【276日目】What's the おmatter?


June 19 2012, 6:58 AM by gowagowagorio

11月2日(水)

いよいよ、育休最終日まで秒読み段階を迎えた。本来なら明日で会社規定の育児休業は満了となる。「対象となる子の1歳の誕生日前日まで」というのがその規定だ。

あのミノリが、もう1歳とは。

最近は贅沢にも「もう少し成長したら楽になるのになあ」などと思う事もしばしばだが、僕がここへ来た日を思うと、随分と人間らしくなったものだ。食事などはもう、家族とメニューを分ける必要もないのではないかと思う。

ミノリが何でも食べられるようになってきたから、というよりは、むしろ、皆と一緒のメニューを食べさせないとうるさくてかなわないというのが正直な所である。

ナツモも、疲れてさえいなければ、概ね良い子で過ごせるようになったのではないだろうか。善悪の分別はつくし、バイオリンの練習もまじめに取り組むようになった。

あとは、探し物(例えばハサミとか、糊とか)を自分で探す、いや、そもそも使い終わったら決まった場所に片付けようと努力するようになればいいのだが、それはアキコを見ている限り望めそうもない。なにせナツモが毎日「ハサミどこー?」と喚く姿は、アキコが毎朝「電話どこー?」と騒ぐ姿にソックリなのである。

−−

アキコは今日、割と早い、19時過ぎに帰宅したと思いきや、19時半からはテレカンがあるという。

しかしナツモは早く帰って来たアキコと遊びたがって、袖を引っ張る。

「いっしょにあそぼー、こっちきてー」

袖を引かれたアキコは、突然僕に話を振ってきた。

「おとうちゃん、ビール買ってくれば?自転車で、ぴゅっと」

そして、返す刀でナツモに尋ねる。

「もっちゃんも一緒に行って来る?」

確かに、ビールのストックは切れている。

しかし、本当の狙いは、テレカンを邪魔されないよう、僕にナツモを連れ出させる事だろう。

もちろんナツモは「いくー」と言う。普段外出など許されないこの時間帯に、外へ行っていいと言われたのだからきっとワクワクしているに違いない。

僕にも特に異論はない。今日はナツモが家の中で遊びたがったため外出しそびれて退屈していたし、ナツモを後ろに乗せた自転車に乗れる機会も、今後しばらくはないだろう。

タングリンモールでタイガービールを1パックと、冷えたクリスタルタイガービールを2本、そしてナツモのためにヤクルトを買うと、さっさと自転車に戻るつもりだった。

しかし、カフェ・ブルネッティの前でふと、足が止まってしまった。入り口付近で通行人にアピールしているジェラートが強烈な引力を発している。

「あのね、もっちゃんはちょこれーとがいい」

ショーケースの前で立ち止まった父親の視線の先を目ざとく確認したナツモが、まだ僕が何も言わないうちから宣言した。

僕はチーズケーキのジェラートと、そしてナツモの希望通りチョコレートのジェラートを購入すると、ナツモを急がせた。

「これマミーに持って帰るから急ぐよ!もっちゃんこの二つ持って自転車乗れる?」

「うん」

本当はジェラート二つを持ったまま自転車に乗れるかどうか、半信半疑だったのだろうが、ナツモは頷いた。

しかし、ここは南国、熱帯雨林気候のシンガポールである。自転車置き場へ出た瞬間、ナツモが素っ頓狂な声を上げた。

「おとうちゃーん!おててがどろどろになっちゃったー!ここでたべよーよーよー!」

ナツモの悲鳴に振り返ると、ナツモに持たせたベルギーチョコレートジェラートは滝のように流れ出し、ナツモの手を汚していた。

その惨状を見て、僕はアキコへの土産を諦めた。

「よし、戻ろう!店に戻って食べよう!」

ブルネッティの店内に腰を落ち着けると、口の周りにドロボー髭のようにチョコレートをくっつけながら一心不乱にジェラートを舐めているナツモに言い含める。

「マミーには内緒だよ。アイス食べたの」

「なんで?」

「・・・だって、マミーだけアイス食べなかったら、怒るでしょ」

「・・・」

「だから、帰ったらマミーがお仕事してる間に、おフロにぴゅって入っちゃって、口の周りも洗わなきゃ」

証拠隠滅を図ろうとする僕に対し、ここでナツモが静かに口を開いた。

「おとうちゃん、まみーにあいすもってかえろうとしたけど、とけちゃったからたべちゃって、ごめんね、って、いおう」

「えっ・・・?」

僕は唖然とした。なんなんだ、その純粋で真っすぐな目は。いつからオマエはそんな聖人君子になったと言うのだ。

僕は急に、自分が何だかとても卑しい人間に思えて来た。

「ごめんねー、っていえば、だいじょうぶだよ」

「・・・そう?」

「うん」

「・・・そうだねえ、嘘は良くないよね」

「うん、だからもっちゃんがいうね、ごめんねーって」

ナツモの目は、見た事もないような正義感に溢れていた。

しかし、いざ帰宅して玄関でサンダルを脱いでいる時、再びナツモがおもむろに口を開いた。

「おとうちゃん、」

「ん?」

「おとうちゃんがいってね、まみーに、ごめんねって。もっちゃん、さっきのいいかたわすれちゃったから」

「・・・」

言い方を忘れたって・・・

言い出しっぺは自分のくせに、いざというとき一番負担ののかかる役目は他人に押し付ける、まるでいけすかない上司のようである。

家に入ると、案の定アキコはテレカンの真っ最中らしくスタディルームに籠っていた。

僕がリビングのソファに腰を下ろすと、それを咎めるようにナツモが話しかけてきた。

「まみーがおしごとのときに、ぜんぶやっちゃおうね、みっつとも。おふろと、は(歯)あらうのと、おしっこ。おふろと、はあらうのがいちばん、だいじだからね。そしたら、まみーにごめんなさいいおうね」

・・・なんだなんだ、どうしたんだ今日は。

先ほどから正論を振りかざすナツモに翻弄されっぱなしである。

言う事がなんだか大人っぽくなってきやがったな、でも、これまでうるさく言い聞かせてきた事がようやく身に付き始めたと言う事かも知れない。だとしたら喜ばしい事だ、と思っていると、バスルームで裸になったナツモが突然叫んだ。

「わあ、くしゃい!」

そして笑いながら自分の指を僕の鼻先に突き出して来る。その指を嗅げ、と言う事だろう。

「うわ、くしゃい!」

その指は確かに、ぷーん、と臭かった。

「もっちゃん、どうしたの?その指」

「ひひひひ、もっちゃんのおまたさわったんだよー、もっちゃんのおまたくしゃいんだよー、ひひひ」

「なにしてんのーまったく、ちゃんと洗わないと」

ナツモを諭しながら僕も思わず笑ってしまった。

大人びた正義感を見せたかと思えば、次の瞬間には子供らしく下ネタで笑う。4歳児は皆同じようなものなのかも知れないが、この予測不能さ加減は下手な映画より面白い。

それにしても・・・

ナツモがこれほどまで下ネタ好きになってしまったのもまた、親の責任なのだろうか。

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