2019年ノーベル化学賞予想

さて、今回は10月9日に発表される化学賞の予想をしよう。

化学賞は、科学系のノーベル3賞の中でも守備範囲がとても広い。私も少し前までは、なんて節操のない賞なんだと思っていた。だが、最近、ノーベル化学賞を振り返る機会があって、その認識が変わった。化学というのは「物質とは何か」を追求する学問だ。

で、化学賞を振り返る過程で、その物質の本質を探るフロンティアが100年前は原子核や原子核反応だったけど、現代は生体内の物質に移っているということなのだろうなと思うようになった。ノーベル化学賞は、その時代のフロンティアを指し示す一種の指標の役割をしているのではないだろうか。

前置きはこれくらいにして、化学賞も近年の受賞分野を振り返ることから始めよう。

 2007年 固体表面の化学反応過程の研究
 2008年 緑色蛍光たんぱく質(GFP)
 2009年 リボソームの構造と機能の研究
 2010年 有機合成におけるパラジウム触媒クロスカップリング
 2011年 準結晶の発見
 2012年 Gタンパク質共役受容体の研究
 2013年 複雑な化学系のためのマルチスケールモデルの開発
 2014年 超高解像度蛍光顕微鏡の開発
 2015年 DNA修復のしくみの研究
 2016年 分子マシンの設計と合成
 2017年 クライオ電子顕微鏡の開発
 2018年 酵素の指向性進化法、ファージディスプレイ法(進化分子工学)

ここ最近は、生化学に関連する研究が目立つのと、3年くらいに一度の頻度で化学反応関連の研究に賞が贈られる傾向があるように思う。といっても、かなり多岐に渡っているので、予想するのはたいへんだけどね。

まず、ゲノム編集技術のCRISPR/Cas9を化学反応の手法ととらえるならば、その関係者に化学賞が贈られる可能性がある。CRISPR/Cas9の開発に関しては、受賞後にノーベル生理学・医学賞を受賞する人が多いガードナー国際賞を2016年に受賞している。それだけではなく、CRISPR/Cas9研究の関係者は、2015年と2016年にトムソン・ロイター引用栄誉賞(現在のクラリベルト・アナリティクス引用栄誉賞)の化学賞部門で表彰されている。この事実を見ても、CRISPR/Cas9は生理学・医学賞だけでなく、化学賞の対象になることがわかる。

問題は、もし、CRISPR/Cas9が受賞するとすれば、誰に贈られるのかということ。CRISPR/Cas9はブロード研究所のフェン・チャン博士らのグループと、カリフォルニア大学バークレー校のジェニファー・ダウトナ博士らのグループが競争していて、特許権紛争にまで発展していた。

ダウトナ博士らは、CRISPR/Cas9の技術を開発し、試験管内で実験を成功させた。しかし、真核細胞(哺乳類など)へCRISPR/Cas9の応用は、チャン博士らのグループを含めて、他のグループの方が早かった。特許紛争の中心の話題は、ダウトナ博士らのグループの権利は、真核細胞への応用にまで及ぶのかということだ。この裁判は、2017年から2018年にかけて裁定が出ていて、ダウトナ博士らの権利は、真核細胞の技術には及ばないという見方が濃厚になった。

ということで、CRISPR/Cas9という手法の発明に注目すれば、ダウトナ博士と共同研究者のエマニュエル・シャルパンティエ博士が受賞するだろう。また、真核細胞への応用も見据えた発展までを考慮するとチェン博士も加わるかといったところだ。

ところで、ノーベル賞は歴史的な流れもかなり考慮する。CRISPR/Cas9につながる基礎的な貢献としては、ある細菌のゲノムの中に、奇妙な繰り返しの塩基配列を見つけ、CRISPRと名づけた石野良純博士の発見がある。2011年の生理学・医学賞はiPS細胞を開発した山中伸弥博士と基礎的な細胞の初期化を明らかにしたジョン・ガードン博士が同時受賞したように、石野博士、ダウトナ博士、チェン博士が同時受賞する可能性も十分にある。

と、CRISPR/Cas9にかなりの幅を割いてしまった。他の注目としては、金ナノ粒子の触媒効果を発見した春田正毅博士、医薬品候補の物質をたくさんつくるために強固な化学反応をつくるクリックケミストリーの有名な反応をつくったデンマークのモーテン・メンダル博士、ドイツのロルフ・ヒュスゲン博士、2〜50ナノメートルというとても小さな穴をたくさんもったスポンジのような材料であるメソ多孔体材料の設計をしたグラーメ・モード博士、エチオ・リザード博士、サン・タン博士などがある。メソ多孔体材料関連が選ばれるようであれば、京都大学の北川進博士が受賞者に選出される可能性もある。

たくさん挙げてしまったが、果たしてどうなるか。発表を待とう。

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