読書感想文(45)新井素子『チグリスとユーフラテス 下』

はじめに

こんにちは、笛の人です。
読んでくださってありがとうございます。

前回投稿した新井素子「チグリスとユーフラテス」の下巻です。
壮大な物語が幕を閉じ、ほっと一息つくような気分です。一方で、ほっと一息つけないほど沢山の大きな問いを投げられたので、複雑な気分です。
上巻の感想でも書きましたが、本当にテーマが多様で、そして深いので、色んな人の感想を聞きたい本です。
是非読んでみてください。

一応、上巻の感想文のリンクを貼っておきますので、気になる方はご覧ください。

感想

下巻では上巻の様々なテーマを引き継ぎつつ、また新たなテーマを提示しているように感じました。
これまで「特権階級」というものが出てきて、それぞれの時代の特権階級の人が様々な価値観を持っていました。
それらを引っくるめて、「人生の意味」を問い、そして「人生に意味なんて無い」とした上で、人生に意味を見出しています。いや、意味というより価値でしょうか。本の中では「勝ち負け」という表現だったと思います。「人生楽しんだもん勝ち」というのが、一般的によく聞く表現かと思いますが、まさにそういうことなのかなと思います。
そして、この作品のように人類の終末までなスケール、現実で言えばそれこそ天文学的な時間を前提にするようなスケールで、物事を考えることは滅多にない気がします。しかし哲学的に人生の意味を考えていくと、確かにそこに行き着くのかもしれないな、と思います。それこそ、そのようなスケールで話をしたのは宇宙飛行士でしたが、現代でも宇宙開発(?)に関わっている人はそのようなスケールで物事を考えているのかもしれません。だって、ほんの少しずつ宇宙の事を解明しても、自分が生きているうちに何かが劇的に変わるということはあまり無いように思います。それでも少しずつ宇宙の事を解明しようとするのは好奇心なのか使命感なのかわかりませんが、それが人生の意味を見出しているということなのだと思います。

ただ、私がこの本を読んで考えたことは少し違います。確かに天文学的な時間を前提にすると、人生に意味は無いと言えるかもしれません。しかし私はそれまで続く人の営みに、過程に注目したいです。こんな私の人生になんの意味があるのか、と考えた時、私の行動や考えが次世代にほんの僅かでも影響を与えているはずです。自分を例に出すと些細なものに思われますが、例えば作品内で出てきた芸術、これは現実で確実に後世に影響を与え、次世代に繋がっています。それも結局「最後の子ども」まで想定すれば意味の無いことなのかもしれませんが、それはまたその世代に考えてもらう、というように考えるのが、今の自分にとってはしっくりくる考え方です。
それに、これも作品内で触れられていたと思いますが、空間的にももっと大きなスケールで考えれば、惑星ナインの人々の営みはやはり意味があったと思います。いつか地球や他の惑星の人類或いは他の生命体がナインにやってきて、ナインのことを知る。そうすればまた、それまでの人々の営みの意味は続いていきます。
そして、それが可能なのは人類が地球から移民し、分散するという種の存続手段を取ったから可能なのであり、人類の知恵によって意味が未来へと続く可能性を残したのです。わかりやすい現代の例でいえば、コンピュータやインターネットのデータのようなものです。分散することでリスクを下げるという知恵は既に現代でもあります。それを人類が種や文化を未来へと繋ごうとしたと考えられないでしょうか。そう考えると、私はこの物語にもなんとか救いを求められるのではないかと思います。
それでもルナの立場を考えると、やはり悲しい物語に思われます。しかしそれを、遥か未来を見据えて考えることで救いを見出した私は、つまりはレイディ・アカリと同じようなことをしているのです。なんとか肯定的に捉えるために、思考のパラダイムを転換したのです。
既にここまで、作品内に答えが書かれているのです。本当にものすごい作品だなと思います。

全く話が変わります。下巻では、愛の在り方についても触れられます。

"あたしは、龍一への愛と、明への愛、その二つの間に、優劣をつけがたい"
これが、灯の心からの思いであったとしても、それでも、この言葉は、容認しがたいものであるのだ。二つあってはいけない。"真実の愛"ば、当然のことながら、並列なんかしては、いけないに決まっているのだ。

恐らく現代の価値観でも、世間的にはこれに当てはまるのではないかと思います。つまり、一途であるのが良いとされているように思います。それがいかに不自然なことかは色んな本で書かれているように思われますが、この作品ではそれがとてもわかりやすく書かれています。
これについても、色んな人と話をしてみたいなと思うところです。

また、有性生殖をするようになって個が生まれた、という話は新鮮で面白かったです。この考え方は一つ自分の中に取り入れておきたいです。

おわりに

まだまだ書こうと思えばいくらでも書けるのですが、キリがないのでこの辺りで終わっておこうと思います。
この作者の頭の中はどうなっているのか、とても気になるので他の作品も色々と読んでみたいなと思いました。
この作品が気になった方は是非読んでみてください。それなりに長いですが、文章自体は平易でとても読みやすいです。

というわけで、最後まで読んでくださった方、ありがとうございました。

この記事が参加している募集

読書感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?