【272日目】北風と太陽


June 7 2012, 7:58 AM by gowagowagorio

10月29日(土)

入浴後の事。アキコが、またもやミノリの背中に赤い発疹をアキコが発見した。

「これ、やっぱりそうかなあ」

アキコに促されミノリの背中を覗き込む。

すると、確かにこないだの発疹よりもより黒ずんでおり、盛り上がりも大きい発疹が3、4個。もう少しすると水疱になりそうな雰囲気を醸し出している。それ以外にも、まだ赤い斑点状態のものも含めると、背中一面に発疹が広がっている。

依然として通常の潜伏期間から考えるとちと発症が早いが、個人差を考えればあり得ない話ではない。

水疱瘡は発症から48時間以内に特効薬を服用すれば症状が軽くて済むと聞いた。念のため病院へ連れて行く事にしよう。違ったら違ったでいい。明日は病院が休診日だ。もし本当に水疱瘡だった場合、月曜日まで待っていると48時間を超えてしまう。

ところが。

スギノファミリークリニックでミノリの背中をめくったときには、背中一面に見えていたはずの発疹が、ほとんど消えていた。本当に盛り上がった発疹だけが数個、辛うじて残っているだけである。

これはなんのイタズラだ?

親を翻弄させるのが好きなミノリである。自ら「なんちゃって!」と言って引っ込めたんじゃないか?

そう疑いたくもなる。

これは勇み足だったか、と焦りつつドクタースギノに言い訳する。

「あの、家ではもっとたくさん発疹が・・・」

しかしドクタースギノは、したり顔で頷きつつ宣言した。

「これはチキンポックスよ。ハンドレットパーセント」

・・・ほんとに?

ミノリの背中はけっこう奇麗なもので、そう言われてもまだ半信半疑だが、先生が言うんだから、間違いないのだろう。

とりあえず、お目当ての特効薬を貰って帰る。当然ながら、今の所ミノリはいたって元気そうだが、せっかく貰ってきたので、特効薬を与える。ナツモ曰く「あままずい」薬も、ミノリにかかれば「もっとくれくれ」と言わんばかりの飲みっぷりである。

さて、今日はこの半年通ったキックボクシングの、いよいよ最後の練習だ。最後だから、もちろん気合いは入っている。しかし、明日はTさん達とマレーシア方面にこれまた最後のサーフトリップへ行く予定となっているから、ムチャはしたくない。怪我をしないことが最優先である。まあ、いつも通り無難にこなせば問題ないはずだ。

ところが。

今日に限って、何故か、珍しく蹴り技のトレーニングなのである。これまでパンチの練習ばかりで、キックなどほとんどなかったと言うのに。

なおかつ、今日に限って、いつもとは違うコーチ(僕と同じぐらい身長があり、体重は100kgぐらいある)が、僕の蹴りに目をつける。

「違う違う、もっとスナップを利かせるんだ、いいか?構えて」

わかった。わかったから俺で実践しないでくれ、頼む・・・

イヤな予感がした瞬間、巨漢コーチは「こうだ!」と言うや否や、(僕にとっては)手加減のない蹴りを僕の脹ら脛に叩き込んだ。

蹴られた脚に体重を乗せると鈍い痛みが走る。これは、軽い肉離れっぽい。まさかの負傷である。とりあえず大事には至って居ないが、サーフィンの動きに影響が出そうではある。どうしてくれるのだ。

とはいえ、最後のスパーリングはいつも以上に力を入れ、やりきった。顔見知りになった生徒数人に日本に戻る旨を伝え、Facebookのアカウントなどを交換しつつ、お世話になったカリマジャパヒットの道場を後にする。

−−

夕方。

今日はUEスクウェアの牛角で夕食を食べようということになった。ナツモは、牛角に大好きなカルピスウォーターを持ち込むと言って聞かない。自らカルピスウォーターを冷蔵庫から引っ張り出し、それをダイニングテーブルに置いてスタンバイしている。ちょっとした弾みで、ナツモがそのカルピスウォーターをテーブルから落とした。

「・・・おとうちゃん、ひろってよ」

声をかけられた僕はリビングのソファに座っている。僕より、明らかにナツモの方がカルピスウォーターに近い。というか、自分が落としたのだから自分で拾えよという話である。

「もっちゃん落としたんだから、もっちゃんが拾いなよ。一番近いじゃん」

「ヤダ」

「・・・なんでだよ。おかしいだろ」

「おとうちゃんがひろって!」

「・・・今度は拾ってあげるから、今はもっちゃんが拾いな」

「こんどもっちゃんがひろってあげるから、いまはおとうちゃんひろって!」

コイツ・・・と絶句していると、我々のやり取りを見兼ねたアキコが口を挟んだ。

「もっちゃん拾いなさい」

「ヤダ」

アキコが咎めても状況は変わらない。

ナツモ、僕、アキコのトライアングルの中心で、誰も拾ってくれないカルピスウォーターのペットボトルが寂しげに転がっている。一体全体、なぜこんな状況で揉める事になるのか、まったく訳が分からない。

と、アキコが機転を利かせた。

「じゃあ、最初に拾った人が、全部飲んでいい事にしよう!よーいどん!」

僕も瞬間的にそのアイデアに乗っかり、腰をソファから浮かせる。するとどうだろう、磁石でくっついたように椅子から離れなかったナツモが、シャカシャカとカルピスウォーターのペットボトルに駆け寄り、「いひひひひ」とニヤつきながらそれを拾い上げた。

「いえーい!」

カルピスウォーターを掲げて小躍りするナツモ。アホである。北風と太陽の話を地でいくアホである。

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