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okinawa/複層のOURS

先日のokinawa。
那覇空港におりたって、そのままタクシーで恩納村まで向かう。
運転手のオナガさんはしゃべり好きというわけではなかったが、
外の景色を見ながらきっかけさえあれば助手席の私にあれこれと話してくれた。
他愛ない会話。
これがそのまま今の沖縄なのだ、と思ったのでここに記録する。

― 海の向こうからきたおなじ人々

那覇市内から北東へ進み、浦添市をぬけて
西原ICから沖縄自動車道へ入る。

運転手のオナガさんは小柄な方で、
少し呼吸が浅いのか、時折口で息をするような声ともつかぬ音が耳に入ってくる。
あまりしゃべらない方で、であれば助手席の私も努めてしゃべることもないと思い、窓の外の景色を眺める。

南の木々は、太陽の光に貪欲だ。
枝を地面に平行方向に横へ横へと広げ、
光が当たらぬ影ができないよう工夫する。
そうすることで、どの葉も平等に太陽の光に手をのばす。
だからだろうか。
空に向かってまっすぐのびる杉の木立に見慣れていると、
こちらの山は何だかもさもさして見える。

ICにのってから、オナガさんが「どちらからです?」と声をかけてくれた。
その後少しばかりやりとりをしてわかったことだが、
オナガさんはお若い印象の割には耳が遠いようだった。

「久しぶりですよ」とオナガさん。
「何がです?」とわたし。
「日本人のお客さんを乗せたのは。」
「やっぱり多いんですね。」
「多い多い」
「テレビでもよくやってますけど、実感としてやっぱりね」
「うん。最近は9割中国人。」
「9割!韓国の方とかも?」
「う~ん、中国が多いね。上海なんてすぐだし」
「ほ~」
「でもらく、らく。漢字をかいてもらえばすぐわかるから」
「確かに。」
「漢字がわかるから問題ない」
…そういえば、いつぞやの台湾一人旅も何の苦労もしなかった。
「日本人よりらくだよ。時間にうるさくないし、謝謝って言ってればいいからね」
「謝謝」
「そうそう。お互い。謝謝」
トンネルに入って、ゴウーッという音でお互い声が聞こえなくなって、私たちの会話は途切れる。

― 聖地の本当のなまえ。

また外の景色を眺める。
眼下の平地にびっしりビニルハウスがある。
マンゴーかパイナップルだという。
それだけ答えて、またオナガさんは右のウィンカーをだし、ささっと前の車を追い抜いた。

……

「あれ、なんだと思います?」とオナガさん。
「え、なんです?」とわたし。
「ほら、あれ。何か変じゃないですか?」
「え、あれ。ってどれですか?」
「あれあれ」

時速90kmをゆるめず走行するタクシーの中できょろきょろする。
近づいてようやく何を指しているかがわかった。
前方のトンネルのことだ。
といっても、長さ500mもないような短いトンネルだ。
小山の頂上だけを残し、その土台に上下二車線のトンネルがあるというような格好。

「変じゃないですか?」ともう一度オナガさん。
「え、クイズですか。どうしよう」とわたし。
「よく見ると変でしょう」
「?」
「だってあの小山を切り崩せば、トンネル自体いらないのに」
「…確かに」

トンネルを走り抜けながら、ようやくオナガさんの意図を知る。
土の小山としか言えない程度の高さで、わざわざそれを残した形でトンネルにしたのはなぜか、と。

「あれはね、聖地だから。」とオナガさん。
「聖地…?」とわたし。
「うん、聖地。よく見ると、結構あるよ。」

「聖地」

びっくりする。
何を信仰してるのか、なぜ聖地なのかはわからない。
けれど、今の日本語ではない世界の、
元々の沖縄のことばで大切にされてきた聖地だということだけわかった。
ここに戦争が、占領が、基地問題が重なっていく。
もっと言えば、琉球を日本という国に含めるようになってからか。
少し考え込んでしまった。だから、私たちの会話は途切れた。

― 出身とルーツとアイデンティティ


「タクシーの運転手さんをされてから長いんですか?」とわたし。
「4ヶ月前から」とオナガさん
「え!」
「うそだよー。でもみやこんちゅだから。」
「???」
宮古島出身ということかしら。
でも、の意図は一瞬はかりかねたが、外の者としての自分のスタンスをあえて含めたのだろう。

そうすると「沖縄の人」と一言で括るのももしかしたら違うのか。
このあたりの島々で一番大きい島が沖縄。
だから周辺の島々の人が沖縄にやってきて仕事や生活を営む。
これくらいおおざっぱに把握する方が正確なのかもしれない。

沖縄人、日本人、と一括りにしたときに、
全員を抱えこんたようでこぼれる人がいるということ。
あるいはアイデンティティーの意志から自らこぼれにいく人もいるだろう。
このことを忘れたくないなと思う。

そう思いふと、オナガさんの横顔をみた。
会話のあと、特段ことばを継ぐこともなく、普通の、沖縄のタクシー運転手さんに戻っている。

「人々」とひとまとめにしたとき、そこには多様な彩りがある。
これを平等に成立させることは難しい、対策が必要だ、と声をあげる人々がいる一方で、
生活の目からながめれば当たり前のように易しく成り立つこともありうるのだな、とオナガさんを見てそう思った。
ルーツの炎は自分の心に宿らせて。

― となりのUSA


鮮やかな花がちらほらとよく咲いている。
2月末ではあるが、花も盛りのいい季節にきた。

「見て見て」とオナガさん。
「クイズですか」とわたし。
「あの車のナンバー」

その車両ナンバーの左側、
普通は「ぬ」とか「い」とひらがな一字で表記してある部分がアルファベットになっていた。

「あれはね、米軍のひとの車」
「あ、そうなんですね」
「うん、その家族とかね。あれとぶつかると本当に大変。手続きだけで2~3時間はかかる」
「うわぁ…」
「ミリタリーポリスがくるからね」
「日本警察じゃないんですか。」
「日本警察だと処理できないからミリタリーポリスがくる」
「そのミリタリーポリスさん、は、中立的な立場なんでしょうか…?」
「まさか。だから3時間かかるのよ」
「そっか、車の事故とはいえ、ちょっとした国際問題なわけですもんね」
「大げさに言えばそういうことだね。」
「う~ん」
「だからミリタリーポリスにさばいてもらう」
「てことは、自動車事故じゃなくても何かあったときは…」
「そう。日本警察じゃなくてミリタリーポリス」
「…気を付けます。明日からレンタカーなんですよ」
聞こえなかったみたい。大きめの声でゆっくりしゃべる。
「明日からレンタカーなので、他に気を付けることがあれば教えてください…!」
「あるある。沖縄の人はね、黄色で2台、赤でも1台いくよ。追突のもと。」
「え、」
「高速出たら見てみて。みんなそうだから。だからみんなレンタカーにはすごく気を付ける」
「なんと…」
「ふふ」

ー 偏らぬ海

タクシーは、屋嘉ICで高速をおりた。
ここから東岸をはなれ西岸へと向かう。
カーナビをみれば、目的地はもうすぐだ。

しばらく無言で走らせたあと、
オナガさんが、またいつもの調子で突然声をかけてくれる。

「ここがね、一番せまい」
ちょっとしたクイズのような話し始めは、
オナガさんの癖なのだとこの頃には私もだいぶ慣れてきた。
「せまい?ですか?」とわたし。
するとオナガさんは、左手をだして、
バックガラス側のあちらの海と目の前の向こうの海とを交互に指差し、
「太平洋と東シナ海。3km」
と言った。

3km。

おどろくべき距離だ。
太平洋側の岩手に住む人間からすると、
私にとっての海といえば太平洋で、
陽がのぼる海しかしらない。
列島と言葉ではいうけれど、生活の中で自分は海に囲まれた地に住んでいるのだと自覚することはまずない。

偏らず、どちらの海も見渡せる地点があるとは思いがけなかった。
幸運なことにお天気がよく、視界は冴やかでどちらの海も碧く、美しい。

静かにとても興奮していたので、
「記念にここでおりて写真を撮りたい」と申し出ようかと思ったが、
沖縄に住み、しかも宮古島出身のオナガさんにはこの感激は伝わらないだろうな…でも… と考えているうちに大型トラックが後ろについたのでこのアイデアはあきらめた。

3km。

坂ののぼりくだりがやや激しいが、走れない距離じゃない。今度また沖縄にきたら、この地点を目的地にする。

「島」が何たるかを知るには、なかなかいいぞ。

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