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【創作】霧の港で【スナップショット】


 
 
君はもう行ってしまうんだ
 
僕は君を忘れないよ
 
僕はそれが嘘だと分かっている
明日の朝になれば
君は船の上で
僕を忘れて
新天地の夢を見るんだろう
太古の遺跡
悠久の大河を
 
美しい森の中の僧院
活気に満ちたエキゾチックな市
こういったものが
僕を待っている
それは確かだ
 
僕はこの薄汚い都市に
ひとり取り残されるんだ
 
僕は画家だ
自分の作品の糧になるものなら
そこを目指すのさ
 
分かっている
分かっているのに苦しい
自分の半身を引き裂かれる気分だ
君のためを思ったら
君が芸術のための
新しい場所を求めるのが
良いことが分かる
でも君がいることの心地よさ
一緒に話して一緒に時を過ごして
君が絵を色づかせていくのを観る喜び
こうしたものを失うこと
そう想像することが僕には耐えられない
 
大丈夫
君は耐えられるよ
 
何でそんな残酷なことを?
 
だって
君は婚約したんだろう
 
どこでそれを?
 
僕の情報網を舐めないでくれ
財閥の資産家の令嬢だと聞いたよ
外交官なら当然だね
引く手数多だろう
写真も見た
お美しいお嬢さんだね
 
ああ
 
おめでとう
これで僕も心置きなく
旅立てるよ
 
僕は、いや君は。。。
 
行かないでくれ
なんて言わないでくれよ
僕たちが一緒にいたことは
本当に素晴らしかった
僕の絵は君がいたことで
輝いていた
君の存在、君の言葉が
僕の絵に流れ込んでいった
でも、段々と君が
倦んでいることが分かったよ
 
倦んでいない
 
どうしてか考えて
気付いたんだ
君は言葉の使い手だ
君の言葉が大きな力を持つときに
君の心は晴れて輝く
外交官という職業を選んだのも
分かったよ
言葉一つで相手と交渉し
国家という目に見えないものの
縁を作っていく
それが君にとって快感なのだろう
詩人が言葉を組み合わせて
感情や世界を作ると同じように
 
僕は詩は思い浮かばないんだ
 
そうだろう、でもそれは
同じ小麦からできていても
良いうどん職人が
美味しいパンを創れないようなものさ
違う料理だからね
でも、君は本当の言葉の使い手だ
だって、君の助言、詩的なイメージ、論理
こうしたもので僕の絵画は育ってきた
今は君を解放して
君自身の心が輝く場所に言葉を返し
君を優しく美しい未来の奥様の元に送るよ
 
それでも
 
それでも?
 
僕が愛しているのは
君だけだ
 
僕もだよ
 
多分君の言う通り
僕は自分の仕事が好きだ
そして僕が家庭を持つのも
仕事のためだ
婚姻閥に入ったから
出世も早くなるだろう
そうすれば、僕は将来
今にはない力を手に入れることができる
僕の言葉が力を持つんだ
君を失ってそれを決めた
僕に残されたのは絶望と
そんな力への期待だけだ
こうした考えを軽蔑するなら
軽蔑してほしい
 
そんなことを言うもんじゃない
奥様は人間なのだから
きちんと向き合っていれば
愛情も生まれる
息子や娘さんも生まれれば
君も愛するようになるさ
君を軽蔑していないよ
僕は作品を創っているから
分かる
一緒に時を過ごせば
その愛が生まれるよ
君と僕で多くの時間を過ごしたように
君もその愛を
信じていいと思うんだ
 
君がいなくなるのに?
 
そう
だって君は
言葉を、国家や外交、永遠といった
形はないけど堅固なものを
築きあげるために使う
君は一つの世界を築くことを
望むのだから
新しい身近に愛する人も
君の世界にしっかりと受け入れて
愛して生きていける
素晴らしい人格の人なら尚更ね
 
君はいつも変化を追い求めている
 
作品を沢山作っていくことは
新しい世界を冒険することだからね
だからこうやって
君を置いていくこともある
でも、君を愛していないわけではないよ
 
それでも永遠だと思えるものは
確かにある
君と離れていても
僕は君を感じ続けて生き続けるだろう
 
僕も同じだ
 
僕らの人生はちっぽけでも
僕らが一緒に生きたこと
遺したものは
僕らの人生以上に広がるんだ
 
ああ
その通りだ
君がそう思ってくれることだけが
残りの人生の僕を生かしてくれるんだ
君ともう会えなくても
 
僕らがもう二度と会えなくても
では、長旅を、気をつけて
良い旅を
 
ありがとう
 








(終)


※【スナップショット】では
ワンシチュエーションでの
短いダイアローグや詩を
不定期に載せていきます。

※過去の「スナップショット」置き場



今回はここまで。
お読みいただきありがとうございます。
今日も明日も
読んでくださった皆さんにとって
善い一日でありますように。
次回のエッセイや作品で
またお会いしましょう。


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