
親密さの印象 -ベルト・モリゾの絵画の美しさ
【月曜日は絵画の日】
印象派の中で誰が一番好きかというのは、人気画家が勢ぞろいした流派でもあり、かなり票が割れるかと思います。「すごい」や「面白い」、「重要」を抜きで考えると、私はオーギュスト・ルノワールかベルト・モリゾを挙げると思います。
ルノワールの華やかさに比べると、モリゾは、穏やかでシンプル。それでいて、滋味あふれる親密さに溢れた、秀作揃いの画家です。

ベルト・モリゾは1841年フランス中部生まれ。父親は高級官僚で、マネと同じ出自でもあります。

オルセー美術館蔵
元々音楽家を目指して諦めた母親の影響で、姉のエドマと共にピアノや絵のレッスンの稽古に通っていたところ、近所の画家に才能を見出されます。巨匠コローに風景画を学び、ルーブル美術館に通って模写もします。

ワシントン・ナショナルギャラリー蔵
マネや印象派の画家たちと出会い、サロンにも入選するように。特にマネとは急速に親密になり、マネの弟子のエヴァ・ゴンザレスに嫉妬したりしています。
1874年の第一回印象派展にも参加。そして同じ年に、マネの弟で画商のウジェーヌと結婚。33歳という晩婚でした。
37歳の時に一人娘のジュリー・マネを出産。絵に理解のある夫とは大変仲が良く、子供が生まれても絵画は続け、印象派展には8回中7回出品しています。

ブージヴァルで』
マルモッタン・モネ美術館蔵
51歳の時、夫を亡くすも、初の個展を開く等、画家としては充実した活動を続けました。1895年、肺炎のため54歳で死去。
まだ16歳だった遺児のジュリーは、ドガやモネ、ルノワール、詩人のマラルメ等、父の生前に毎週食事会で集まるほど親しかった芸術家たちが後見人になって成長。後に母や伯父マネの回顧展に携わることになります。

『ジュリー・マネとベルト・モリゾの肖像』
個人蔵
モリゾの絵画の特徴は、ふわっとした穏やかな筆致と、確かな構図による親密さです。
ルノワールほど華やかな色彩でも、モネほど粗い筆致でもなく、マネほど重たい色遣いでもない、やや薄めのほどよくぼかされた筆致。タッチはドガに似ている感じもありますが、ドガのように「狙った」構図は造らず、人物を中心として安定した構図でシンプルに描く。

ワシントン・ナショナルギャラリー蔵
そこから、穏やかな印象が変な仕掛けなしに伝わってくる。室内画が多く、「部屋の印象派」とも言えますが、寧ろ、最初の師コローのような、柔らかいノスタルジックな感触もある。コロー、マネ、印象派と多様な近代絵画のエッセンスを吸収して、完璧に自分のものとしています。
その卓越した構成力は、代表作『ゆりかご』にも表れています。

オルセー美術館蔵
キャンバスの右上から左下に流れるゆりかごの天幕に、頬杖をつく女性と伸ばされた右手、後ろのカーテンが組み合わさり、幾重にも連なって三角形を織りなし、横たわる赤ん坊を包み込む。
女性の表情が落ち着いて瞑想的なのも、素晴らしい。クールな質感と都会的な印象も仄かに醸し、ラファエロの聖母子像を19世紀パリにアップデートしたような、普遍的な美を宿しています。
モリゾは性差に関係なく、優れた画家なのは間違いありません。と同時に、女性であることと無理なく向き合い、自分の活動を続けることができた芸術家のように思えます。
室内画が多いのは、「女性が外でキャンバスなど立てていたら、人だかりができるから」と本人は自嘲しています(子育てのためもあったように思えます)が、その分、効果的に窓枠を切り取る等、鋭敏な構図のセンスに磨きがかかりました。

ティッセン・ボルネミッサ美術館蔵
そしておそらく、彼女が真に自分の道を歩めるようになったのは、印象派展に参加し、結婚した時だったのではないでしょうか。
度々マネの絵画のモデルになって親しくなり画風も影響を受けるも、印象派の道を選ぶ(ちなみにマネは最後まで猛反対していました)。
そしてマネの弟という、絵画の理解力があって、サポートしてくれる、財産を持った人と結婚することで、絵画を続けられる環境を確保した。

マルモッタン・モネ美術館蔵
「師匠」の男性の力が強いと、その影響から脱するのが難しくなる場合が多々あります。モリゾのライバルであったエヴァ・ゴンザレスは、マネに溺愛されるも、作風はかなりマネ風になり、奇しくもマネの死の数日後に病死しています。
また、20年程後の時代、彫刻家のカミーユ・クローデルは、オーギュスト・ロダンの愛人になり、彼の活動を支えつつ多大な影響を受けますが、妻と別れずに、よりを戻したロダンに失望。ロダンの模倣という評価にも悩み、最後は精神病院で悲劇的な生涯を終えています。

モリゾは、自分の意志でマネの影響下から脱し、印象派という我の強い男たちの友愛の場に身を置き、かといってそこにもはまり込むのではなく、適度に距離をとって、作品を作り続けた。
何かを続けるということは困難であり、同時に素晴らしいことでもあります。そうするためには、自分を冷静に見つめて、継続のためにした方が良いこと、できることとできないこと、譲れない一線を明確にして、意志を貫かないといけません。モリゾにはそれをする力がありました。

オルセー美術館蔵
モリゾのその明晰な眼差しは、彼女自身の作品にも反映されているように思えます。そして、それが『ゆりかご』という傑作にも結晶した。
作品を創り続け、多くの作品を残すことは大切です。が、何か一つ、ダ・ヴィンチの『モナリザ』のように、「ああ、あれか」と万人が言うような、名刺代わりのマスターピースを持つことは、活動を続けることを容易にしてくれます。
そして、傑作が持つ普遍的な美しさに到達することが、人が美術や文学等創作を続けていく理由の一つでもあるはずです。モリゾはそんな大傑作をものにすることができた。
ベルト・モリゾの親密で静寂に満ちた絵画と彼女の生涯は、私たちに美の喜びと、その活動を続けるヒントを与えてくれるように思えます。それが、私が彼女の絵画が好きな理由です。
今回はここまで。
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善い一日でありますように。
次回のエッセイや作品で
またお会いしましょう。
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