【18日目】スジものエスパー


February 25 2011, 7:14 AM by gowagowagorio

2月17日(木)

そろそろ家メシにも飽きて来た今日この頃。
散歩がてらノヴィーナにあるアキコのオフィスまでブラブラ出向き、昼飯を共にしようと計画する。いくら暑いシンガポールと言えども、働く人々は皆ビジネスアクセプタブルなファッションだ。そんな環境の中、オフィスのロビーで待つTシャツ短パンの193cm。ランチタイムともあって、オフィスのエレベーターから続々と吐き出されてくる人の波。そのほとんどすべての人々が僕に無遠慮な視線を投げかけてくる。イヤな目立ち方である。ヒモってこんな感じかもと思わなくもないが、まあ、気にするのはやめておこう。

ランチはオフィスのそばの飲茶。熱々のショウロンポーの皮を前歯で破った瞬間である。絶妙な口径、角度で空いた皮の穴から摂氏90℃のスープが、正確に僕の左の鼻の穴を射抜く。悶絶する僕。確か中世にはこんな拷問方法があったとかなかったとか。刺すような激痛が鎮まり、鼻の穴全体にじんじんと痺れるような痛みが広がりだしたとき、とある異変に気づく。普段から通りの悪い僕の鼻だが、なぜか左側だけ壮快なほど空気が通るではないか。これはまさか、ショウロンポーのスープによって鼻の粘膜が焼けたのだろうか?花粉症がひどい人にそんなオペが施されるという噂を聞いたことがある。もしそうだとしたら、まさにケガの功名である。意気揚々ならぬ、息揚々と帰宅する。

夕刻、学校から戻ったナツモを恐る恐るコンドのプールへ誘う。昨日あれだけ怒鳴ったので、今日はオレと遊ぶ事はないかなとタカを括っていたが意外にも「うん、いくよ!」と快諾するナツモ。昨日の出来事を、まさに水に流して仲直りである。いつまでもこんな時間が続けばいいのにと思ってみたが、赤道直下のシンガポールと言えども、夕方吹く強い風は乾いていて冷たい。ほどなく寒さに耐えられなくなり、そそくさと帰宅し、二人して風呂で温まる。身も心もほぐれ、いつもはナツモが嫌がる洗髪もつつがなくこなし、和やかな気分に包まれ、風呂でも二人でふざけ合う。バスルームにこだまする二人の嬌声。いい時間だ。こんな時を過ごすために僕は育休を取ったんだ。そんな充実感に包まれる。

そして、ふと笑い声が途切れた、その時である。風呂の中でナツモが自分の手元に視線を落としながら静かに口を開いた。

「あのさあ、もっちゃんさんざんわるいことしてきたからさー、 もういいこになるよ」

・・・これでは惜しまれつつ足を洗う名のあるスジ者である。どこでそんなセリフを覚えたというのか。

ともかく風呂から上がった二人、今日はアキコが仕事で遅くなるとのことだったので、先に夕食を取る。すると、黙々と白身魚の甘酢あんかけの身をほぐしていたナツモが言う。

「あ。いまなんかおときこえたねー。マミーのあるくおと」

・・・聞こえたねって、ここは5階だよ。なんだかんだ言って、やっぱり母親が恋しくてたまらないんだな。かわいい子供の戯れ言に心を和ませる。「そっかーはやく帰って来て欲しいんだよな」と、軽く受け流す僕のコトバには耳を貸さず「いまえれべーたーうごいてるねー」と続けるナツモ。子供の想像力はなんとたくましいものなのか。感動すら覚えた、その刹那。

ビビー!

「うわっ」

呼び鈴の音が響き渡る。
あまりのタイミングに椅子から腰を浮かし狼狽える僕。恐る恐るインターホンのカメラで相手を確認する。そこに映っていたのは、信じたくはないが紛れもなくアキコである。うっすらと背筋が寒くなる。アキコに応答するのも忘れて背後を振り返ると、ナツモはインターホンには目もくれず、飄々と白身魚をつついている。その姿は何処からどう見ても他愛無い三歳児そのものだ。

しかし・・・

驚愕の視線を我が娘に注ぐ僕。額には汗が滲んでいる。ナツモよ、オマエ、実はとんでもない力を隠し持っているのではないか? 

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