小説・成熟までの呟き 41歳・2

題名:「41歳・2」
 2031年12月、美穂達は毎年恒例の結衣の自宅で開催されるクリスマスパーティーに参加した。中心はやはり結衣の夫が作ったクリスマスケーキだった。その上には輝きを放つ苺があった。美穂は、「この苺、美味しいです!どこで作られたものですか?」と質問した。結衣の夫は、「この苺は首都圏で暮らしていた時から親しい関係にある農園の人が作っているんです。」と答えた。すると、結衣は「どのような現場で作られているか気になるー。」と言った。すると結衣の夫は、「だったら今度家族で行ってみるか?最近首都圏にも行ってないし・・。」と言った。翌年2月頃、結衣達は高梅駅から大きな橋を渡り、山浜駅から新幹線に乗り換えて首都圏に向かった。途中、結衣の娘は新幹線のような速い列車に慣れていないためか、気分が悪そうな表情になった。母親の結衣が聞いても、原因がよくわからなかった。そのようなとき、パーサーの人が結衣達の座席の近くに来た。パーサーの人は結衣の娘の表情に気づいたらしく、「お嬢さん、どうしたのかな?」と質問した。娘は、「じっとしていることがこわい。」と答えた。するとパーサーの人は、「ならばこんなのはどうかな?」とぬりえを渡した。すると、娘は急に明るい表情をして、元気になったようだった。結衣達は「ありがとうございます。」と言った。パーサーの人は、「いえいえ、どのようなお客様に対してもよりよい旅をしていただくことが私達の使命ですので。」と言った。このことが、後に結衣の娘がパーサーを目指すきっかけとなる。新幹線の駅で在来線の列車に乗り換え、約1時間で苺農園に着いた。この場所は海に面していて、夏にはマリンスポーツがよく行われる。冬でも比較的温暖なので、苺の生産に適しているという。苺農園の経営者に、ハウスの中を案内してもらった。高設栽培で、養分が注がれる。「今の時期が最も美味しい実になっています。」と言われた。前年の夏の終わる頃に苗植えを行い、12月に初めて実ができたという。多くの実が成っていくと、摘果や生育のうえで支障が出るなりかすや花弁取りを行うという。「こちらでは、1つ1つの苺を大切に扱い、最も元気よくなれることを考えて育てています。自然に配慮した素材を使っています。」という説明を受けた。その後は家族で苺狩りを行ったのだが、現地で食べる苺には程よく甘さと酸味が合わさっていて、苺の美味しさを一層感じやすくなる機会となった。その日の夜、宿泊先で結衣は夫に、「きょうはありがとう。でもなんでわざわざこんな遠くから苺を取り寄せているの?」と質問した。すると夫は、「僕の個人的なこだわりかなあ。他の所の苺を試してみたんだけど、どうもケーキの苺には合わないんだよなあ。」と答えた。結衣達が暮らしている高梅市では、意外にもあまり苺の生産が行われていない。古来から行われてきた柑橘類の生産がかなり盛んで、設備投資がかかる苺の生産までは手が回っていないことが原因だと思われる。尚、夫はこの苺を首都圏の洋菓子店で勤務していた頃に知った。高梅市に転居してからは他の食料における素材の品質は高くなったが、苺だけは変わらなかった。夫にとってはお気に入りなのだ。さて、一方、美穂達はオリーブの生産においてはどちらかといえば陰の時期を過ごしていた。しかし、この時期にしっかりと向き合うからこそ、よりよい実ができると思う。

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