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サンダルばいばい。と恐怖の思い出。

ついこないだネットの海を漂っていたところ「サンダルばいばい」(だったかな?)という記事に出会った。

海に流されたサンダルを追いかけると危険だから、サンダルが流されても取りに行かないように。という「サンダルばいばい」という文字を見てワタシは思い出した。

海にサンダル……。

ああ。

あったあった。

おいかけたよね。

ワタシ。


あれは小学校低学年の頃。数家族で一緒に旅行に行った時のこと。

海で泳ぐという予定はなかったと思うので、お盆は過ぎていたのかな?それとも海に他の人たちはほとんどいなかったので海水浴場ではない場所に行っていたのかもしれない。
あの日はまだ暑い日で、ワタシは赤と白のボーダーの袖なしワンピースにビーチサンダルという格好だったのをよく覚えている。

大人たちがのんびりと歩いているその前を子供たちが波打ち際を飛沫をあげながらきゃっきゃきゃっきゃと走り回る。そんな絵に描いたような微笑ましい光景の中であの悲劇は起こった。

みんなと同じように足首のあたりまで水に浸かり、ワンピースの裾をボトボトにしながら走り回っていたワタシは右足を後ろに蹴り上げた瞬間、足に「するっ」という何とも言えない感覚を覚えた。
それはビーサンを履いた足を水に浸け、指の力を抜いて「ロケット発射!」などと叫びながらビーサンを飛ばして遊んでいたあの時の感覚によく似ていた。いや、むしろ同じだった。

足元の海水はぬるく、湿気を含んだ空気は暑い。
なのに頭のてっぺんからひんやりとしたものが降りてくるの感じ、そしてワタシの身体は一瞬固まった。

あ。ヤバイ。
これ、ビーサン脱げたんちゃう?

急いで辺りをきょろきょろと見回すと、ワタシから手が届くか届かないかの距離にビーチサンダルがぷかぷかと浮かんでいるのが見えた。

「うわーーーー!!!!」

ワタシは大きな声を上げ、服が濡れるのも構わずサンダルに向かってバシャバシャと水をはね上げながら駆け寄った。すると残っていた方のビーチサンダルもスルリとワタシの足から逃げ出した。

「いやーーーー!!!!」

ワタシはもう一度叫ぶと必死に両手を振り回し、無我夢中でビーサンを追いかける。そうこうするうちに脱げたばかりのビーチサンダルはなんとかすぐに手に取れた。
しかし、先に脱げたビーチサンダルは、もう片方のビーチサンダルに気を取られているうちにさっきより距離ができてしまっている。

波の動きに合わせ、近寄ってきたと思えば一気に離れていくのを繰り返しながら少しずつ少しずつワタシから遠ざかっていくワタシのビーサン。

やばいやばいやばい。早くとらないと。怒られる。怒られる!波打ち際からどんどん離れていくビーチサンダル。一刻も早く救出しなくては。ワタシのビーサンが!!!

足首までだった水はいつのまにか膝の辺りを越していた。しかし海で泳いだことがあったワタシはまだいけると考えた。早くビーサンとらなくちゃ。ざぶざぶと水をかき分けビーチサンダルを追いかける。いける。大丈夫。取れる。
ワタシは必死にビーチサンダルを追いかけ続けた。

しかし、太ももの辺りまで水に浸かって追いかけたところまでは覚えているけれど、次のワタシの記憶はパンツまでぼっとぼとになりながら砂浜で泣いている場面である。
兄が引っ張って戻してくれたのか、オトンが抱き上げて戻してくれたのか。それとも友達が引っ張ってくれたのか。そのあたりはまったくもって覚えてはいないのだけど「ビーサン流された」と片方のビーチサンダルを手に持ち、裸足で水に濡れて重くなり少し伸びたワンピースからボトボトと水をたらしながら泣きじゃくっている場面。

当時を振り返ると、ビーチサンダルを追いかけパニックになりながら必死に考えていたのは「ビーサン無くしたら怒られる」「めっちゃ怒られる」「早くとらな」「やばいやばいやばい」の3つ。

海にいることなんてすっかり忘れてた。とにかく目の前のビーチサンダルを取り戻す。ただそれだけに一点集中。

そしてそれを駆り立てる恐怖心。

あの頃のワタシはどんだけおかんが怖かったんだろう。怒られたり叩かれたりしたことなど一度もないのに。でもめちゃくちゃ怖かった。ホントに。口答えなんかしたことないほどに。

そのうえ、サンダルを必死で追いかけていた最中、ワタシの中のおかん恐怖指数はワタシ史上最高値で計測不可能なくらい高かった。

「サンダルを流されてしまったら、この海に一人、ぽつんと置いて帰られるに違いない」と確信するくらいには。

普通に考えたらそんなことは起こりえないだろうし、もし万が一我が親がそういう事をする人間だったとしても(しないけど)、他の家族がいる手前そんなことは出来ないだろう。それに他の大人たちが家まで連れて帰ってくれるくらいはしてくれるだろうから『置いて帰られる』というのはありえない話なんだけど。

でもあの時はそれくらい必死だったし、溺れるなんてこれっぽっちも頭の中に出てこなかったし、なんならワタシの頭のなかすべてが「ビーサンを早く救出しないとヤバイ!」で占められていた。
だから止められてなかったら泳いでビーチサンダルを追いかけていっただろう。そんなに泳げないくせに。いや、当時は浮き輪が無いと泳げなかったはずなのに。

アドレナリンが出ていたのか、あの時はどこまででもビーサンを追いかける。泳いででも取りにいく。いける。大丈夫だ。とワタシは確信していたのは確かだ。でも今なら言える。

いや、それ絶対無理だから。と。

ちなみにパンツまでぼっとぼとになりながら「ビーサンが」と泣きじゃくるワタシを見下ろしながら、我が母は笑いながらこう言った。

「ビーチサンダルくらいでwそんなw大げさなw」

ワタシが無事だったからこその発言だったとは思うけど(思いたい)もうちょっと……さぁ……ね?回りの大人たちが「サンダルなんかまた買ってもらったらいいよ」「○○ちゃんが流されるほうが大変だから」「流されていかなくてよかった」とちょっと真面目に、でも笑顔でワタシを慰めてくれる中、オカンの笑顔だけがなんだか異質な気がしたことをワタシは忘れない。

そしてよそのお母さんが「ちょっとw○○さんwいっつもどんだけ怖い怒り方してるんよw」と言った瞬間、オカンの笑顔の裏側で物凄いナニカが産まれたことを感じ取ったあの時のことも、ワタシは一生忘れないだろう。

サンダルバイバイ。とそれにまつわる我がオカンの恐怖の思い出。でした。

うちのオカン、やっぱり怖い。

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