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【SS 02】「彼の場合」|Arcanamusica

SHORT STORY #02 「彼の場合」

著:衣南 かのん


『アルカナムジカ』のアプリに表示されているRECボタンを停止して、ひと息つく。

 あとはこのまま、アップロードボタンを押せば完了。それだけで、アプリの中で俺の歌が配信される。
 手に持っていたアコースティックギターをスタンドに戻して、俺は祈るような気持ちでボタンを押した。


「今回はbet、たくさんつくといいなあ」


 数ヶ月前、バンド仲間に紹介されたアルカナムジカは、今や俺の音楽活動の中心になっている。ライブハウスで歌う時のように直接歓声が聞こえないのは少し寂しいけど、その分アプリを通してたくさんの人に聴いてもらえるというのは、やりがいになる。

 ……まあ、聴いてもらえれば、の話だけど。



「この間の曲、全然伸びねえなあ……」


 背中を預けていたベッドに、そのままもたれかかる。

 つい先週も歌って投稿してみたものの、付いたbetの数は10に満たないし、再生数も50回を上回る程度。
 お気に入り登録をしてくれているリスナーも、知り合いを除けば数人がいいところだ。

 アプリというのは多くの人に聴いてもらえる一方で、同じように配信している人間もそれはもうたくさんいるわけで……。


(ま、少しずつだよな、こういうのは)


 落ち込みそうな気持ちを奮い立てて、自分がフォローしている歌い手の投稿を見に行く。人気の歌い手ともなると再生回数は何十万を記録するし、betの数も1万以上と桁違いだ。

 すごいな、と思いつつ、同じアプリで歌ってはいてもどこか別の世界の人達なんだろうな、と感じる。

「プロの歌手とかもいるらしいって噂あるしな……おっ!」

 『New』のアイコンが光る曲に、勢いよく体を起こした。


「レッジェさんの新曲、配信されてる!」


 『レッジェ』は、俺がこのアプリの中で一番推している歌い手だ。
 最初に聴いたのは彼が初めて投稿した『テノヒラダンサー』で、疾走感のあるサウンドのカッコ良さと、その中でも確実にわかるスキルの高さ、芯のある歌声に聴き惚れてしまった。



 更に続けて更新された『ストレイアンサー』は、表現力が秀逸で……彼の歌の幅の広さを尊敬し、見習いたいとすら思ったのだ。


 以来、レッジェさんの曲は何度も繰り返し聴き、新曲も今か今かと待ちわびていたのだが——。


「えっ……デュエット?」


 待望の新曲は、なんとレッジェさん一人のものではなかった。

 デュエットの相手は『シブキチ』という聞き覚えのない歌い手で、おまけに普段のレッジェさんは決して書かない一言コメントまで添えられている。
「ディスティニーゲームの結果、シブキチとデュエットすることになった……って、どういうことだ?」

 更に聞き覚えのない『ディスティニーゲーム』という単語を、一旦検索エンジンで調べてみる。

 けれど、『アルカナムジカ ディスティニーゲーム』と入れてみても検索結果はほとんど出てこなかった。


 SNSも検索して、なんとなくわかったのは、どうやらアルカナムジカにはプレミアム会員、という制度があること。ディスティニーゲームはその会員向けのコンテンツらしい、ということ。

 数ヶ月も使っているのに、そんな制度があるなんてまるで知らなかった。


(って……もしかして、ディスティニーゲームに参加すればレッジェさんとデュエットできるってことか!? えっ、すげえ!)


「どうやったらディスティニーゲームに参加できるんだ……? やっぱり、プレミアム会員になるしかないのか?」

 興奮しながらもう一度アプリに戻って色々とページを遷移していくと、設定ページの遥か下の方、気づく人なんてほとんどいないんじゃないかという場所にプレミアム会員の方はこちら、という文言を見つける。

「こんなの、誰も見つけられないだろ……」

 本気でプレミアム会員を獲得する気があるのだろうか、と疑問に思いながらもそのページを開くと……


「現在、プレミアム会員は募集しておりません……って、なんだよそれ!」


 膨らんだ期待が一気に潰れて、思わず再びベッドに頭を預ける。
 よくよく見てみると、プレミアム会員になるにはアルカナポイントを相当貯めなければいけないらしい。

「アルカナポイントかあ……betの数でもらえるって話だけど……」

 そもそも、betの数が伸びない俺には縁遠い話だ。

(まあ、プレミアム会員になったらレッジェさんとデュエットできるってわけじゃないんだろうけどさ……)

「くそー……デュエット曲、聴いてやる! シブキチ、お前の実力聴かせてもらうぞ!」

 本当にレッジェさんとデュエットするのに相応しい歌唱力なんだろうな……と、なぜか審査員のような気持ちで曲を選択し、俺はアプリから流れてくる音楽に耳を澄ませた。


(なんだよこれ……めちゃくちゃいいじゃん……)


 今までのレッジェさんの曲のどれとも違う、どこか優しさの滲む声色も、それに応えるシブキチのまっすぐな歌声も、重なることで生み出されるハーモニーも……。

 全てが良くて、気づけばレッジェさんだけじゃなくシブキチの歌声にも真剣に耳を澄ませている自分がいた。

「シブキチ……か……」

 シブキチの名前で検索してみると、レッジェさんと同じようにいくつかの曲が出てくる。

 そしてその曲には、レッジェさんと同じように『Special』の文字が輝いていた。

(そういえば、このSpecialっていうのもなんなんだろうな……オリジナル曲なら俺も上げてるけど、こんな言葉つかないし。なんか特別な曲なのか?)


 シブキチの曲の中でも一番上に出てきた『You are my friend!』という曲を早速聴いてみる。


 レッジェさんのような落ち着きや大人っぽさはない。
 上手いけれど一生懸命さの方が前に出ている雰囲気で、これなら俺だって負けない、と思いかけたけれど——。

(いや……違うな。俺、こんなに真っすぐ歌えねえもん)

 レッジェさんの曲を初めて聞いた時とは全然違う。
 手の届かない相手への憧れじゃなくて……隣で背中を押されているような感覚に、思わず顔を覆う。

(ずりい、こんなの)

 特別上手いとか、特別曲がめちゃくちゃカッコいいとか、そういうわけじゃないのに。
 どんなにうまくいっていなくても、夢を諦めなくていいんだって、頑張ろうって言われているみたいで、たまらない気持ちになる。

 よく見ると、シブキチも上位の歌い手たち同様に再生回数もbetの数も、他の歌い手とは群を抜いて多かった。

(やっぱ、レッジェさんとデュエットしてるだけあるよな……)


 俺には、まだまだ遠い。レッジェさんも、シブキチも。

 でも——いつか。


「……よし! 来週またアップできるように、新曲作るぞ!」


 気合いを入れ直して、スタンドから再びギターを手に取る。

 確かめるように響かせたアルペジオに気分をよくしながら、俺は次の新曲に向けて音を作り始めた——。


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