遠野の魅力~もうひとつの遠野物語~

遠野の魅力~もうひとつの遠野物語~

arata0715

キリンビール仙台工場インターンシップ第2回は東北随一のホップ産地
遠野への訪問だ。

第1回でビールができるまでの過程を学んでからの訪問
前回はキリンビールのこだわりを実際に工場を見学しながら教えてもらい、ビールの、キリンの魅力をこれ以上ないほど感じた。

それを踏まえての今回
①ホップ農場の見学
②遠野で町おこしをされている田村氏との座談会
この2つが大きな目的だ
テーマは五感で感じること!

当日は仙台駅に集合し、新幹線で水沢江刺駅へ
新幹線のなかで自分の遠野へのイメージを整理した
思いつくのは高校時代に読んだ柳田邦男の遠野物語だけ

ホップの産地であることも第1回で初めて知った
私の遠野へのイメージは明治以降変わっていない、、、
100年後の遠野へタイムスリップするかのような心境だった(笑)

駅から車で30分ほどでホップ農場へ到着
圧巻の光景だった
5~6mほど高くそびえ立つ緑のホップは圧倒的な存在感を放っていた
「写真でみるのと全然違う、、、」思わず呟いてしまった

長靴に履き替え中へ入っていく
ホップの実を取り、匂いを嗅いでみる
前回嗅いでみた冷凍保存されたホップとは全然違う
上品というかフローラルというか、、、
うまく言葉にできないがこれが生ホップの格別さを感じることができた

キリンのホップ担当の方たちはこの匂いを嗅いでホップの収穫の時期を見極めるらしい、、、凄すぎる。


午後はお話を聞く機会をいただいた

まずは「ホップ博士」村上さん。村上さんは"とれたてホップ生ビール"を
開発した凄い方だ。
ホップへの熱い思いがひしひしと伝わってきた
現在は遠野でカフェ&バーを開いている村上さん
ジャズおじさんとも呼ばれているほどの音楽好きで店内には膨大な数のレコードがあり、おしゃれな雰囲気だった

次は田村さんの話を聞いた
田村さんは大手企業を退職してまで遠野に来た
その理由は東日本大震災にあった

私自身福島で被災した経験があり、震災には強い思いがある
しかし三重出身の田村さんがなぜ震災をきっかけに遠野にきたかというと
大切な場所である地元で南海トラフ地震が起こってしまったときに立ち上がりたいという強い思いがあったからだ

もともと地元へ戻りたいと考えていた田村さんは震災後の東北で町おこしに
携わることで、来たりうる将来のための準備をしようとしたのだ

そこで目を付けたのが遠野だった
ホップとビールに可能性を感じた田村さんは移住を決断する

人脈も何もないところからのスタートした田村さん

「ホップの里からビールの里へ」これが田村さんのプロジェクトヴィジョン
ホップだけでなくジンギスカンや畜産など他の地域資源と絡める
「点ではなく面で勝負する」とおしゃっていた

いろんな人の話を聞きに行く、話に来てもらう
お酒全般の知識を知る
地元の方々と同じ時間を過ごす
海外の最新の情報を知る

このようなことを繰り返すうちに徐々に仲間が増えたいったそうだ

新規移住者の支援、遠野醸造の設立、クラウドファンディングでの資金集めなど
田村さんはプロジェクトを進めてきた

しかし、新規参入者の中には数年後辞めていく人が多い、高齢者の農家の方が多いなど改革が必要な点もあるらしい


このような町おこしの話以外にも田村さんは大学時代のアルバイトの話など私たちへのアドバイス的な話もたくさんしてくださった。
バーテンダーでバイトをしていたというのは驚いたが
その経験が今の実績に繋がっていることを感じた


印象に残っているのは田村さんが道で散歩している親子に
「田村さん、こんにちは」と親しげに話しかけられていた場面だ
本当に地域の方々に愛されているのだなあと感じた


初めて訪れた遠野は人も自然も暖かくいい意味で期待を裏切られた
もし自分なりの遠野物語を書いてみろと言われたら今回の経験を書きたいと思う







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