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デジタル民主主義において求められるGaaSの構成要素

最近、デジタル民主主義についてひたすら考えている。
今日本が抱えている諸課題を解く一つの方策は、デジタル民主主義によって解決されるものがあるのではないか。またそのための実現基盤はGaaSにあるのではないか。

デジタル民主主義によってどんな課題をどのように解くことができるのか、ということについては別の記事にて記載することにして、今回はその実現基盤となるGovernment as a Service(GaaS)とは具体的にどんなものなのか?どんな構成要素によって成り立ち、どのような価値を期待できるのかについて考える。

GaaSの構成要素

GaaSを構築する場合、どのような技術的要素が必要になるのか。個人的には以下のような構成要素によって、成立させられるのではないかと考えている。

GaaSの構成要素

ユーザー認証基盤が土台としつつ、国や地方自治体が提供する公共サービス、特に社会保障に関するサービスについてはここで示すGaaSの構成要素によって、より運営が効率化できるのではと考えている。

ここでは特に、公的要素を多分に含む医療サービスの提供がどのように効率化されるのか?を念頭に置いて必要モジュールをモデル化してある。

国民皆保険などの公的医療保険をベースにした医療サービスにアクセスするためには、医療サービスを受ける国民および、医療サービスの提供者側である医療従事者の認証基盤をベースにするのが良いのではないか。

また、医療サービスなどの公的サービスの提供をより効率化するためには、公的サービス内で利用可能なデータ連携は必須となるだろうし、それらのデータへのアクセス権限をコントロールするために、認証基盤と連携された、アクセス権限を制御する認可コントロール基盤も必要となるだろう。

データの共有・アクセスコントロールだけでなく、実は、公的社会保険サービスを受ける側・提供する側それぞれが行う、請求と税徴収のプロセスが一番GaaSによって効率化される領域なのではないかと考えている。

以下ではより個別項目別になぜ必要なのか、何に活用可能なのかについて詳細を記載する。

GaaSを構成する要素の詳細

ユーザー認証基盤

ユーザー認証基盤は、GaaSの一番重要な基盤となる。日本ではすでにマイナンバーをベースにしたJPKIが実装・提供されている。

ユーザー認証を行う際、社会保障サービスの提供に関わる国家資格に関する資格認証も併せて行うことで、GaaSの請求・支払いモジュールにアクセスできるようになり、公的社会保障サービスへのアクセス権限も確認することができる手段となる。

より具体的な実装手段としては、JPKIの名前に表れているように、PKI基盤はOpenID Connectによる認証基盤が考えられる。

認証基盤は単に国民の認証・本人確認を行うだけでなく、社会保障サービスの提供者側の認証も同時に行う基盤となるため、極めて重要な要素である。

オープンデータ・データ連携基盤

いつでも利用可能なオープンデータや、サービス提供者がアクセス・利活用可能なデータ連携基盤もGaaSの中ではもちろん重要な要素となり得る。

一般的にGaaSやオープンガバメントの文脈の中で想像される具体事例は国のシステム基盤を通じたデータ連携や、オープンデータを活用した例えばコロナ禍で話題となった台湾のマスク在庫可視化システムなどである。

しかし、GaaSが社会保障の運営の効率化を主題としているという前提に仮に立つのであれば、データの利活用による社会的コストの削減効果は意外と見出しにくいのではないかと考えている。なぜなら、現行の社会保障を支える公共サービスのコスト増加や人手不足の課題は、データの利活用によって解決される類の課題ではない可能性が高いからである。

どちらかというと、データの利活用による効果はプラスαの経済的価値をどうやって見出していくかという、攻めのツールであるため、国の公共財として国民や住民のプライバシーに配慮しながら、どのように経済活用していくべきかという議論が必要だと考えている。

現在の日本においては、国土地理院からオープンデータがいくつか示されていたり、医療システム基盤として、電子処方箋システムや電子カルテ情報共有サービスというものが民間に対して提供されている。これらの医療システム基盤については、上記の議論とは別にして社会コストの削減効果も見込んだ議論もあるため、それぞれ個別のシステムとしての役割や目的を前提とした丁寧な議論が求められる。

アクセス(認可)コントロール

GaaSにアクセスし、データの活用や基盤システムの活用を行う際、そのアクセス元が本当にアクセス権を持った個人・組織・システムなのかのチェックやコントロールを行うことは、GaaSを設計する上でとても重要な要素である。

アクセス元が個人の場合、サービス受給者側の場合はJPKI基盤を通じた本人確認が必要であるし、サービス提供者の場合は個人認証に合わせて個人の保有する国家資格や、所属する団体やアクセス媒体であるシステム・端末の認証も必要になる。これら複数の認証情報を組み合わせて、個人がどこまでのデータやシステムにアクセス可能なのかについて都度コントロールをかけることは、GaaSの設計において最も肝な部分である。

請求・支払い基盤

GaaSの構成要素として、一番社会コストの削減効果が大きい領域は実はこの請求・支払い基盤なのではないかと考えている。

例えば、医療を前提として考えた時に、現在の日本では医療機関で患者が受診をし、その診察内容や治療・検査・処方内容に基づいて医療費の計算を行い、医療機関から公共母体に対して請求を行う際、実はかなり複雑なプロセスが存在している。

そもそも現在の診療報酬制度はとても複雑である。また医療機関で行う医療費の補助母体は実は医療保険だけでなく、国による公的扶助や公費医療、おおよび自治体による公費医療(こども医療費や母子保健領域、予防接種など)が存在する。

そのため、患者が保持する医療サービスの受給資格によって、提供できる医療サービス・計算ロジック・請求先などがかなりバラけており、それらの請求および医療機関への支払いには複雑なプロセスが存在しており、それなりの社会コストがかかっている状況にある。また、請求に係る医療機関側の人件費的コストや人手不足による負荷もバカにならない社会コストである。

これらの課題を見た時に、GaaSにとって請求・支払い基盤は必須の要素であり、実は社会コストの削減という観点で最も重要な領域ではないか。

税徴収基盤

GaaSとして重要性の議論があまり行われていない領域の1つに税徴収基盤に関する議論が該当するのではないかと考えている。

GaaSとは、個人を取り巻くサービスのうちの1つである、という考え方に立つと、そこに属する個人や団体が社会保障基盤を成立させるための費用(税金)を支払う基盤を整えるというのは、自然な議論ではないかと考える。

現在の日本では、税徴収があまりにも分割され分かりにくい構造となっている。税や社会保障費の支払い名目や支払いタイミングは多く存在し、その支払い構造を理解している住民は少ないのではないか。

そのために、社会保障費や税徴収を一元的に行う社会基盤が必要であり、そのための1つのアイデアがデジタル歳入庁を作ろうというものである。

ここで定義するGaaSを成立させるためには、税徴収基盤を構築するための組織とシステムの統合がそれぞれ必要であるが、請求・支払い基盤と合わせて整理されることによる社会的コスト削減効果は一番大きい領域なのではないかと考えている。

匿名性・プライバシー保護

デジタル民主主義を語る場合、これまで社会にある大体の論調は国による国民の監視や、アルゴリズムによる不平等的支配などのネガティブな議論が起きがちである。

まず大前提として、JPKIなどの認証基盤の存在やそれらを内包するGaaSの運用は、国民や住民の監視と直結するものではない。各公共サービスやシステムの利用を行う際のユーザーIDの統合を通じた、詳細なユーザー行動の分析と、認証基盤の存在は全く別物の議論である。この領域の議論の担い手は大抵の場合テクノロジーを理解していない文系的議論が多いため、正直妄想的不安を語られることが多く、デジタル社会の中の不要な摩擦になっているケースが多い。正しい技術理解に基づいた議論が行われることを社会に期待しているが、果たして。

可能性としてはもちろん全てのサービスのユーザーIDを統合すれば、監視社会のようなものが出来上がるかもしれないが、それらを実施するには莫大なコストがかかるし、そのコストを支払ってまで何かを分析・活用しようとするモチベーションを持った主体はそうそう社会に現れるものではないだろう。(専制主義的社会ではまた別だろうが)

というような議論の前提があったとして、確かにGaaSやデジタル民主主義を語る上で、個人のプライバシーや匿名性を保つことに対する設計の議論や国民や住民への十分な説明はとても重要である。

GaaSを設計する側には説明責任も十分にあるし、その設計プロセスは十分にオープンである必要がある。またそれらの情報にアクセスして広く伝えるメディア側にも悪意に満ちた議論を展開しないよう、ステークホルダーそれぞれの倫理観と責任が必要である。

匿名性やプライバシーに関する設計は、技術的検討もそうだが、建設的議論が成立する社会の成熟自体も求められる領域なのではないかと考えている。

公共サービス・アプリケーション群

GaaSの真価は、GaaSにアクセスし設計される公共サービスやアプリケーション群の存在によって初めて価値が発揮される。

社会保障における公共サービスの存在は、市場経済の下支えになるという側面においても重要な存在であり、GaaSの設計と運用は市場と十分な対話が求められる。市場においては、GaaSも1つのステークホルダー・プレイヤーとなるのである。

具体的には医療を対象として考えると、GaaSにアクセスして設計されるサービスやアプリケーションには、医療機関自体や医療機関の中におけるシステム全般が該当するかもしれない。

また、地方自治体やNPOなどが提供する公共福祉サービスを想定すると、GaaSを基盤にした貧困世帯へのサポートや、母子保健領域における母子のサポートなども考えられる。

重要なのは、GaaSは誰でも任意の個人や団体がアクセスし、公共福祉のためのサービス提供に活かせる基盤であることであり、現在社会での自治や社会保障サービスの担い手の数やバラエティを増やしていくことによって、国民や住民がアクセスするサービスを選択できる状態を目指すことではないかと考えている。

相互運用性を前提にしたAPI設計

GaaSにアクセスして、様々なプレイヤーが社会に存在し、バリューチェーンや市場を形成していくという前提に立った場合、GaaSにアクセスする際のAPI設計やデータ設計は生態系のガバナンスを保つためにとても重要である。

例えば、各々が自由にAPIを設計し、その通信規格やデータ規格がバラバラな状態が作られてしまった場合、個々のシステムが相互に接続する度に、設計コストがかかるし、一度GaaS自体の設計をアップデートしようものなら、膨大な社会コストがかかってしまう。

GaaSおよびそれらにアクセスするシステム群を効率的に運用するために、設計時に各領域ごとで十分に合意された相互運用性を意識したAPI設計、データ規格、マスタの設計は必須となる。

日本のように成熟した市場が既にいくつも存在している場合、GaaSを成立させるための最たるハードルは、このAPI設計や通信規格・データ規格・マスタの設計に係る部分である。GaaSに関する夢は大きいものの、そう簡単には実現しない。

GaaSへのアクセス管理・審査・認定

GaaSにアクセスし、実際に社会保障サービスを提供する主体に対する審査・認定は、実はデジタル民主主義および行政府の運営という側面において最も重要な部分である。

自由に任意の個人や団体がGaaSをベースにして社会保障サービスを提供するという前提を保つためには、悪意ある提供者を成立させないために、サービス提供者の管理・審査・認定のプロセスがとても重要である。

とはいえ、ハードルを上げてプレイヤーが少なくなるのも本末転倒であるため、実験時のアクセス範囲やテスト環境の工夫を行うことで、自由に実験を行ってもらいやすい環境は提供しつつ、本提供に当たっての審査や認定を厳しくするなどのバランスが必要になってくる。

また、単に悪意あるプレイヤーを出さないという目的だけでなく、公共サービスの提供の前提となる法律やガイドラインなどの思想に合致しているかどうかの審査も併せて重要になる。悪意はないが理念や主張が異なるサービス提供者が現れてしまうとガバナンスが効かなくなってくる側面がある。しかしその境界線を定義する作業はとても困難な作業になる可能性があり、これらの管理・審査・認定に係るプロセスこそ、十分にオープンで民主主義的なプロセスを踏む必要があるのではないだろうか。

GaaSのテスト環境

フランスの政治哲学者であるトクヴィルは、民主主義の重要な要素として「アソシエーション(結社)」という主体的自治を行うコミュニティを定義している。

現在の日本においてアソシエーションとはどのような存在であるかは、議論はそれぞれあるだろうが、少なくとも社会保障の文脈において、少しでも地域社会を良くしようと考える個人・団体が自由に公共サービスを設計できる環境が重要である。

GaaSを構築・運用する際は、様々な公共サービスの可能性を模索するために自由に実験ができるテスト環境を提供することによって、これまで以上に公共サービスの担い手が新規参入できる土台を作ることが必要ではないだろうか。

GaaSのセキュリティをどう考えるか

GaaSをより多くの利用者に対してオープンに利用できる状況を作るためには、セキュリティの担保もとても重要であるし、外国からのアクセスや攻撃も十分に考えられる基盤のため、GaaSおよび接続されるシステムやアプリケーションなどのバリューチェーン全体を通じてセキュリティ対策を講じることが必要になる。

しかし、サイバーセキュリティ対策はイタチごっこの側面もあり、100%完全に守り続けることは難しいという前提に立つことが重要である。

仮にこのGaaS基盤に対しての不正アクセスや、災害などによるGaaS基盤のシステムダウンが発生した場合でも、非同期的に社会保障サービス全体が動作し、現場のサービス運用においては何ら問題がない。という状態を目指すことが重要ではないか。(具体的にどのように実現するかは全くイメージはないが)

また、システムがダウンしてもそれに対応する組織が動き続けているという状態が保てれば、公共サービス全体が機能しなくなるという状態は避ける余地が出てくる。GaaSを設計・運用する際、システムの存在が必須条件となるような社会システム設計とするよりは、システムと表裏となる組織設計を合わせて運用設計を行なっていくことが重要であると考える。

インスピレーション

今回のGaaSに関して、以下の「実験の民主主義」や「良き統治」をベースにどのように今の日本の民主主義を変容できるのか?これから民主主義が向かう先はどのような方向性なのか?という思想をベースにして検討を行った。

書中にある、プラグマティズムの実験的考え方や、トクヴィルによって語られる「アソシエーション(結社)」がどのように自治を行うかについては、GaaSを誰しもが利用でき、それぞれの価値観ごとによって異なる公共サービスが展開され、住民は任意の公共サービスを自身で選択できるようになる。という未来を想定したとき、GaaSを活用して民間企業、自治体、NPOもしくは個人が自由にアプリケーションを作り社会保障を支える構造を作り出すことが出来るのではないかと考える。

また、ピエール・ロザンヴァロンの「良き統治」の中で説明されている、立法権よりも執行権の方が重要であり、承認の民主主義よりも行使の民主主義の方が現代社会においてはより重要な役割を担っているという指摘も、GaaSの運用面を考える際にとても重要な概念になり得る。

行政府がどのような社会保障政策を行い、実際に住民・国民向けの社会保障サービスを設計するのかについては、あまりオープンに検討されている現状はない。

GaaSをベースにして、行政府および地方自治体や公共団体が、どのように制度設計を行なって、どのように公共サービス提供を行うかについては、オープンに議論を行い、より多様な価値観を持つ公共サービスやアプリケーション群が併存しうる環境を構築することが重要ではないか。そのためにもGaaSが社会基盤として、法令とリンクして存在することにはとても大きな意義があるのではないかと考えている。

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