【275日目】なめキッス


June 17 2012, 3:15 AM by gowagowagorio

11月1日(火)

8時過ぎ。

それはいつも通りの朝で、学校に行くナツモと会社に行くアキコ、そしてスタバで油を売りに行く僕の三人を、玄関先でエリサと、エリサに抱かれたミノリが見送るという場面だった。

いつもはエレベーターの扉が開いてから、エリサに「バイバーイ」と促され、ミノリが手を振るのが通例だ。

ところが、今日は何故か、エレベーターが到着する前から、エリサがミノリに何やら催促している。

「ムニー、ほら!あれは?あれ。んーまっ」

一体、何が始まるのだ?

エリサが口を一生懸命に尖らせている。その様子を不思議に思いながら眺めていると、突然ミノリが、バイバイしていた自分の掌をベロベロと舐め始めた。そして、その舐めた掌を勢い良く僕らに向けた。アキコと僕はぽかんと呆気にとられてその様子を眺めていたのだが、エリサは誇らしげな表情を浮かべている。

これは・・・

「ムニーに投げキッスを教えてるの」

投げキッス?・・・確かに、言われてみればそう見えなくもないが、今のミノリの動きは、どう見ても顔を洗う猫である。

「ムニー、投げキッスしてるの?」

アキコが問いかけると、それを意識してかは分からないが、ミノリは再び嬉しそうに掌をべろべろ舐め、やはり勢い良くその掌を突き出した。何だか芸を仕込まれ途中の犬のようである。

わざわざそんなことをさせようとするあたり、エリサはミノリのコントロールに絶対的な自信を持っているようだ。

そう言えばミノリは既にエリサの事を「イサ、イサ」と呼んでいるらしい。僕の事などはまだ、おとうちゃんの「お」すら出て来る気配もないと言うのに。やはり一緒に過ごす時間の「濃さ」が、その差に出ているのだろうか。

犬のようと言えば、最近ミノリはエルゴの抱っこヒモを自ら僕の所へ運んでくると、目をキラキラさせて僕を見上げながら「ん?」という顔で微笑みかけてくる。それこそ、リードを咥えてきて飼い主に散歩をせがむ犬のように。

やれやれ、そんな顔をされたら外へ連れて行かざるを得ないじゃないか。と、僕は重い腰を上げる・・・と言っても、せいぜい階下の公園なのだけれども。

−−

夕食時。いつもながらナツモが唐突な話を始めた。

「おとうちゃん」

「ん?」

「もっちゃんのすきなおやさい、しってる?」

はて。ナツモが好きな野菜なんて、味噌汁に入っているホウレンソウぐらいなものだと思うが、わざわざそんな話題を振って来ると言う事は、最近何か食べられるようになったと言う事だろうか。

だとしたら喜ばしいから、この話には乗っかってやらねばなるまい。

「んー、なんだろう?」

「あててごらん。くいずだよ」

「そうだねー、ホウレンソウ?」

「ぶぶー、ちがうよ」

「んー、なんだろう?」

僕が答えあぐねていると、ナツモからヒントが出た。

「『お』からはじまるよー、おいもとおんなじかんじの」

「お?お・・・お・・・」

おが付く野菜なんかあったか?オリーブ?いやいや、そんなもの、ナツモは名前すら知らないだろう。いや、待てよ。「おいも」と同じ感じと言っていたから、丁寧語のおが付くと言う事か?だとすると、極端な話、すべての野菜が対象になってしまう。

おニンジン、おキャベツ、おキュウリ、おトマト、おダイコン・・・そうか、

「ダイコン?」

「ぶぶー」

「うーん、難しいねー」

「わかる?」

「わかんないなあ」

「おしえてあげよっか?」

「うん、教えてよ。もっちゃんの好きなお野菜ってなに?」

「おにく!」

「・・・」

いくら考えても分かるはずがない訳である。

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