連載小説「天国へ行けますか?」 #4
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前回の続きです。
連載小説「天国へ行けますか?」 #4
「し、しかし」
もちろん、まだ釈然とはしないので反論はする。いや、自分自身への言い訳か?
「俺は、充実していた。そうだ、充実して、たくさん人生で喜んだし、楽しんだ。それは、間違いないだろ?」
自分で言いながら、俺は今必死に、自分の人生が否定されそうになっているのを食い止めようとしていると、薄々感じている。
なぜなら、もし完全に否定されてしまえば、お前の人生は間違ってたなんて言われたら、一体俺はなんのために生きていたのだ?
(人生の成功は、楽しむこと? そうだ、だったら俺は楽しんだ! 地獄だか闇堕ちだかする言われはないはずだ!)
「まあ、確かに楽しんだ分は点数は入った。しかし、後ろめたさを誤魔化すためとか、ストレス発散のためのそれは、評価として低いんだよなぁ〜。だってお前はやりたくないこともたくさんやったろ?」
兄は笑いつつも、どこか俺を憐れむような眼差しを向けながら話す。
「金のため、成功のため、名誉のため、自分の本心に嘘をついてでも、本当は良くないって知りつつも、やってのけたじゃん? でもその結果として、無茶苦茶ストレス溜まってたよな?
罪悪感や後ろめたさもあった。復讐心が、お前の良心をかき消してたけど、お前は基本はいいやつだからよ。ほんとは罪の意識があったんだ。だからそれを忘れようと、あんなに無茶な遊び方ばかり若い頃から繰り返していたんだよ。酒も女も、全部その日々の抑圧を発散させるためだ。そういう刹那的な悦びはな、人生を楽しむってのはだいぶ違うんだぜ?」
「そ、そんな…」
すべてに、心当たりがありすぎる。若いのに癌になったのも、明らかな不摂生の積み重ねなのだと、自分でよくわかっている。常にストレスを感じていたし、空いている時間はすべてストレスの発散のための時間だった。
俺が病気になった理由は、病気になるような生き方をしていたのだ。
俺はその場で膝をついて崩れ落ちた。泣き叫びたい気分になった。
(俺は、なにをやってんだ…)
涙は出なかった。声も出なかった。それくらい、打ちのめされて、死にたい気分になった。
「おいおいおい、それってギャグかよ!もう死んでるから!かかかかか!」
兄は俺の心の中の言葉を笑い飛ばすが、もう腹を立てる気力もない。
「さてさてさて、まあそんなにしょげるな」
兄は俺の隣に来て、座り込む俺の頭を撫でた。
いい大人が頭を撫でられるなんて、一瞬バカにするな!と思いかけたが、すぐに兄の手の感触に、湧きあがった感情は沈静した。そしてこんな風に、幼い頃も頭を撫でられたなと思い出す。兄の手はいつも大きく、温かく、力強かった。
思えば、人から頭を撫でられるのなんて、子供の頃以来だ…。父親があまり家になかったから、兄の手が、幼い自分にとって、どんなに心強く、安心できたかを思い出した。
「大丈夫だ。コウジ!安心しろ!俺がガイドしに来たんだ。今からそれらを踏まえた上でな、お前の人生、振り返って、きちんと見直していこうじゃないか。お前の人生をもう一度、楽しみに行こうぜ!」
兄はそう力強く言って立ち上がり、ビールを飲む。
「楽しみに…?」
今、楽しみにいくと言ってたが、どういうことだ?
「そうだ。振り返りはな、楽しみを見つけるんだ。お前が生きてて、気づけなかった面白さや、見逃していた楽しさ、嬉しさを見つけ直して、喜び、歓喜し、お前の過去を変えるんだ」
過去を変える?そんなことは、できないだろう…。
そう俺は思ったが、兄は突然ビールを持っていない方の腕を、頭上でぐるぐると振り回し始めた。
「だ〜げご〜ぷだ〜」
だみ声で意味不明な事を言ったが、すぐに「タケコプター」と言ったのだと気づく。そしておそらくドラえもんの声マネをしたらしいが、まったく似てなかった。
兄はさらに腕を回し続けると、ひゅんひゅんと、風を切る音が聞こえる。
「なぁ、おい? なに、やってんだ?」
俺はスーツの袖で涙を拭って尋ねるが、兄は質問には答えずに腕を振り回し続けた。
そして、腕はだんだんと目で追えないくらいスピードを上げ、そこから風が起きて、俺の髪の毛や服を揺らす。
「だ〜げこ〜ぷだ〜!」
さっきより大きな声でで兄はタケコプターと言い、腕を猛スピードで回す。尋常じゃないスピードで、さすがに怖くなる。
すると、なんど少しずつ、兄の体が浮かび始めた! 腕が、プロペラのような速度で回転し、兄の体からモーター音のようなものが聞こえ、風はどんどん強くなる。
「おおおおお、おい!おい!どうなって…!」
ここに来て驚きの連続だが、さすがに人が自分の腕のプロペラで浮かび上がるとなると動転する。
「に、にいちゃん!と、飛ん、飛んで、飛んでる!」
驚いてそう叫ぶが、風の音で言葉がかき消された。
「だ〜げこ〜ぷだ〜!!!」
風は猛烈な勢いになり、叫んでも声が聞こえないほどの轟音となった。嵐の中にいるよようだ。突風が吹き荒れる。立っているのがやっとだ。
しかし、そこで不思議なことが起きた。兄の腕が回っているはずが、俺が立っている地面がの方がぐるぐると回り出した。
(地面が、回ってる…?)
地面というか、すべて真っ白なので、もはや何が回っているのかよくわからない。自分の体がぐるぐると回り出しているのだ。
目が回る、気持ち悪い、と思っていたら、足が地面についている感覚がなくなった。
(う、浮いてる?)
そう、俺の体も浮いている?すべてが真っ白なので、上も下もよくわからないが、とにかく自分の足が地面についていないのはわかる。
三半規管がぐらぐらになったのか、気持ち悪くなり、目を開けていられなくなった。さっき飲んだビールを戻しそうになった。
しかし、瞼を閉じても、そこは真っ白な世界で、ただただ俺はごうごうと唸りを上げる風に吹き上げられながら、ジェットコースターで急降下するような感覚と、飛行機が離陸する時とか、高速のエレベーターが上昇する時の感覚などを感じていた。無重力というのが、こういう状態なのかもしれないと、ぼんやりと考えながら。
つづく…
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