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ひと夏の思い出 井戸掘りサマー

うっかりしていたら、小学校が夏休みに突入していた。

「あー、夏休みー!とかいう歌あったよねえ」と夫のイオくんに話しかけると、「それはtubeだね」とのことで、20年ぶりくらいに「あー夏休み〜」を歌ったけど、それ以外の歌詞は全然思い出せないし、歌ったくらいじゃ夏休みの巨大な空白はちっとも埋まらない。今年はオリンピックのせいで特に夏休みが長い。43日間もある。

私の小学校の頃の夏の思い出といえば、父の実家の福井に帰省し、思う存分従兄弟と遊び(時に喧嘩)、おばあちゃんや叔父たちとご飯をたべ、海で泳ぎ、縁側で本を読むことだった。しかし、いま我が家にはいわゆる「田舎」がない。わたしら夫婦の実家はそれぞれ千葉(市街地)と恵比寿。それぞれの場所におばあちゃんはいるけど、コロナだし、泊まりにいくことは歓迎されない。

というわけで、先週の4連休は山梨の小屋に行くことにした。
目的は井戸掘りである。
小屋がある敷地の一角に井戸を掘るのだ。

井戸って自分で掘れるのか?って思いますよね?うん、私もそう思う。だいたい私たちが住んでいるのは2021年で、1930年とかじゃないし。いや、1930年の人が井戸を掘っていたのかと聞かれると知らないな。あわててググって見たらこんな統計が出てきた。これによれば、日本で水道が普及したのは戦後・1950年台のようなので、うん、まあそんな感じだろう。

https://www.mhlw.go.jp/content/000705646.pdf

話は6月半ばに遡る。

ここにきて、3年にわたりセルフビルドで建てていた小屋がようやく完成に近づいてきた。もはやあまりハードな作業もなく、そこで、6月のわたしたちは焚き火をしたり、子供たちと花火をしたりして、のんびりと小屋ライフを楽しんでいた。

焚き火を見つめていると、ヒラクくんは「あとは水があれば全部インフラが揃うんだけど」と言い出した。確かに電力は太陽光パネルと蓄電池で賄っているし、トイレはコンポストだ。火をたけば米も肉も炊ける。あとは水さえあれば外からエネルギー源を供給されなくても何日かは過ごせる。つまりは、完全オフグリットを達成できる。

そこで出てきたのが「井戸を掘ろう!」というアイディアだった。
ヒラクくんは「人類に生まれたからには井戸を掘りたい」と言い、。Iくんは「おーやりたい!」とさっそく「井戸」DIYで検索すると、いるわ、いるわ。自力で井戸を掘るひとたち!
男3人は火を見て、酒を飲みながら、youtubeで井戸掘り動画を検索し、深夜3時まで「井戸」で盛り上がった(わたしは途中で寝た)。

かくして私たちは、なぜかマックス暑い7月に井戸掘りに出かけることになった。手にしているのは、ヤフオクで落としたDIYの「井戸掘りキット」である。tubeは、女の子に囁いたり、蚊帳に怪しくこもったり、別れて涙を流したりしているのに、わたしたちは井戸掘りである。

今回は面白い助っ人が参加してくれることになった。友人の息子・しゅんぺい(19歳)と娘・たまき(12歳)である。

しゅんぺいくんは浪人生で、予備校に通いながら美術系の大学を目指している。それを知ったイオくんが「どんな作品を見るよりも井戸を掘る経験のほうが大学受験に役に立つぞ」とめちゃくちゃ適当な誘い文句で、井戸掘りの戦力として十九歳のリクルートに成功。妹のたまきのほうは、それを聞きつけて「私も井戸を掘ってみたい」と自らの意思で参戦。普段はボルダリングをやっているので、垂直懸垂もなんなくこなす元気いっぱいの少女。これまたかなり戦力になりそうだ。ちなみにふたりの両親(大学時代の友人)は来ないらしいので、わたしは子供たちを預かるキャンプ主催者的な気持ちで望んだ。夜は小屋で雑魚寝だけど、ふたりは構わないという。

迎えた1日目。

ヒラクくんの「ここら辺に井戸があったらフォトジェニックだね」の一言で場所が決まる。午前中に草刈りを終え、午後さあ掘るぞ!という段階になり、すごいスコール。その後も雨が降ったり止んだりで、全く外で作業できるタイミングがない。夜になると雨は上がったので、みんなで小屋の敷地でたこ焼きなどを焼いて食べ、ビールを飲んですごす。友人・オッキーは三線をひき、キッズたちは花火をしたりし、翌日の井戸掘り本番に向けて気持ちをもりあげていった。しゅんぺいとたまきは体力が余っているようで、「早く掘りたい!」という気持ちのようだ。

翌朝は気温が高くなる前の朝6時から作業開始。ただこの日、ヒラクくんは朝から出張にて不在。イオくんと元気な兄妹、そして友人のオッキーの4人が井戸掘り組である。

わたしも始めるまでよく知らなかったのだが、井戸を掘るといっても穴を掘るわけではないらしい。めちゃくちゃ長いドリル(井戸掘りキット)のようなものを打ち込みながら、塩ビの太いパイプを埋め込んでいくという作業だ。ドリルはまあまあ簡単に地中に入っていくが、パイプは太いのでそうもいかず、これが本当にキツいようだ。

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「よいしょー!よいしょー!」というリズミカルなかけ声とともに打ち込まれるパイプ。巨大な金属のハンマーで全力でパイプを叩くが、一度にはほんの数ミリしか進まない。平均すると、六メートルで水が出るらしいが、これを六メートルを打ち込むのはかなりの重労働である。

おいおい、肝心の有緒、キミはいったい何しているのかと問われれば、はっきりいって何もしていない。私はぼやっと傍観しているだけだ。だって暑いんだもん。ここにいられるだけで自分を褒めたい。むしろ熱中症にならないことがわたしの貢献だとすら思った。

「よいしょー!よいしょー!」神輿のような声があがり、気分はもう祭りである。その間、小さな子供たちは小屋を占拠してよく壮大な「ごっこ遊び」を繰り広げていている。ごくたまに井戸の現場にきては、ドリルを回したりしていて、3人も立派な井戸掘りサマーを体験。もうこうなったら夏休みの自由研究にしたらどうだろうか。こんな研究している小学生はきっといないぞ!

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ドリルを引き抜くたびに「今回こそ水が出てくるかもしれない」というワクワク感があるが、毎回「あー、粘土層だ」「今回も違った」「出ないね」ということになり、「よしさらに掘り進めるぞ!」という展開が延々と待っている。

昼頃には、あまりの暑さにいったん近所の川に足をつけて涼む。そして午後には再び「よいしょー!よいしょー!」が繰り返される。

井戸掘り組はもう完膚なきまでヘトヘトである。夕方にはついにドリルは最大の六メートルまで伸び、最後のパイプも全て打ち込んだ。
「精も根も尽き果てた」(by オッキー)
という文章でしか見ないような言葉が飛び交ったがまだ水は出ない。そう、結局のところ水は出なかった。

イオくんは「ちゃんとダウジングから始めないといけなかったんだ」と反省し「絶対にもう一度トライする」という。しゅんぺいくんとたまきは「やりきったー、楽しかったー!!」と言い、まだ元気である様子。いやー、若い!ふたりはすばらしい戦力&ムードメイカーになり、本当にきてくれてありがたかった。

大人にとっても子供にとっても唯一無二な「井戸を掘りサマー」。まあ、楽しくて良かったね、夏休みだもんねと思う。楽しいことは続けられるから、もしかしたら次回もまた掘っているのかもしれない。

この小屋作りの様子はずっとスタジオジブリのフリーペーパーである「熱風」に連載してきた。もう小屋がほとんど完成しているので、30回近く続いてきた連載はあと2回で終わる。4年くらい書いてきたので終えるのは寂しいんだけれど、少しだけ嬉しい気持ちもある。それまでわたしは長い連載をしたことがなかったので、自分の中では紙媒体で連載をきちんと続け、完結できたことが嬉しい。

そういえば、編集部によると、この連載を読んでいる人から「DIYのわりに大した苦労をしていないように見える」という感想を頂いたそうだ。そう言われてみればそうかもしれない。実際あまり「苦労」らしい「苦労」は思い出せない。間違えて材料を切って無駄にしてしまったとか、道具が壊れたとか、窓の作り方がわからない、コンポストトイレってなんだろう、みたいなとても細かいトライアンドエラーはあった。いや、そんなことの連続だった。でもその小さな失敗や発見の全ては自分のものとして吸収され、私たちはどんどんスキルアップしていったし、後になればなるほど「手伝いたい」という人が続々と現れ、「苦労」らしい「苦労」が少なくなっていったのは本当だ。

それでも振り返ると小屋を自力で作るのは決して簡単ではなかった。何が大変といえば、続けていくことだ。天気が悪い日や仕事が忙しい時、ああ、もうなんで小屋作りなんてはじめちゃったんだろう、と思う日もけっこうあった。そんなとき支えになってきたのは友人たちである。小屋を作っていなかったら会えなかった大勢の仲間たち。最後の回にはそのことも書こうと思う。

さて、残り2回、書くぞ!

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かわいい井戸掘り兄妹↑



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