版画と新しい学校のリーダーズとオイルジャケットとの関連性についての小さな考察

 表参道から国連大学方面へ向かう。目的は広場で行っているオーディオテクニカのアナログ祭だ。何だかよく分からないが新しい学校のリーダーズがバーチャルでなんかやっているらしい。ということを今朝知った。

 昨日は実家に帰って久しぶりに泊った。今朝は午前中に家を出て町田の美術館に行った。町田に行くのも随分久しぶりだ。中学生の頃はよく自転車で何十分もかけて遊びに行ったものだ。町田が都会だからということではなかったと思う。一応は横浜市民だったので、内陸の区に住んでいながらも港町横浜市民という意識はあったが、さすがに自転車では港のあるこれぞザ・横浜という中心地までは行けなかったので、そこそこ大きな町の町田で我慢していたのであろうか。今となってはなぜ町田によく行っていたのか記憶も定かではないが、思春期に意味もなく他人と違ったことをしたかっただけという理由なのかもしれない。
 大人になってから目的を持って町田に訪れたことはないかもしれない。この日はぐるっとパスを使って、数年前から気になっていた版画の美術館に行った。まさか谷を下るようなところに美術館があるとは思っていなかった。石造りの立派な美術館。入り口を入ると素敵な大階段があり、初めての美術館はやっぱりワクワクする。一通り版画を見たのち周辺を散策し、やはり知らない街を歩くのは楽しいなどと思いながら美術館から町田駅までのシャトルバスに乗り、さて次はどこの美術館に行こうかしらなどと携帯を見ていたら、新しい学校のリーダーズのヴァーチャルなイベントが青山の国連大学前の広場であるらしいということを知る。この日が最終日。今日も一日美術館巡りと決め込んでいたが予定変更、青山へ向かうことにした。

 町田から小田急線で新宿方面へ。だが中中電車が来ない。普段山手線や地下鉄で3分間隔くらいで電車が来るのが日常になっていると10分後の電車というのが実に長く感じる。まあ田舎だから(失礼!)仕方がないと待って乗り込んだ電車は普段の山手線より乗車率が高く満員電車状態。さすが人気路線の小田急線、などと感心している場合ではない。長閑な昼下がりでのんびりとぶらり途中下車の旅を当て込んでいたら、婆のおしゃべりや女子高生の華やいでいるが甲高い声の会話やら他人の鞄や体が当たるのが非常に煩わしく、また快速だから一駅の区間が長く実に耐えがたい。別に快速で行かなくてはならない理由もないので、次の駅で待機中の各駅停車の電車に乗り換えることにした。青山に着くのは遅れるが一分一秒を急ぐ旅路ではなし。のんびり行こうじゃないか。

 昼の日差しが柔らかく、空いた車内で席に座ってこのままのんびりと乗っていこうかと思ったら千代田線直通の電車が並走しだした。代々木上原ではなく、その手前の駅で並走していた電車に乗り換えることにした。最初に乗っていた快速でもこの千代田線直通の電車をどうせ待たざるを得なかったと思うと、数駅だが空いた各停に乗り換えたのは大正解だったのではないかと思う。千代田線直通の電車でも座ることができ、ゆったりとした気分で表参道まで行くことができた。

 表参道駅は人でごった返していた。国連大学へ向かう道すがらの人の多さよ。さすが表参道。若いチャンネーやプルカツを尻目にほどなく国連大学前で行われているマルシェに着く。週末に開催されているこのマルシェ、結構気に入っていて特に目的もなく来ることもままある。生の山椒やクラフトコーラなど、思いもよらない面白いものが売っているのが実にいい。野菜や調味料を衝動買いすることも少なくない。でっかい米茄子は麻婆豆腐にいいわよと言われて買ったものの、豆板醤も挽肉もなくて結局焼き茄子にして食ったのもいい思い出だ。それは数か月前のことだったか、数年前のことだったか。こんな機会でもなければ買わないものも多いからのりで買わないように用心はしているのだが、それでもつられて買ってしまう魅力が確かにある。それが面白い。
 
 オーディオテクニカのイベントはそのマルシェと同じ場所の奥の方に広がっている。オーディオテクニカだけではなく、全国各地の手作り品のブースが並んでいる。骨董品、焼酎、苔、布などなどなど。気になるものが多く目移りするが、目的は新しい学校のリーダーズのブースである。なにか目印のようなブースがあるはずだと思いながら、ないなあ、ないなあと奥に進んでいく。いろいろある手作り品の店はあとで見て回ろう、まずは新しい学校のリーダーズのブースを探そうと思うが、LPレコードや錫の急須が売ってあったりして思わず奥へ奥へと歩を進めてしまう。すると奥も奥、どんつきの古着屋に行きつくと、ありゃ、SUZUKAと目が合った。こんなところにいた。関係者席でもない、古着屋のブース。メガネをかけてないシャープな顔つき、独特のファッションセンス、まさかこんなところにいるとも思ってないから驚いていると「おっ、どーもー」みたいに挨拶されたので「こりゃ、お疲れっスー」みたいな感じで挨拶を返して、ふと横を見たらOTAもいて、腕組みをしながら頷くボバ・フェットみたいな動作で「ああどうも、お疲れ様です」「お疲れ様です」みたいな変な空間。で、その日は新しい学校のリーダーズのパーカーを着ていたのだがそれに気づいたSUZUKAがちょっと後ろ見せてくださいよと言うので後ろを向くと、「おお、カッコいいっすね。着こなしてますね~」というから、なんで自分のパーカーを自画自賛しているんだろうと思って気付く。Free Your Mindのこの絵はSUZUKAの絵じゃない。別のアーティストの描いたイラストだった。そして、新しい学校のリーダーズグッズをライブやイベントでもない平時に着ているのが急に恥ずかしくなる。なんだろう、この裸の心を見られたような気恥しさは。招き猫の絵の背中を見せて二三言喋ってOTAがじゃあ行こうかと言うのでじゃあまたーということで一分ほどの思わぬ邂逅。うーむ、まさか当人がいるとは想像だにしていなかった。思い返すと町田からの電車の乗り継ぎがベストだったのではないか。

 というのも、町田から電車に乗って満員がいやで登戸で各停に乗り換えて、でもまた次の駅で千代田線直通に乗り換えてという、この絶妙なタイミングでなければ会うこともなかったかもしれないのだ。そもそも会うことを思ってもいなかったから会えた会えないということ自体が想定外なのだが、それにしても結局新しい学校のリーダーズのブースを見つけられなかったがゆえにたまたまSUZUKAとOTAの二人に会うことができるとは考えることすらしなかった幸運であった。この後二人はすぐに帰ったようだから、ちょっと時間がずれていれば当然会うこともなく、でも会えなければ会えたかもしれないという可能性すら知らなかったわけだから惜しいとかニアミスとか思うこともなかったわけで、そう考えると本当にたまたま会えたのは、これって運命じゃない? と少女漫画っぽく思ってにやりとする。パンを咥えながらぶつかり合っていたら完璧だった。遅刻遅刻~、ドスン、どこに目ぇつけてんだよ! え、あれ、SUZUKA? みたいな。
 中学生か。リボンか。いやサルまんか。

 さてその後、会場内をぐるぐるぐるぐるぐるぐる回る。帰ろうかどうしようか。オーディオテクニカのハンディレコードプレーヤーが気になる。復刻版。使う機会はなさそうだがこれでレコードを聴いている自分に酔いたい。焼酎も。苔も。水盤にしようと思う陶器も。錫の急須も。あれもこれも欲しくて堪らない。何か買って帰りたい。というかこの限定のレコードプレーヤーが欲しい。でも使用する機会はおそらくない。据え置きのレコードプレーヤーはすでに家にあるのにハンディが必要か? でも折角のこんな機会だし限定だしそんなに高くないしと三回くらい会場をグルグル回って、頭を冷やす感じでなんとはなしにさっきSUZUKAがいた古着のブースに行ったらオイルジャケットがあり、着てみたらジャストフィット。ちょっと前から冬用の上着が欲しかった。オイルジャケットは実にいいと土屋さん(注、ウイスキー評論家)が言っていたのを最近思い出していて、昨日も道すがら似たようなものを着ている人を見て、ああいうのがいいなと思っていたのだ。ほかのブースにも古着屋があり、似たようなコートやジャケットがあったが軍のものが多くてそれは興味がなかったし、オイルジャケットのことも何も知らないけれど色と丈がいいなと思ったものが丁度一目で見つかったのと、ものも良さそうだったので購入を決めた。おそらく袖を通して一分も経たずに即決。安くはないのに最近こういう買い方が多くなった。衝動買いに似ているが違う。丁度いい機会なのだなという感覚。おそらく一か月前だと買っていない。本当にちょうどいま欲しいと思っていたものだった。そして金額も、オーディオテクニカのハンディレコードプレーヤーと、LEDで育つ苔のプラントを丁度合わせた値段。プレーヤーと苔を買わずにコートを買う。それが今日なのだというタイミング。結局これも新しい学校のリーダーズきっかけなのだと思うと、なんだか運命に弄ばれているような気がする。でもこんな機会でもなければハンディレコードプレーヤーを買いたいと思うこともないだろうし、それをやめてオイルジャケットを買う機会もなかっただろうからこれでいいような気がする。いや、これでいいのだ。買いたいと思っていたものを買えたということがいい一日だったのだ。
 
 その後数週間が経ち、オイルジャケットは重宝している。
 レコードは一枚も聴いていない。ハンディがあろうとなかろうと。
 買わなかった苔は勿論育てている訳もないが、ベランダの盆栽とサボテンは元気でいる。すくすく育てと思う。
 いい選択ができた日だったと、改めて思う。
 書を捨てなくても街へ出るだけで面白い日がある。
 街歩きは面白い。


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