスイッチを押すのを手伝う。モードを切り替えるために、ビールを手に取ってみて欲しい。

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YOURS BOOK STOREブックディレクター。本と人との関係を結び直す仕事をしています。コンセプトメイキングから選書まで、本のある場づくりと本を起点にした行為のデザイン。
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