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地域とアートが相互に発展するために─【アートとフィールドワーク研究会#1 レポート】

近年、アートプロジェクトや芸術祭が各地で盛んに開催されています。それに伴って、アーティストや芸術関係者が地域に入り込んで作品を制作したり、イベントを企画する機会も急増しました。

ところが、こんな声を耳にすることがありました。

フィールドで作品を制作するためのリサーチをどのように進めていけばいいのか自信がない

地元の人たちとどんな関係性を構築していけばいいか、実はよくわからない」

地域の人たちが芸術に高い関心を持っているとも限らないのと同様に、アート関係者が地域と良好な関係を取り結んでいくための知見も十分に蓄積されていないのが現状です。

そんな課題意識から、2020年10月24日(土)にアートとフィールドワークについて考えるオンラインイベントを開催しました。その内容をレポート形式でご紹介します(本編のアーカイブ動画はこちら)。

本記事の後半では、本編では触れられなかった詳細について紹介する書籍や記事へのリンクをまとめています。個別の事例について詳しく知りたい際はぜひご活用ください。

芸術分野におけるフィールドワークの現況

本イベントでは事前アンケートとして、地域でのリサーチを含む作品制作にかかわった経験について伺い、20名の方から回答を得ました。実制作者のみならず、企画運営や技術提供に至るまで幅広い立場の方からお答えをいただきました。

地域でのリサーチを含む作品制作にかかわるきっかけは、やはり芸術祭やアートプロジェクトに参加するためという回答が最多でした。調査の期間は、短期のもの(1週間未満)と長期の調査経験がある人(数か月以上)に二分されることも読み取れました。

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質問文がワイプで隠れているので、原文をこちらに掲載。
『Q.10. あなたがこれまで経験したなかで、作品制作に携わる調査のために、もっとも長く対象地に滞在した期間はどのくらいですか?』

『アートの生態系』と『地域』の関係の理想

ところで、地域とアートはどのような関係を取り結ぶことができるのでしょうか。

アフリカ現代美術の研究をする中村融子さんから、アフリカ諸都市の事例を通じて話題提供がありました。

中村融子
1993年生まれ、京都市出身。東京大学法学部卒、京都大学アジアアフリカ地域研究科博士課程在学中。現代アフリカの美術を、歴史的視点と地域的視点を踏まえて研究し、アフリカ視点で21世紀美術のグローバル化を考える。博士予備論文「アフリカ現代美術「第3世代」試論ーキング・フンデックピンクと陶芸を起点にー」をきっかけに日本の現代陶芸の研究も行う。みんなのギャラリーでのカタログキュレーション、タグチアートコレクション主催講演、京都精華大学主催講演での登壇を経験。著作に「アートシーンのフィールドワークー現代アフリカ美術を取り巻く場と人々ー」『現代アフリカ文化の今』(青幻舎)。

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なぜアフリカの事例紹介なのか、と疑問に思う向きもあるかもしれません。しかし、「地域と芸術」という意味でアフリカのアートシーンには見るべきところがあるのです。

21世紀の美術の焦点は、従来の西洋中心的な価値観にたいする地理的、分野的な「越境」による価値観や美術史のアップデートにあります。アフリカ現代美術は、西洋の価値観を輸入しつつ、同時に美術の脱植民地化を図っている例として、ここ30年でその注目度を大きく高めています。

その背景として、各地でアートセンターや芸術祭など多様なアートにかかわるインフラが構築され、それらが独自のエコシステムとして有機的に発展を遂げたことが紹介されていました。

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日本では、「地域」と「アート」は対照的な見方をされることも多いです。しかし、アフリカの事例を見ていくことで、日本の地域におけるアートプロジェクトにとっても、ヒントになることがあるはずだ、と中村さんはいいます。アートが地域へと「越境」し、地域も含めた有機的な循環を生み出すことで、アートの総体はアップデートできる。そんな示唆がありました。

ルブンバシ・ビエンナーレ

そんな一例として、ルブンバシビエンナーレ(Lubumbashi Biennale)の紹介がありました。アフリカ大陸中央部にあるコンゴ民主共和国の東部内陸の都市で開催される国際芸術祭で、国際的に活躍するアーティスト、サミー・バロジ(Sammy Baloji)が主催しています。

アーティスティック・ディレクターに新進気鋭の研究者を招聘している点も特徴です。

ルブンバシは首都からもかなり離れた辺境の地です。当初は低予算で始まったこのビエンナーレですが、2008年のスタートからすでに6回目を数え、欧米への巡回展が企画されるほど国際芸術祭として発展を遂げました。

このように、アートが労力をかけて地域に入り込んでいくのは、アートにとって地域から学ぶことが大いにあるからなのです。

フィールドワークの手法と倫理入門

では、実際に地域に入いくとき、どんなことを知っておくべきなのでしょうか。

美術系のカリキュラムのなかでは通常、地域実習のようなプログラムを受講する機会は限られていると聞きます。そこでアートマネージャー・ラボの山本が基礎的な内容についてガイダンスを行いました。

予備調査、本調査、補足調査それぞれにおける記録と整理の流れを概観し、調査時に気をつけるべき倫理事項にも簡単に触れています。

また、意味のあるフィールドワークを実施するためのポイントとして、予備調査の重要性を強調しました。

有意義な話を伺うためには信頼関係の構築が不可欠です。見ず知らずの初対面の人との話題はどうしても限られてしまうことは、当たり前のようで忘れがちなことでもあります。

さらに調査全体の設計を見定めるうえでも、事前に予備的な現地調査を行い仮説検証に取り掛かっておくことで、本調査での失敗を減らすことができるかもしれません。文献等で調べればわかることと、現地に行かなければわからないことを峻別することも、予備調査も重要な役割のひとつです。

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この記事の末尾に文献案内を付しています。詳しく知りたい方はぜひ参考にしていただければと思います。

人類学におけるフィールドワークのリアル

フィールドワークは、その方法論とは裏腹に、実際には思うようにいかないことも多いです。そこで、国内外でフィールドワークの経験がある三宅栄里花さんに、実体験を交えたお話を伺いました。

三宅栄里花
1993年生まれ。岐阜県恵那市出身。京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科にて地域研究の修士号を取得。現在は日系商社に勤務。学部、大学院での研究を通じて日本、ベトナム、ナミビアの農村を調査地としたフィールドワークを経験。ベトナム、ナミビアでは土地利用に関する研究、国内では地域コミュニティと地方創生に関する研究に従事。

調査前には念入りに準備してからフィールドに入りたい性格だった」という三宅さん。実際の研究計画書や、細かく書き込まれたメモやフィールドノートを垣間見ることができる貴重な機会ともなりました。

しかし、しっかり準備をして臨んだインタビュー調査も「失敗だった」と振り返ります。というのも、初対面で調査対象者と事前の信頼関係づくりができていないうちに、用意した聞きたいことを矢継ぎ早に尋ねていくうちに、質問に答えてもらいづらい空気になってしまったのだそう。

もうひとつ、調査で一番たいせつなのは健康と安全だ、と指導教員から常に言われていたそうです。慣れない環境下でも、日程が限られているとどうしても無理をしがちです。しかし、体調を崩しては元も子もありませんし、現地の人に迷惑をかける可能性すらあります。

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地域でのリサーチは、ギブアンドテイクの側面もあります。事例では、こちらの想定以上に負担がある調査をお願いしたときにはお酒やタバコ、を要求されたという話もありました。とはいえそうした即物的な交換に限らずとも「自分は地域になにを与えることができるだろうか」と考え続ける態度が、地域へのリスペクトや誠実さに繋がるのではないでしょうか。

ディスカッション

ディスカッションパートでは、ここまでのアートとフィールドワークと地域をめぐる理論と実践についての紹介を踏まえて、それぞれを接続するような話題で盛り上がりました。

フィールドワークのおもしろさは、予定調和にことが進むよりもむしろ、調査の過程で当初の仮説や自分のイメージを超えて、価値観が更新されることにこそ見出すことができそうです。

そのことを踏まえて、作品制作のためのリサーチや、作家のサポート、教育、事業評価といったアートマネジメント業務における調査が、少しでも意味のあるものになればうれしいです。

(文責:アートマネージャーラボ・山本 功)

YouTubeアーカイブ

当日の配信の様子はアーカイブとしてご覧いただけます。お時間あるときに見ていただけると嬉しいです。

イントロダクション
芸術分野におけるフィールドワークの現況
アートの生態系と地域の理想的な関係のありかた 
美術関係者のためのフィールドワークの手法と倫理 入門(山本)
人類学におけるフィールドワークの実際
ディスカッション・質疑応答
※↑各パートの始点にリンクしています。

当日の発表スライド

文献案内

今回のイベントでは地域とアートをめぐる理論と実践を概観したもので、具体的なプロセスについて深く触れることはかなわなかった部分もあります。そこで、関心を持っていただいた方により深く知っていただくための文献を最後に紹介します。

アートとフィールドワークについて
・美術手帖2018年6月号
(美術出版社)

「アートと人類学」を特集した本号は、関係するアーティストや研究者へのインタビューを通じ、双方の「『世界』の描き方」の理論と実践を概観しています。

人間存在にまつわるあらゆる事象について探究するため、観察し、参与し、記述するという手法をとる、人類学。体験に重きをおくその実践は、ときにアーティストたちに影響を与え、そして人類学もまた、美術の手法に学び、表現の営みについて考察してきた。
本特集で取り上げるのは、フィールドワークによる作品から研究機関でのプロジェクトまで、美術と人類学のクロスポイントにある実践の数々。その多様な交点をめぐり、領域を横断し、人間と世界、表現についての大きな問いに挑む試みをたどりたい。

・旅するリサーチラボラトリー

日本各地を旅しながら、フィールドワーク的手法とアウトプットの実践について発表、検証するプロジェクト。レポートのアーカイブや、旅と活動から得たキーワード、考察や観察を記したコンテンツが公開されている。

アーティストのmamoru、下道基行、デザイナーの丸山晶崇が中心となり、2014年に活動を開始。随時、メンバーを更新しながらフィールドワークの手法やアウトプット、リサーチ過程における様々な要素、ふるまいに関するグループリサーチを旅やイベントを通して行う。

・現代アフリカ文化の今 15の視点から、その現在地を探る(ウスビ・サコ 清水貴夫, 青幻社, 2019 )

話題提供者の中村さんも「アートシーンのフィールドワーク −現代アフリカ美術を取り巻く場と人々」という章を執筆している本書。現代アフリカの文化を地続きの同時代のものとしてとらえ、紹介する一冊です。

これまで西洋の視点から語られることが多かったアフリカは、いま、グローバル化のもと、独自の芸術や文化を新たな地点へと育み、価値を見出しはじめている。その動向はアフリカ大陸だけでなく、ヨーロッパやアジアなど移住/離散した先においても、ふつふつと芽を出し開きはじめているのだ。
本書では15の領域から、現代のアフリカ文化を切り開く。
文化人類学者や美術館学芸員、音楽ライターなど、それぞれが見つめるアフリカの姿に注目!

フィールドワークの理論や技法について
・社会調査の基礎
(北川由紀彦, 山口恵子, 放送大学教育振興会, 2019)

放送大学の教材です。社会や人を対象にリサーチを行うための手順と方法がまとまっています。

本書では、社会調査に関する基本的事項(社会調査の目的、歴史、方法論、各種調査方法とその長所短所、調査倫理など)を解説する。卒業研究や修士課程での論文作成、職務や市民活動などで社会調査を行おうとする人達に対し、問題関心や目的に沿った的確な方法で適切に調査を実施し、分析し、結果をまとめるための基本的な考え方を習得することを目標とする。各種調査の留意点(適切な調査方法、調査の限界)などについても、できるだけ幅広く解説する。

・地域調査ことはじめ(梶田真, 仁平尊明, 加藤政洋編, ナカニシヤ出版, 2007)

研究者たちが自身の若いころの調査を振り返りながら、具体的な進め方や「いまだったらこうしていた」と顧みる実践的な内容となっています。地理学のフィールドワーク入門書。

フィールドの入り口でとまどう若い人たちへ。テーマ決定から論文完成までのプロセスを、分野も手法も多岐にわたる気鋭の研究者たちが自身の試行錯誤をもとにアドバイスする、今日からできる実践のてびき。

・相互行為の人類学—「心」と「文化」が出会う場所(高田明, 新曜社, 2019)

フィールドワークをつうじて「人と人とが関わること」を丹念に分析していく人類学の入門書。じっさいの講義内での質疑応答や、三宅さんの発表にも紹介されていた南部アフリカの狩猟採集民の調査事例などの具体例も豊富に盛り込まれています。この分野に関心のある初学者のための手引書となる一冊です。

日常的な相互行為における「意味のやりとり」を丹念に分析することで,心理学,人類学いずれとも異なる視点から「心」と「文化」をとらえなおし,二つの分野を架橋する「相互行為の人類学」。具体的な研究例をとおして,その手法と魅力を伝える入門書。

・耳を傾ける技術(レス・バック, せりか書房, 2014)

三宅さんの話題提供でも、聞き取り対象者との信頼関係の構築がうまくいっていないインタビューでは、こちらの「期待」や「仮定」を投影してしまいがちになる、という体験談もありました。

分析や表現以前で、いかに「声なき声」を「物語」として語ってもらうことができるか、そのために必要な「訓練」の道筋を示すイギリスの社会学者の著書です。

グローバル化する社会の中で埋もれていく数々の声に私たちはいかにして耳を傾けることができるのだろうか。耳を傾ける技術はどのように刷新され、それは民族誌的な記述のあり方をどのように変容させるのだろうか。命がけの亡命に挑み国境に消えていく人々の声、労働者階級の身体に刻み込まれた“声”。本書『耳を傾ける技術』はそうした声を聴くための様々な試みを提示する。社会学、カルチュラルスタディーズの新たなる挑戦。

・発想法 創造性開発のために(川喜田二郎, 中公新書, 1967)

収集した情報をまとめ、分類するための手法を体系化したもの。この方法論は、著者のイニシャルをとって「KJ法」とも呼ばれ、地理学や文化人類学の分野のみならず、最近ではデザイン思考やワークショップのファシリテーションの場面でも活用されています。

ここで語られる「発想法」つまりアイディアを創りだす方法は、発想法一般ではなく、著者が長年野外研究をつづけた体験から編みだした独創的なものだ。「データそれ自体に語らしめつつそれをどうして啓発的にまとめたらよいか」という願いから、KJ法が考案された。
ブレーン・ストーミング法に似ながら、問題提起→記録→分類→統合にいたる実技とその効用をのべる本書は、会議に調査に勉強に新しい着想をもたらす。

・+クリエイティブゼミvol.34リサーチャー養成編『リサーチ・リテラシーを学ぶ』

ウェブで閲覧できるものとして、大阪大学COデザインセンターの山崎吾郎准教授がKIITO(デザイン・クリエイティブセンター神戸)で行ったレクチャーシリーズのレポートをご紹介します。クリエイティビティとリサーチの接点について概観できます。

・「院生・学生の皆さんへ 調査研究に取り組むにあたって― 調査研究の倫理に関する手引き―」(日本社会事業大学 社会事業研究所・研究倫理委員会)

調査研究に取り組むうえで求められる基本的な考え方と態度についてまとめられた手引きの一例です。各教育機関や組織、学会に相当の倫理規定があることも多いです。あわせて参考にしてみてください。

ベナンの事例について
・キング・フンデックピンク

日本語公式サイトが用意されています。

・みんなのギャラリー(東上野)のキング・フンデックピンク紹介ページ

中村さんが作成したキング・フンデックピンク紹介パンフレットもここからご覧いただけます。

・テール・ジュメール

キング・フンデックピンクのプロジェクトを日本語で紹介するページです。

・ジンスー財団について

2014年にジンスー財団が高松宮記念賞を受賞した際、取り組みが日本語で紹介されています。

以下、日本語ではありませんが詳細がわかる情報も載せておきます。

・ジンスー財団公式サイト(フランス語)

・マリー・セシール・ジンスーへの古美術返還についてのインタビュー(フランス語)

・サントル公式サイト(フランス語)

・ロベール・ヴァロワについて
サントルの運営主体で、ギャラリーヴァロワのオーナーでもある。

日本の類似例
・陶芸の森

滋賀県信楽にあるレジデンス施設です。キング・フンデックピンクも滞在しました。

・ささま国際陶芸祭

静岡県中央部の山あいの地区で開催されている国際陶芸祭です。

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【イベント開催概要】

【日程】
2020年10月24日(土)10:00-12:00
【配信方法】
YouTube配信
【主催】
アートマネージャー・ラボ

【アートマネージャー・ラボとは】
アートマネージャーが中心となり、アート関係者の互助ネットワークを作るべく、活動している任意団体です。有志のメンバーがボランティアで活動しています。
熊谷 薫(アートマネージャー、事業評価者、ARTLOGY代表)
石幡 愛(アートマネージャー、リサーチャー)
作田 知樹(Arts and Lawファウンダー、文化政策研究者)
西田 祥子(アートマネージャー、一般社団法人ノマドプロダクション理事)
山本 功( TAMENTAI GALLERY代表、合同会社dropIn 業務執行社員)


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