【アートノトお悩みお助け辞典】頁9.芸術文化活動において知っておきたいフリーランス法のこと
アーティストや芸術文化の担い手はフリーランスで活動される方が多く、持続可能な仕事ができる創造環境を作るために、法務の知識を身に着けることは、ご自身を守る力に必ずつながります。
今年11月、フリーランスの方が安心して働ける環境を整備することを目的とした「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律(フリーランス・事業者間取引適正化等法)」(以下、「フリーランス法」)が施行されます。
アートノト法務講座2024【フリーランス法、労働法、「働く」に関する法律について】では、フリーランス法が芸術文化の現場にどんな影響を与えるのか、フリーランスとしての働き方について、秋葉原法律事務所の小早川真行(こばやかわ・まさゆき)弁護士を講師にお迎えしてご講義いただきました。
今回のお悩みお助け辞典では、フリーランスとして働く際に知っておきたいことや講座に寄せられたご質問を元にした事例と具体的な対策について、小早川先生にご執筆いただきました。
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フリーランスと労働者の違いについて
「労働者」は、組織に就職して、指揮命令を受けてその組織のために働き、出勤の場所や時刻も指定されます。その代わり、身分保障や福利厚生があります。
一方、「フリーランス」は、ほぼ個人事業主のことです。企業等と都度業務委託契約を締結して働き、身分保障や福利厚生が無い代わりに、特定の組織のために働くのではなく、指揮命令を受けず業務の裁量の幅が大きく、出勤の場所や時刻も指定されない、はずですが…
フリーランス法の定義
フリーランス法は、「フリーランス」を「業務委託(※1)の相手方である事業者であって従業員を使用しないもの」と定めています。要するに、個人事業主にせよ法人成りにせよ、一人で仕事をやっていて、都度企業と業務委託契約を締結して(仕事を受注して)働く、という働き方です。「個人事業主」とほとんど同じイメージですが、法人成りしている場合もあるので、それを含めた概念を作ったということです。フリーランス法は労働法のみならず独占禁止法(つまり公正競争)の要素もあります。
※1 業務委託とは、発注者のために「物品の製造」「情報成果物の作成」「役務の提供」をすることです。「物品」とは物理的な実体のある物、「情報成果物」とは、プログラム・ムービー・イラスト等、「役務」とは身体の動作であり介護労働や役者の演技等です。
働き方の実態が影響
法理論的には、働き方の実態が労働者である(特定の一社のみと長期間契約している、業務の場所や出退勤時間が指定されている、業務において指揮命令を受け裁量が無い、報酬体系が正社員と同様、道具を発注者が負担する等)場合は、雇用契約でなくても(「フリーランス」ということになっていても)「労働者」と解されます。ただし、発注者が「労働者である」ことを認めないと実務的に対処は難しいでしょう。
フリーランス法における発注者側の義務
「フリーランス」は、大企業とも法的には対等の立場で都度契約します。両者の力は圧倒的に違うので、不当な取扱いを受けがちです。これは独占禁止法における優越的地位の濫用と同様です。フリーランス法はその考え方も取り入れています。
フリーランス法における労働法的な規制は、「募集情報の的確表示」「育児介護等と業務の両立に対する配慮」「ハラスメント対策に係る体制整備」「中途解除等の事前予告/理由開示」です。
フリーランス法における独占禁止法的な規制は、「書面等による取引条件の明示」「報酬支払期日の設定/期日内の支払い」「禁止事項(受領拒否、報酬減額、返品等)」です。
法務講座2024で寄せられたご質問から
法務講座に寄せられたご質問のうち、芸術文化分野でフリーランスとして働く方からの質問について、小早川先生にご回答いただきました。
【質問】カメラマンです。業務契約書が送られてきたら、フリーランス法の施行を踏まえて、どのように確認すればよいか教えてください。
まず、契約の基本的事項を確認します。例えば、納品物の内容、納期、報酬支払いの条件と時期等です。
次に、不当な内容がないかを見ます。カメラマンなら写真の著作権の帰属が重要です。
そのほか、どのような写真であれば債務の履行となる(いわゆる「検収合格(※2)」な)のか。報酬が対象とする利用範囲はどこまでか等も確認します。
※2 発注者が、発注した商品やサービスが条件(数量、仕様、動作状況、納期、梱包など)通りに取引相手から納品されてきたのかを確認し、納品物としての条件をすべて満たしていれば検収合格となります。
①著作権の帰属
■ 譲渡の場合
写真についてカメラマンは何もできません。無断で改変されても文句を言えません。そのため、報酬額は高くないと公平でありません。
■ 独占的利用許諾の場合
写真の改変にはカメラマンの同意が必要です。ただし、写真を他社に提供したり自分で使ったりはできません。報酬額は譲渡と比べれば安くなります。
■ 非独占的利用許諾の場合
写真の改変にはカメラマンの同意が必要ですし、写真を他社に提供したり自分で使ったりもできます。報酬額は独占的利用許諾より安くなります。
実際の契約においては、ほぼ、著作権は譲渡とされています。具体的な条項としては「甲から乙に著作権(著作権法第27条及び第28条に定める権利を含む)を譲渡する」という定め方がされています。
従って、譲渡ではダメなら利用許諾にするよう交渉します。譲渡でもいいなら報酬額を交渉します。
②何をしたら債務履行となるのか
どういう写真を何枚で「検収合格」なのか。成果物は可能な範囲で具体的に定めておくべきです。
例えば、富士山の写真なら「春夏秋冬の富士山の写真を10枚ずつ、特定可能な人物は写っていないこと」等です。これが曖昧だと果てしなく要求される危険があります。
③報酬支払時期
フリーランス法では「発注した物品等を受け取った日から数えて60日以内の報酬支払期日を設定し、期日内に報酬を支払うこと」とされています。もちろんこれより短い方が望ましいのであり、納入して「合格」した日の属する月の翌月末日といったふうに定めているかどうかを確認します。
実際の契約においては、支払時期が必ずしも明確ではないこともあります。ここは重要なので、しっかり確認します。
④報酬の対象となる写真の利用方法
写真を何に使うのか。契約においては想定される利用方法が、当然あるはずです。ただ、その後、想定外の新たな利用方法が出てくることも実務的にはよくあります。
著作権譲渡であれば、別途新たに使われても何も言えません。利用許諾であっても、利用方法を定めてなければ無限定とも解されるところ、何も言えない(追加報酬が発生しない)という解釈も有り得ます。そのため、利用方法を具体的に明記し、「これ以外に使う場合は別途甲乙協議する(別途費用が発生する)」などと定めるべきです。
実際の契約書は、前述のとおり著作権譲渡であることがほとんどで、従って利用方法も書かれていません。しかも、報酬額が安い。これを看過してはいけません。
【質問2】産休育休の配慮をお願いしたいと思っています。現実的に、企業と同等の配慮を期待できるのか。「他のフリーランスに頼む」となるのではと不安です。専門家や専門機関に駆け込む前に、直接、発注者と円滑に話し合うためには、どのように進めたらよいでしょうか。
フリーランス法では、継続的業務委託を中途解除(不更新含む。以下同じ)する場合は、原則として30日前までに予告をしなければならないとされています。ただこれは、30日前に予告すれば無理由で中途解除できるとは解されません。
フリーランスに債務不履行が無いなら、発注者は解除できないのが原則です。産休育休への配慮を求めることは債務不履行とは解されません。
フリーランスが中途解除の理由の開示を求めたら、発注者はそれを開示しなければなりません。正当な理由があるのか、そこを質します。
配慮の内容については、まず、正社員はどのように配慮されているのかを知ることです。正社員が配慮されていないなら、どうやっても配慮は得られないでしょう。ここで戦うかは実務的には悩ましいところです。
正社員は配慮されているとして、次に、正社員と自分(フリーランス)の業務内容を比較します。同一労働(場所や時間や作業内容が同一)なら、同一の配慮があって然るべきです。なぜなら、産休や育休による業務への影響(必要とされる配慮)は、同一労働の者にとっては、契約形態が異なっても、同一だからです。そのため、同一であれば、同一の配慮を求めます。ただ、フリーランス法上、正社員と同一の配慮をする義務まであるかというと、そこまでは解せないかもしれません。これは今後の実務(判例)の積み重ねを待つところです。同一でないなら、どの程度違うか(勤務日が少ないとか業務時間が少ないとか)に比例した配慮を求めることになります。
全く配慮しないことはフリーランス法に違反するのであり(6ヶ月以上の継続的業務委託では違法)、配慮したとしてもそれが小さ過ぎて産休育休として有効でないなら、配慮したうちに入りません。
そういう観点から、有効な産休育休について、具体的に話し合うことです。発注者が渋るなら、「(上記の考え方から)自分としてはこのくらいが適切と考えるがどうか」と具体的に求めて回答を促すのも良いでしょう。
【質問3】取引条件の明示は書面でするとのことですが、現場では、走りながら細かな内容を決めていく場合が多いです。どのように対策すればよいでしょうか。
企業は雇用している労働者は追加費用を意識せず(時間外労働手当は発生しますが)使っているので、フリーランスも同じ感覚で使うことがよくあります。
フリーランスとしては、「○○までは無償でできる」「○○から先は無償ではできない」という段階が存在するはずです。
それについて、「走り始める」当初に、Eメールや、年月日出席者が明示されるチャット等により、記録として残る(後々証拠として使える)形で明確に伝えておくことです(口頭は論外、SNSは証拠として使いにくいので不適切)。
そして、その段階が来たら「ここから先は契約書を作ってから」と言い、契約書を作らないなら業務を拒否するのです。これらのやり取りは全て同様に記録に残しておきます。
マトモな企業なら、いつまでも無償で使い続ける不当性は理解しますので、契約書を作ります。マトモでない企業なら、そんな相手から離れるのが実務的選択でしょう。どのみち良い結果にはならない相手であり、早期の「損切り」は結果としてプラスでしょう。
(小早川真行)
【参考サイト】
公正取引委員会フリーランス法特設サイト
フリーランスとして業務を行う方・フリーランスの方に業務を委託する事業者の方等へ(厚生労働省)
フリーランスの方のトラブルの悩みは、フリーランス・トラブル110番に無料で相談(匿名可)
執筆者プロフィール
小早川真行[秋葉原法律事務所 弁護士]
東京大学法学部卒。2004年弁護士登録(東京弁護士会)。2009年秋葉原法律事務所開設。東京弁護士会インターネット法律研究部部員(2019.4-2023.3部長)。ELN会員(事務局長)。日本CSR普及協会会員(公正競争研究会所属)。マンション管理士試験合格。著書:エンターテインメント法務Q&A第4版(民事法研究会・共著)、「Q&Aインターネットの法的論点と実務対応」第3版(ぎょうせい・共著)ほか。
法務講座2024
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