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アスレティックトレーナーの仕事領域。

アスレティックトレーナー(ATC)とはどんな役割を担っているのかを5つの仕事領域 (以前は6つ)と共に紹介したいと思います。 私の軸となる部分を知ってもらえると今後の記事を読みやすいのかなと思い、書かせていただきます。記事を書くにあたって『ジャパン・アスレティックトレーナーズ機構(JATO)』のホームページを参考にさせて頂きました。記事の最後にホームページのリンクを載せておくので、そちらの方も読んでいただけるとATCの役割、必要性をより知っていただけるのかなと思います。こんな職業があるんだなと少しでも理解を深めてもらえれば嬉しいです。少し前置きが長くなってしまいましたが、さっそく5つの領域を紹介していきたいと思います。


1. Injury and illness prevention and wellness promotion

傷害・疾病の予防と健康の保護 

2. Examination, assessment and diagnosis

臨床評価と診断 

3. Immediate and emergency care

応急処置と救急処置

4. Therapeutic intervention

治療的介入

5. Health care administration and professional responsibility

健康管理と職務上の責任


1. 傷害・疾病の予防と健康の保護

外傷の予防と言ってパッと思い浮かぶのは、ヘルメットなどの防具の装着ではないでしょうか。競技により防具装着にはルールがあるので、アスレティックトレーナーはそのルールを把握し、適切な装着方法のアドバイスを行います。他にはテーピングやパッド、装具の使用も有効な予防法として挙げられます。それらを機能解剖学やバイオメカニクスなどを考慮して、アスリートに提供しています。

野球選手に対して肩のストレッチやエクササイズは障害予防に有効です。特に球数を多く投げたピッチャーは試合後に肩の可動域が一時的に減少すると言われています。その制限によりバランスが崩れ、肩の不安定な状態を引き起こします。そうした状態で投げ続ければ、肩や肘に負担がかかり障害が起こります。シーズン前、中、後の肩の可動域チェックも障害予防にとても有効です。アスレティックトレーナーは普段から選手の状況を把握し、選手の変化を敏感に察知し、障害を未然に予防する役割を担っています。

スポーツは移動が多いため標高や時差、気候の変化に気をつけ、適切なアドバイスをすることも役割の一部です。気温や湿度が高い状況下では、熱中症対策の為の指導も行います。スポーツの特異的な傷害の知識に加えて、内科的な知識も疾病の予防と健康保護のために必要とされます。

2. 臨床評価と診断 

まず外傷・障害を認知・評価するに当たって、人の体の仕組みや機能を知っておく必要があります。そしてスポーツの特異性や怪我の起こるメカニズム、既往歴の把握なども重要なポイントです。基本的な評価の流れは問診、視診、触診、整形外科的検査の順で行います。

怪我を完璧に予防することは出来ません。もしも怪我が起こった場合、アスレティックトレーナーはその場で怪我の評価を行います。怪我の度合いを見極め、プレー続行可能かの判断を行います。その後の評価や経過次第では、医師の元で詳しく検査を行うかどうかを決定します。

ここでの認知や評価は現場での救急処置、その後の治療やリハビリプランを立てるにあたりとても重要な領域であると共に、それぞれの領域は密接に結びついています。

3. 応急処置と救急処置

スポーツ現場は常に何が起こるか分かりません。緊急を要する問題が起これば救急車を呼びます。骨折の疑いがある場合は固定を行い、出血がある場合は止血を行います。近年、脳震盪になった選手の話がニュースになっているのを見かけます。この脳震盪に現場で対応するのもアスレティックトレーナーの重要な役割です。野球の現場ではボールやバットが頭に当たった場合、スライディングやダイビングキャッチなどでも脳震盪は起きます。適切な処置により最悪の事態を防ぎます。緊急時のマニュアル作成やAED(自動体外式除細動器)を使い、その訓練を行うことも役割の一つです。

MLBの試合では必ず救急救命士がスタジアムに待機しています。チームドクター、アスレティックトレーナー、そして救急救命士の連携はこの緊急事態の処置にとても重要です。スポーツ現場の緊急事態 (生命に関わる事故) において、アスレティックトレーナーが "第一応答者" になることがほとんどです。その為の準備、リハーサルをしておかなければなりません。

4. 治療的介入

この領域ではATCとしては様々な知識が必要となります。物理療法、徒手療法、運動療法の知識はもちろん、これらが体に及ぼす影響、治癒過程の把握などの理解も必要となってきます。10年ほど前から話題になっている『アイシングは効果的なのか?』などの議論に科学的根拠や経験を交え、選手にとって何がベストな治療、リハビリ、コンディショニングかを日々考えながら提供しています。

メジャーリーグの球団にはリハビリコーディネーターと呼ばれる職業の方がいます。そういった方はATCと理学療法士の両方の資格を保持している場合が多いです。手術後の選手は主に彼らの指示の元でリハビリを行います。チームドクターにリハビリの経過を報告しながら、上手くコミュニケーションを取り、復帰までのプランを立てます。このリハビリの最終過程には投球プログラムや打撃プログラムと言って、実戦復帰に向けて段階的に強度を上げていくプログラムも含まれます。これは安全で尚かつ、100%に近いパフォーマンスで競技復帰させるために効果的です。

マイナーの各チームではATCが主に治療やリコンディショニングを行います。先ほど述べましたが、手術が必要な選手や長期離脱の可能性がある選手は球団のリハビリ施設に送られチームドクター、リハビリコーディネーターの元でリハビリを行います。軽い太ももの肉離れや張り、軽い肘や肩の炎症が起こった場合はそのままチームに残り、リハビリを行います。この場合、3週間以内に復帰可能な場合がほとんどです。

リコンディショニングに関してはストレングスコーチと協力して行います。試合前後のストレッチや軽い運動、パフォーマンス維持の筋力トレーニング、栄養面のアドバイスや心理的なストレスを抱えたアスリートの相談に乗ることもコンディションを整える上で大切になってきます。MLBの球団では選手のコンディションを保つために日本の鍼灸師やあん摩マッサージ指圧師を雇っている球団もあります。マイナーリーグの各チームはATCが基本的に一人でこれらの役割を担っています。

5. 健康管理と職務上の責任

スポーツ現場に置いて効率的で且つ安全にスポーツを行ってもらうべく、基本方針やそれを実施する手順をマニュアル化して管理することもアスレティックトレーナーの重要な役割です。

選手の日々のリハビリの記録や個人情報の管理も行います。すべてのMLBチームで統一の個人情報管理システムを導入しています。移籍の多いメジャーリーグではこのウェブ管理システムにより、過去の怪我などの情報を把握することも可能です。このシステムで怪我の情報やリハビリの経過をメジャー、マイナーで働くすべての同じ組織内のATCと共有しています。これにより上のカテゴリーに選手が昇格しても、そこで情報を確認でき、安全で円滑に選手を受け入れる体制が整っています。他にもこの管理という面では処方箋なしで購入できる医薬品やその他の医療品の管理、リハビリ器具のメンテナンスや施設のレイアウトを考えるのもATCの役割です。

アスレティックトレーナーはスポーツ医療チームの一員でもあります。医師、その他の医療専門家、スポーツ管理者、コーチ、保護者と上手くコミュニケーションを取りながら働くことは非常に重要なことです。それぞれの分野のスペシャリストと上手くコミュニケーションを取りながら、より安全なスポーツ現場を提供することを目指しています。お互いの役割を理解し尊重し合うことが重要となってきます。

米国ではATCは医療従事者とされており、州の法律により働ける範囲が決まっています。私の住んでいたネバダ州では医師の管理のもとでしか働くことは出来ません。加えてマッサージなどの徒手療法にも制限がありました。これらの法律のもとで働くことはアメリカではとても大切なことなのです。自分たちの働ける範囲を把握して、その中でベストなものを提供しています。

私たちはプロフェッショナルを育成する教育者、あるいはカウンセラーの役割があります。そのためアスレティックトレーナーは医学の進歩と共に、より安全なスポーツ現場を提供するため、知識やスキルの習得し続けることを義務づけられています。Evidence-Based Practiceといって、科学的根拠に基づいた実践を行いましょうという動きも活発になっています。情報のアップデート、資格維持のために継続教育単位を取ることが義務づけられています。

以上。

これらが主なアスレティックトレーナーの5つの仕事領域です。

個人的にアスレティックトレーナーの仕事として、特に優れている領域は ”予防”と”救急処置”の二つだと思います。スポーツ現場でこれらの領域は他の医療従事者にはあまり見られない特徴です。

アスリートと長い時間を共にしているので精神的な変化にも気づくことが出来き、精神的な疾患を未然に防ぐことも可能です。現場での適切な判断と処置、そしてアスリートが健康で安全にスポーツが出来る環境を提供する役割を担っています。全く知らなかった方は”アスレティックトレーナー”という言葉だけでも、覚えて下されば幸いです。知っていたよという方、そして同じスポーツ分野に携わっている方には、より詳しく知っていただけたらなと思い書かせて頂きました。スポーツの発展にはそれぞれの分野のスペシャリストの理解と協力が不可欠です。各々が協力し合うことにより、スポーツを取り巻く環境がより良いものになることを願っています。

最後に

アスレティックトレーナーの職業の発展や歴史について詳しく知りたい方は “Far Beyond the Shoe Box: Fifty Years of the National Athletic Trainers' Association" を一読されてください。

では。

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