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File.42 混沌から引き出される静謐 榎園歩希さん(美術作家)

榎園歩希さんの作品には抽象的な記号のような、微生物のようなイメージが繰り返し登場する。静かで心が落ち着くと同時に懐かしい風景のようにも見えてくる。数字に色や性別を感じ、共感覚を備えていた子どもの頃を思い出す作品なのだが、その原点にドイツで受けたシュタイナー教育があると知り納得した。東京を離れて、大分県に移住されたばかりの榎園さんにご自身の活動をお話しいただいた。
取材・文=水田紗弥子(キュレーター) 

作品5《interconnection》420×594mm, Colored pencil, acrylic, Kent paper, 2005

作品6《GATE》1030 × 728mm, Colored pencil, Watercolor, Coffee,Embroidery thread

——作品のコンセプトを教えてください。

素材はアクリルや顔彩、鉛筆などを中心に、時には刺繍をしたり、コーヒーを混ぜて描くこともあります。小学校1年生から2年生にかけて、父親の仕事の関係でドイツに滞在していました。そのときに受けたシュタイナー教育や、自分の興味のある宮沢賢治、ゲーテの思想などに影響を受けていることが根底にあります。また父が物理学者で量子力学などを研究していることにも影響を受けており、そういう対照的なものが合わさって作品のコンセプトとなっています。

——2020年12月に行った神田URATEではどんな作品を展示しましたか。

コロナの影響で誰にも会えず仕事もなくなり、差し迫った状況のなかで、2020年の3月から12月まで描き溜めたものを展示しました。全部で7点ほど、大きい作品を時間をかけて描きました。もともと人間の想念とか感情のうごめきのようなものに影響を受けるほうなので、このコロナの状況で自分自身が混沌とした状態になっていたように思います。それで、混乱した内的な状況を整理整頓するために絵を描きました。自分のカオスな状態が軽減していくにつれ、描くこと自体が徐々にスムーズになっていきました。人に見せるには生々しすぎるので当初発表する気はなかったのですが、AUFの助成も受けることもできたこの時機に、いっそ今の自分の異常さを見せてしまってもいいんじゃないかと思い、発表することにしました。

神田展示1「神田裏庭-URATE」での個展風景

神田展示2《NO NAME》728×480mm, Colored pencil, Watercolor, Coffee, 2020

——現在、大分にお引越しされたと聞きましたが、どんな生活や制作をされているかお話いただけますか。

コロナの影響で、普段行なっているデザインの仕事、子どもの絵画教室、作家活動の3つが全てストップしてしまいました。なるべく社会に生活を振り回されないように仕事の仕方を整えてきたつもりが、都心にいるとどうしても振り回されてしまう。こういったことは今後も起こり得ることですし、災害や社会的な出来事に制限されたり動揺することはストレスだと思って、どうしたら解決できるかなと思っていました。
そんなとき、大分県の由布市にある廃校になった小学校の情報を耳にしました。そこで行われていたフリースクールが2020年12月で終了するということでした。私の実家は大分県で、帰る選択肢はもともとありませんでしたが、それを聞いてすぐに行動し、2020年12月に東京から移住しました。小学校の校舎の半分を借り、子どもと一緒に利用できるアトリエを共有したいと思い、公的機関とも相談し、子どもの美術合宿が定期的にできるようなアトリエを開く準備をしています。

大分のアトリエとなる小学校由布市にある旧朴木小学校

——アクティブですね。東京でも子どもの絵画教室で講師をされていたと聞きました。

東京では、子ども向けの教室で講師をしていました。生徒は、習い事として受講するので隔週に1回くらい会って創作します。それだとせっかく育まれた創造性にむかう意識が一旦子どもたちから離れてしまうような感触があり、まとまった時間を共有できる機会ができたらいいなと常々思っていました。私は創造には精神的な孤独が必要だと思っています。感情的な孤独ではなく。合宿をして親から離れて、普段関わらない大人となにかを交換する。子どもたちはそれを滑らかにすることができると感じてます。
東京では、10人くらいいる生徒に最初は同じテーマや課題を出していましたが、それぞれの個性に寄り添いプログラムを作るようになったことで変化したというきっかけがあり、そういうことも現在のアイデアにつながっています。

こどものびじゅつ4

こどものびじゅつ1

——ご自身が受けたシュタイナー教育や経験が現在の活動に繋がっているように思えますね。

はい、実はシュタイナーに通っていのは短期間ですが、かなり影響があります。日本に戻ってきて不登校になってしまい、小学校4年生から6年生まで学校に行けず、唯一女性の画家の先生のところに通っていました。そういう経験は現在の活動につながっていると思います。

——シュタイナー教育で印象的だったこと、覚えていることなどはありますか。

よく覚えていて、たくさんあるのですが、例えば日本のような教科のあり方ではなく、数字を勉強するとき、1という数の概念を1日かけて学びます。1とはどういうことなのか、1から連想する形や物語を描写したり、論理的にではなく感覚的にみんなで数というものを学びました。数字を記号として学ぶのではなく、概念として学んでいくのです。

——ひらがな絵本を見ると、そんなシュタイナー教育を受けた経験の原点に戻っているようにも思いますね。

ひらがな絵本は、都会で傷ついた野生動物を保護している会社の社長からそのために依頼されました。売り上げの半分が野生動物保護のために使われます。

絵本1「ひらがなえほん」絵/文章:榎園歩希(ranbu出版)
http://ranbu-hp.com/?pid=124904938

作品3《神聖な盲目の女》Colored pencil, Watercolor, Coffee,Embroidery thread

最初はABCを学べる親子のための絵本にしてほしいとのことだったのですが、日本の子どもが最初に触れる文字なので、ひらがなにしたいとお願いして制作しました。ひらがなをひたすら書いてみてわかったのですが、ひらがなってアンバランスで、アルファベットに比べると形として安定しにくいのです。流れとリズムがうまく合って、ようやく文字として起立する。それは元来の日本人の感性や本質に近く、土地や人から文字は生まれているんだなと実感しました。以前は色や、テクスチャー、リズムに重心を置いていましたが、この作品を制作してから意味になる形に着目するようになりました。
色彩も、シュタイナーの色彩論をもとに組んでいます。画材もシュタイナー学校でにじみ絵に使う水彩絵具を主に使っています。

——コロナ禍で発表されていたぬり絵の提供もおもしろいと思いました。

そもそも、絵画の教室が休みになってしまったので、受け持っている生徒が心配だったこともあり、なにかできないかなと思って行いました。大人も利用してくれる人が多くて写真が送られてきたり、ダウンロード数もわかり自分も励みになりました。入院している子どもや直接関われない子どもにも使ってもらえると思っています。

塗り絵1コロナ禍で行なったぬりえの無料配布。ダウンロードできるサイトはこちら
http://ayuki.info/nurie-coloring-pictures/

——大分での廃校を使った学校での活動など、今後のチャレンジについて教えてください。

廃校の小学校では、共有アトリエをひらくのがメインで、一方的な美術教育プログラムをやるつもりはありません。私が制作をするには広い場所なので、子どもがいつでも来ることができる創造的な場所にしたいと思っています。周囲の協力者や公共機関ともうまく連携をとりつつ、子どもの自主性に合わせて何かしたいことがあれば提案をしたり、サポートしたりできたらいいなと思っています。

榎園さんの活動をうかがうと、表現や創作行為を特別視せず、生活の延長にある自然な行為として捉えていることがよくわかる。論理的思考の前に、本質的に表現に飛び込んでいける子どもと接しながら、さらにご自身の作品を耕せるだろうと思う。広いアトリエを得た榎園さんの今後の活動にも期待したい。

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榎園歩希(えのきぞの・あゆき)
大分市出身。東京、大阪、福岡、大分、広島、ドイツなどで個展多数。2017年に『ひらがなえほん』を出版。翌年ポーランドの中央図書館にて個展とアーティストトークを開催。2020年、東京から大分に拠点を移す。2021年3月29日〜4月27日まで、SPACE月兎耳(大分市)にて「ひらがなえほん」原画展を開催。
公式サイト http://ayuki.info/

プロフィール画像ポーランドでのアーティストトークの様子


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