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母の手は白かった…

母の手は白かった。長い間病院のベッドにいると、肌はどんどん白く青い血管が透けて見える程。今までの苦労した年月の塵芥のようなものが皮膚から抜け出て、美しいものだけが体に残っていく、そんなふうに見えた。

化粧も何も施していない。髪も自然の色合いのグレー色。もちろん指輪もしていなければ、紅も差さず爪も肌の色。元気な頃の洒落た母とは別人である。しかし、なんて綺麗な人だったのだろうと穴が開くほど見てきた。筋皮の手の、しなやかな細長い指を触ってみた。何も飾らぬその人に、深く頭が下がるのだった。

一昔前の話。幼い子供を毎日寝かしつけた。夜の帷が降りる頃、小さな子供がいると、特別な夜の時間が始まるような気がしていた。寝かしつけるのがひと仕事、朝まで何回起きるのかなとか、毎夜、長い夜だった。

今日、母は車椅子からベッドに戻り、話をしながら少しの間眠りについた。病院の窓の外からは、風の轟音が聴こえていた。風の音を一緒に聴けることは幸せだなと思うと、不安を感じない音だった。母の寝顔を見ながら、昔は私が寝顔を見られながら、添い寝してもらったのだね、と感慨深いのだった。…
Arim

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