不登校、大学に行く そのいち 通信制高校への転入

こんにちは、みづきです。

プロフィールにもちらっと書いたのですが、私は高校時代に一年くらい不登校をやりました。

そこから大学に進学したのですが、今回はそのことを描いてみようと思います。

前半ちょっと暗いかもです。苦手な人は退避退避!


不登校のきっかけ……とにかく腹が痛い

きっかけは猛烈な腹痛でした。あとだるーい頭痛。

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私はもともとストレスと胃腸が直結してるんでないかと思うくらい、何かあるとお腹を下します。

思春期まっさかりにトイレに何回も行ったり、授業中先生に「トイレに行きたいです」と言うのもなかなかに辛いものがあり、

結局耐えるのですが、そうなるともう授業どころではないです。


高校卒業後、片付けのために当時のノートを見たのですが、酷いものでした。

字が震えまくっていて、不ぞろいのうえほとんど読めないのです。

ノートをとろうとする努力だけはうかがえますが、受けてる科目がかろうじてわかる程度。


私は中学生まで習字をやっていたので、字が綺麗だといわれるのがささやかな自慢なのですが、まったく形無しです。


私は中学から学校という場が嫌でした。

なにかというとからかわれる自分が嫌でした。

中学時代、私は学年全体にあだ名が知られるほどにからかいの対象でした。


負けたと思われたくない、それだけで学校に行き続けました。


孤立していたわけでなく、大好きな友人が何人もいたので、耐えることができました。

からかっている側は私が負けようが何しようがすぐに忘れるだろうに。

私はすぐに逃げ出すべきでした。


生来の負けず嫌いをここで発揮したばかりに、私はせっかく第一志望で合格した高校で不登校になるのです。


私は中学をなんとか卒業しましたが、高校でそのからかいがフラッシュバックするようになりました。

授業を受けているとき。友人と話しているとき。廊下を歩いているとき。

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なんでもないときにそれは現れて、私はその度にのどがぎゅっと締まるようでした。

「もうこれ以上は無理だと思ったら、しのう」

そんな思いで学校に行き続けました。


これ以上は、無理だ

そんな状態が長く続くはずもありません。


元々私は人より疲れやすく疲れがとれにくいライフ最小値体質で、さらにストレスマッハの状態です。

どんどん思い詰めていき、勉強も自分を追い込むためにやっているようなありさまでした。


そして、

「これ以上は、無理だ」

という日が、ついにやってきました。


学校に行きたくない。

行きたくない。

いきたくない。

生きたくない。

ああ、でも、

しにたくもない。

しねない。


私はパニックになりました。

これ以上は無理だと思ったら、しのうと、それを支えに学校に行っていたのに、自分がしねないことに気づいたのです。

私のようすが明らかにおかしく、日々無理をして学校に行くのを見ていた母ちゃんが、そんなとき言いました。

「そこまでして学校に行って、何が得られるの?行くのやめなよ」

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……えっ。

いや、だって。

学校は…行かなきゃ……

あれ……???


ほんまやな!!!!!


ぶん殴られたような衝撃でした。

そうか、行きたくないなら行かなきゃいいじゃん。


こんな状態でもはや勉強できてないし。誰も強制してないし。


得るものないじゃん、まじで。


まぁ、そう言われても私はしばらくもはや意味のない負けず嫌い根性と自意識過剰によって学校に行き続け、

自分でとりあえず満足する区切りをつけて、

不登校になったのでした。


休学、そして通信制高校へ

その後休学届けを出し、少し経ってから私は通信制高校に転入しました。


多くの人が行く「全日制高校」とはちがい、普段はパソコンで授業のビデオをみて、スクーリングと呼ばれる登校日だけ学校で実際に授業を受けるスタイルの高校のことです。


登校日の日数は学校やコースによってちがいますが、私の時は年二回、一回につき七日間。一日十時間授業でした。最後のほうケツ痛かったなぁ…。


単位をとるのがものすごくゆるく、課題のなかからテストがそのまんま出されるようなところで、みんなオール5が普通でした。


自分を追い詰めて追い詰めて勉強していた私には、びっくりするゆるさでした。


転入するころには「ノートをとる」「勉強する」という行為自体がだいぶトラウマになっていたので、そのゆるさがとてもありがたかったです。


えーーー、こんなところあるん??

オール5なんてとったことないよ???


特に、ほぼ全ての球技でボールを頭部で受けてきたレベルの運動音痴である私が、体育で5をとったのは衝撃でした。

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「母ちゃん、体育5だって!!!」

「ぶっはwwwwwwまじかwwwwww」

いやまじでびっくり。

体育の授業出て座学のテストいい点だったら5。


クラスには下ネタ(というかモロ夜のほにゃららの話)を声高に話す女の子がいて、自分では下ネタにそんなに抵抗ないと思ってたらこれがもうすっごいえげつないやつで、また胃をやられたりもしたんですが。

知らない単語はここで知りました。胃痛を覚えながら。


意外と私って純情だったんだなぁ、とぎゅうぎゅうにくだす腹をおさえながらぼんやり他人事みたいに思ったのを覚えています。

なんとかここも卒業しました。

進路の確認の電話をのらりくらりとかわす日々


高校三年生になると、担任から「進路どうすんだ~」というこれまたゆるい電話がかかってくるようになりました。

しぬことはとりやめたものの、進級・卒業に必要な最低限の勉強しかせず、やりたいことも見いだせずにいた私は、「そんなんこっちが聞きたい」状態でした。


しかしこのときすでに12月。

ううんどうしよう。

働くにしても、ふつうに生活してるだけで体壊す貧弱なわたしが社会でやっていけるとは思えないし…。


んんんんん、と悩んでいるとき、部屋に母ちゃんが入ってきました。


母ちゃん「電話終わったの?」

私「うん」

母ちゃん「んで、働くの?進学すんの?」

私「こんな状態で働けないよ…。進学するにしたって受験用の勉強してないし…。」

母ちゃん「じゃあ、受験してみたら?」


ファッッッッ????!!!!!

母ちゃん「お試しで」


ホワッツ?????

母ちゃん「あんた塾にも行ったことないし、模試も学校のしか受けたことないし、

試験慣れしてないでしょ。一回受けてみたらわかるものもあるんじゃない?やっぱり進学したいとかさ」

私「…。そっか」

私「じゃあ、受けてみる」

こうして、私は大学を受験することにしたのです。


進学の意思がないなりに、なんとか気持ちを揺らせないかと思っていくつか大学のオープンキャンパスには行っていたので、そのなかでいちばん体験授業が面白かった私大文学部を受けることにしました。


一般入試で、受験科目は国語と英語。

国語はもともと得意だったのでけっこう出来たのですが、英語はサッパリわかりませんでした。

うん、でも…。


やっぱり、文学とか、古典とか、お話読んで、それについて考えたりするのは、好きだなぁ。

今ではもう勉強するだけでお腹痛いし、試験解いてる今も指が震えるけれど。

やっぱり、私は、勉強が好きなのかもしれない。

そんな心境の変化が起こりました。

あと一年、ちゃんと勉強して、ここに入学しよう。

少しだけ悩みが落ち着いて、少しだけすっきりして、帰路に就くことができました。

結果は…。

合格発表は見に行きませんでした。

結果はわかりきっているから。


そして、ある日のこと。

録画していたVS嵐を観ていたときのことでした。

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な、

な、

なんだってー!( ゚Д゚)

長くなるのでちょっと分割します!

今日はここまでで!

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やった!
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ブログ書いてます。アニメとゲームが好きなヲタク。 軟弱体質をどうにかしたい。
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