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大和田俊之さんの「はじめに」を公開します〜『〈music is music〉レクチャー・シリーズ ポップ・ミュージックを語る10の視点』(2/25発売)

はじめに  大和田俊之

 「音楽をテーマにしたレクチャー・シリーズをコーディネイトしてほしい」──牧村憲一さんとマスヤマコム(桝山寛)さんからこのような依頼を受けたのは2016年の夏のことです。
 牧村さんは、いうまでもなくその功績がそのまま戦後日本の都市型音楽の系譜をかたちづくる傑出した音楽プロデューサーですが、私は2011年に思いがけずツイッターを通じて知り合いました。刊行したばかりの拙著についてコメントしていただいていることに気づき、恐る恐る返信したのがきっかけです。大学で竹内まりやさんを先輩にもつ音楽サークルに所属していた私にとって、そのデビューを手掛けた方に自分の本が届いたことはにわかに信じがたく、パソコンの前で狼狽したのをよく覚えています。
 その後、私の研究会の学生とともにインタビューさせていただいたり、牧村さんが主宰するトークイベントに誘っていただいたり、また個人的にも何度かお話を伺う機会を設けてきました。そんな折、牧村さんに桝山さんをご紹介いただき、前述の企画を提案していただいたのです。
 それはちょうど、私が「音楽と言葉」についてあらためて思いを巡らせていた時期でした。もともと文学研究を専門としていた私は最初の著書として音楽論を刊行し、音楽をめぐってどのような言葉が可能なのか、その方法や文体の再検討を迫られたのです。たとえば、文学や映画と比べても音楽は特定の場面の「描写」が困難であり、どうしても比喩や形容詞に頼らざるをえないのですが、そうした制約の中でいかにして新しい言葉を模索できるのか──牧村さんと桝山さんの企画は、このことを考え直す絶好の機会に思えました。
 私はすぐに候補者をリストアップし、レクチャー・シリーズの趣旨とともに個別に依頼のメールを出しました。幸い、お声がけしたすべての方々にご快諾いただき、2017年1月に(その前に、露払いとして私が一度講演を担当しました)レクチャー・シリーズを始動させたのです。
 ここにレクチャーが収録された9人の講演者は、いま、私が音楽についてもっともお話を伺いたいと思った方々です。ライター/ジャーナリスト、研究者、そしてミュージシャンと、音楽とのかかわり方はさまざまですが、いずれも音楽を対象にフレッシュな言葉を創出しています。
 たとえば、柳樂光隆さんがアメリカ本国に先んじて現代のジャズ・シーンを的確にマッピングし、日本のリスナーに体系的に紹介したことはよく知られています。重要なのは、柳樂さんがその作業を通じて、ジャズをめぐる日本の言葉自体をアップデートさせたことです。私たちは柳樂さんの言葉の新しさを通して現行ジャズの魅力に触れられたのであり、それは結果的にこの国のジャズ言説の再編成につながったといえるでしょう。
 社会学者の南田勝也さん、アメリカ研究者でご自身もミュージシャンとして活動される永冨真梨さん、そして音楽ライターとして八面六臂のご活躍で知られる渡辺志保さんも、ロック、カントリー・ミュージック、そしてR&B/ヒップホップのジャンルで同様の課題に挑戦しています。南田さんによれば1990年代以降、ロックは質的に変化したといえますが、その特性はどのように形容できるのか。また「白人男性のための音楽」というステレオタイプを超えてアフリカ系やラテンエックス、さらにはLGBTQの人々を包摂するカントリー・ミュージック・コミュニティは、いかなる言語を要請するのか。あるいは、そのオーセンティシティが常に問われる黒人音楽──「ホンモノ」のブルース/ソウル/ヒップホップとは?──において、渡辺さんが強調するインターネットやセレブ・カルチャーとの隣接性はどのように作用するのか。いずれも言葉によってジャンルの風景を刷新する試みであり、その音楽の前提を問い直す作業ともいえるのです。
 その意味でニューヨークを拠点に活動されるジャズ作・編曲家、挾間美帆さんのラージ・アンサンブルの歴史に関するレクチャーも、ジャズの100年史を(即興というよりは)作編曲の技法の発展として見直す可能性を感じさせる意欲的な企てです。なお本書を編集中、挾間さんが第六二回グラミー賞のラージ・アンサンブル・アルバム部門にノミネートされるという素晴らしいニュースが飛び込んできました。
 細馬宏通さんの『うたのしくみ』(ぴあ、2014)と冨田ラボさんの『ナイトフライ 録音芸術の作法と鑑賞法』(DU BOOKS、2014)は、最近刊行された音楽関連本の中で私がもっとも感銘を受けた書です。先述した音楽批評をめぐる最大の困難、つまり「曲/歌の中で何が起きているか」を記述することに、この2冊は成功しているように見えたからです。レクチャーでも細馬さんはデヴィッド・ボウイの曲を、冨田さんは70年代のアメリカン・ポップスを題材に、精読ならぬ精聴の手法を通して歌の運動と効果について解像度の高い言葉で迫っています。
 増田聡さんと輪島裕介さんは日本を代表するポピュラー音楽研究者であり、増田さんには「パクリ」という具体的な事例を通して、ポピュラー音楽を認識・分析する際の「概念」の重要性に言及していただきました。そして、最後にご登場いただく輪島裕介さんには、日本のポピュラー音楽を「環太平洋・アジア」間に位置づけるという、今後ますます進展が期待される研究の道筋についてお話しいただき、そのダイナミックな相互交渉の歴史を垣間見ることができました。
 いずれのレクチャーも刺激的で、毎月のように渋谷のスマートニュース社のイベントスペースで音楽をめぐる新たな言葉の生成に立ち会えたのは、これ以上ないほど幸福な時間でした。
 最後に、ご登壇いただいた講演者のみなさまと、このような機会を提供してくださった牧村憲一さんと桝山寛さん、さらにこの講演集の出版を快くお引き受けいただいたアルテスパブリッシングの鈴木茂さんにあらためて深くお礼申し上げます。

 2020年1月、江ノ島にて

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