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『「ATMにされたくない」婚活市場から撤退する男性たち』の嘘

※このnoteは最後まで無料でお読み頂けます。

はじめまして。新井と申します。

突然ですが、これを読んで下さっているあなたは「すもも(@sumomodane)」さんという方をご存知でしょうか。

男性の生きづらさや女性の上昇婚志向について精力的に発信していらっしゃる、知る人ぞ知る人物ですね。

彼のnoteの中に『「ATMにされたくない」婚活市場から撤退する男性たち』というものがあります。(画像をクリックすると当該noteにジャンプします)

Twitterを通じてかなり拡散されたので、ご存知の方も多いのではないでしょうか。今回私が書く内容は、このnoteに使われている「データの取扱い」の話です。

すももさんのnoteは一見非常に説得力を持って書かれたもののように見えますが、元になったデータと照らし合わせながら見ていくと
「この統計からそんなことは言えないはずだけど?」
「なぜここだけ切り取られているの?」

とうデータを非常に多く見かけます。

彼の意見に賛同される方も、反対される方も、このすももさんという人物がデータをどのように扱い、どのように論を展開しているかについて、知っておいて損はないのではないでしょうか。

※私はすももさんの発信を四六時中追いかけているわけでもなく、またフェミニズム等に明るいわけでもないため、本稿では彼の主張の是非に関する立ち入った話は避けたいと思います。つまり、主張そのものに関する批判をすることを目的としたnoteではありません。あくまで統計の取扱いに関することについて書いていきたいと思っております。

『婚活に奔走するのは女性だけ』という嘘 : なぜ30代だけ?

彼は、noteの中でこのグラフを用いて次のように主張しています。

同調査によると婚活サービスの利用経験があるのは、男性よりも女性の方が多い。(中略)……婚活に一生懸命なのは女性なのである。これはTwitterの婚活アカウントの多くが女性であるという実感とも一致する。

ところで、グラフの右下を見てください。「(30~39歳)」と書かれています。これは30代についてのデータであることが分かります。

ところが、元となったデータ(ブライダル総研(リクルート)「婚活実態調査2018」)を見ていくと、30代だけではなく、20代から40代について調査が行われていることが分かります。

さらに、30代も含む、全年代を合計したグラフもあることが分かります。

全年代を対象にしたデータがあるならば、それを使った方がきれいにまとまりそうです。にも関わらず、すももさんは30代のグラフだけを用いています。一体なぜなのでしょうか。

彼のnoteは30代を対象として分析を行うものだったのでしょうか。しかし、本文中にそういった内容は見当たりませんでしたし、他の項目では18歳から34歳までを対象とした調査のデータも引用されています。この可能性は低いでしょう。

一つだけ言えそうなことがあります。それは、彼が「婚活に一生懸命なのは女性である」という主張をするにあたり、30代のグラフは一番使い勝手のよいものであったということです。

一体どういうことでしょうか。
元データ(2016~2018年)の男女のグラフを重ね合わせてみます。

全年代合計のグラフを見たとき、「結婚相談所」「婚活サイト・アプリ」は全ての年度で、男性が女性の利用率を上回っています

また、年齢別に見ても、男性が女性の利用率を上回っている項目がかなりあることがわかります。40代に至っては、ほぼ毎年、「婚活パーティ・イベント」以外の全ての項目で、男性が女性の利用率を上回っています

一方、2018年の30代のグラフは全ての項目で女性が男性を上回っており、また数値的にも最もはっきりと男女間の開きが表れています。「女性は婚活に奔走している」というすももさんの主張を補強するには、この年代が一番ぴったりのようです。

しかし、婚活をするのは30代だけではありません

一部だけを切り取ったデータは、本当に現状を正しく反映しているのでしょうか?



『女性の専業主婦志向は低下していない』という嘘 : グラフの恣意的な切り取り

すももさんは、また、次のグラフを用いて、noteの中でこのような主張をしています。

日本の女性は、日本経済が低迷し男性の賃金が伸び悩み女性が社会進出して男女賃金格差を縮小させた中でも、男性に対しては経済的メリットを期待し、自らは専業主婦志向を継続させてきた。

しかし、これも元となったデータを見ると、かなり違った様子が見えてきます。

※「婚活をしている人」ではなく、未婚男女一般を対象に行われた調査であることに注意しておく必要があります。

元データによれば、一番左の「専業主婦コース」を理想とする女性は、1987年から2002年まで一貫して減少し続けたことが分かります。バブル崩壊により日本が本格的に不況に陥ったのが1993年と言われているので、その後に行われた第11回調査では、専業主婦を理想とする人の割合は一気に落ち込んだことが分かります。8割の女性にとって、専業主婦はもはや「理想」ではなくなったのです

すももさんのnoteの中に登場するグラフでは、この部分がざっくり切り取られているので、グラフの与える印象が元データとかなり異なっています


また、すももさんのnoteには登場しませんが、この調査では、未婚者を対象に「女性の理想とするライフコース(理想ライフコース)」「男性が女性に希望するライフコース」に加えて、「女性が実際に歩むことになりそうなライフコース(予定ライフコース)」についてもアンケートがとられています。

グラフから、理想ライフコースと予定ライフコースにはかなり開きがあることが分かります。

婚活というのは極めて現実的な試みですから、予定ライフコースがnoteに登場してもおかしくないように思えます。しかし、すももさんはこれを取り上げませんでした。一体なぜでしょうか。

彼は一貫して「女性の高望みこそが結婚を難しくしている」と主張しています。しかし、理想と予定がここまで大きく乖離していると、女性はすでにかなり譲歩や妥協をしているのではないかとさえ思えてきます。もしそう読み取ってしまう人が多ければ、これは彼にとってかなり都合の悪いデータとなってしまうでしょう。
すももさんが「予定ライフコース」を取り上げなかった理由はここにあるのかもしれません。

もう一つの理由として考えられるのは、予定ライフコースにおける専業主婦選択者の圧倒的な少なさです。
予定ライフコースにおける〈専業主婦コース〉の選択率は7.5%であり、男性が女性に対して希望するライフコースにおける〈専業主婦コース〉の値よりも2.6ポイント低いことが分かります。
また、これは予定ライフコースにおける〈両立コース〉の選択率より20.7ポイントも低いことが分かります。
女性は案外、専業主婦になろうとしていないのです。

少し長くなりました。一度、すももさんの主張に立ち戻ってみましょう。

日本の女性は、日本経済が低迷し男性の賃金が伸び悩み女性が社会進出して男女賃金格差を縮小させた中でも、男性に対しては経済的メリットを期待し、自らは専業主婦志向を継続させてきた。

一方、元データからは次の4点を読みとることができました。
①専業主婦を理想とする女性はバブル崩壊のタイミングで大きく減少した
②女性の理想ライフコースと予定ライフコースには開きがある(=理想と現実は別)
③予定ライフコースにおける〈専業主婦コース〉選択率は、男性が女性に希望するライフコースのそれより低い
④予定ライフコースを見る限り、専業主婦になろうとする人に比べて仕事と家庭を両立しようとする人が圧倒的に多い

すももさんの言うような、「なにがなんでも専業主婦でいたいがために婚活の現場でも高望みを貫く女性」は、実際はどれほど存在しているのでしょうか?


『日本の女性だけが共働きに対する協力意識が低い』という嘘 : 回答者は本当に「女性」?

すももさんは、noteの中で、このグラフを用いて次のような主張をしています。

男性が女性との結婚に対して”圧”を感じていることは世界的にみても明らかである。ISSP国際比較調査「家庭と男女の役割」(2012)では日本の女性は「男性も女性も家計のために収入を得るようにしなければならない」の賛成率が世界でワーストである。日本の女性は世界で最も「共働き」に対する協力意識が低く、「片働きで稼がなければならない」というプレッシャーを男性に与えているのである。

すももさんのnoteのグラフでは、左上の「(女性回答者)」という注意書きから、回答が女性によってなされたものであることが示されています
しかし、これも元となったデータ(ISSP Family and Changing Gender Roles Ⅳ,2012)を見ると、どうも様子がおかしいことが分かります。

元データによれば、回答者の男女比は、男性541人対女性671人であり、ざっくり4:5の比率となっています。
つまり、男性の回答者がほぼ半数を占めているのです


「男性も女性も同様に家計に寄与すべきか」という問いに対して、「そうである・どちらかといえばそうである」と答えた人の割合は日本が一番低いというのは事実ですが、その回答者は、ほぼ男女半々です。
ここで、すももさんのnoteに登場するグラフと事実との間に、大きな食い違いがあることが分かります。
というか、直截的な表現をするならば、これは「改竄」と言われても仕方ないレベルです。グラフの作成者は、なぜわざわざ「(女性回答者)」と付け足したのでしょうか……。(海外の調査だったらわざわざ元データにあたりにこないだろう、なんて思ったわけじゃないですよね。まさかね。)

日本の女性は世界で最も「共働き」に対する協力意識が低く、「片働きで稼がなければならない」というプレッシャーを男性に与えているのである。

すももさんは「《女性が》男性と同等に稼ぐのを嫌がり、男性に経済的プレッシャーを与えている」といった主張をしていますが、当該データが女性回答者のみを分析対象としたものでない以上、この主張は根拠を欠いたものだとしかいえないでしょう。

事実と完全に異なる内容をさも事実であるかのように書きたてるのって、故意にやっているのならば、けっこう悪質なんじゃないでしょうか。意図的な改竄ではなく、これが彼のうっかりミスであることを祈るばかりです。



『結婚意欲を失う男性、結婚したくてたまらない女性』という構図の嘘 : 女性のデータは無視

「『ATMにされたくない』婚活市場から撤退する男性」というnoteは、「結婚意欲を失いつつある男性、それとは対照的に婚活に奔走する女性」という男女像に基づいて書かれています。
しかし、これが事実でない可能性が高いというのは「『婚活に奔走するのは女性だけ』の嘘」で述べた通りです。

他のところでも、すももさんは「もう結婚はこりごり」な男性像をところどころで描き出しています。
その一つが、「さみしくない男性の増加、代替される結婚のメリット」です。この章では「出生動向基本調査・独身者調査」を用いて、「一人でもさみしくない」と答える未婚男性が1997年から2015年にかけて10%増加したというデータを紹介しています。

ただし、「一人でもさみしくない」と答えた人の割合が増えたのは、男性だけではありません。

これは元データである「出生動向基本調査・独身者調査」のグラフです(着色は筆者によるもの)。
タイトルを見てください。「一人の生活を続けても寂しくないと思う未婚『男女』が増加」と書かれているのが分かります。2010年から2015年にかけて、「一人でも寂しくない」と答えた未婚者の割合は、男女ともに7%増加しています。

寂しさを感じていない女性が増えたことが「女性は婚活に奔走している」という主張と矛盾してしまうからでしょうか、すももさんのnoteでは、女性の増加の程度は示されず、割合だけがかっこ書きの中に控えめに示されるに留まっています。

「出生動向基本調査・独身者調査」では「一人の生活を続けても寂しくないと思う」と回答した未婚男性(18~34歳)は1997年は37.1%だったものが2015年には48.4%と約10%も増加した(女性は2015年で36.2%)。


また、彼は同調査から「独身生活の利点だと思うもの」という項目を抜き出して、このように主張しています。

さらに同調査の「独身生活の利点だと思うもの」では男性(30~39歳の未婚者)は女性と比べて全体的に利点を多く挙げている。また男女差が大きい項目をみると男性は女性よりも「行動や生き方が自由」が16.0%高く、「金銭的に裕福」が13.1%高く「家族を養う責任がなく、楽」が14.1%高い。逆にいえば、男性は女性との結婚を「不自由で」「お金がなくなり」「責任が重くて苦痛」だと思っているわけである。

しかし、元データを見るかぎり「行動や生き方が自由」という項目に関しては、女性でも53.8%と半数以上の人がメリットとして挙げているので、なにも男性に限った話ではありません。

なにより「独身生活の利点」をそのままひっくり返して『男性は女性との結婚を「不自由で」「お金がなくなり」「責任が重くて苦痛」だと思っているわけである』と結論づけるのは、かなり無理があるでしょう。というか、論理的に誤っている可能性すらあります

高校1年生の数学を思い出してみて下さい。「AならばBである」と同じ内容なのは「BでないならAでない」(対偶)でしたよね。裏や逆は命題と必ずしも一致するわけではなかったはずです。
「独身ならば楽だ」という命題を例に考えてみましょう。対偶は「楽でないならば独身でない」であって、「独身でないなら楽でない」ではありません。
「AならばBだ、したがってBならばAだ」という論理展開を、後件肯定といいます。形式的誤謬の一種です。

また、ここには因果関係と相関関係の混同も見られます。論理学の世界には「相関関係は因果関係を含意しない(Correlation does not imply causation)」という言葉があります。
「男性は女性に比べてXという製品を好む人が10%多い」というデータがあったとします。では、男性ならば製品Xを好むのか、というと、必ずしもそうだとは言えないことが分かると思います。
元データから読み取れるのは単なる傾向(相関関係)であって、因果関係ではないのです。
すももさんは「男性は女性より独身生活のメリットを多く感じている傾向にある」、ゆえに「男性は結婚を嫌がっている」といった論理展開をしていますが、前者が相関、後者が因果の話になっていることから、ここも書き方としてはまずいと言わざるをえません。

また少し長くなったので、簡単にこの項目の話をまとめてみます。
①一人でもさみしくない男性が増加したという主張
実は女性も増加しているが、女性の増加については言及されていない
②“男性は女性との結婚を「不自由で」「お金がなくなり」「責任が重くて苦痛」だと思っているわけである“という主張には論理的な誤りがある

したがって、男性だけが結婚から遠ざかっている、と結論づけるのには無理がありそうです。

「統計」は嘘をつく

ここまでざっと見てきました。このnoteを読む前と後で、『「ATMにされたくない」婚活市場から撤退する男性たち』はかなり違って見えてくるのではないでしょうか。

はじめの方でも書きましたが、このnoteは彼の主張の内容そのものに立ち入ることを目的としたものではありません。もちろん、このnoteは彼にとってかなり気分の悪い内容となっているでしょうが。

このnoteを書いたのは、一見揺るぎない根拠であるかのように思えるデータも、切り取り方によってはどのようにでも加工できるということを確かめたかったからです。
そして、すももさんという方がこういったデータの切り貼り、いわゆるチェリーピッキングをする方である、ということを書き記しておきたかったからです。

データから主張を導き出すのではなく、はじめから主張ありきでデータを補強材料として使うとき、数字が歪んでしまうリスクは常について回ります。語り手がチェリーピッキングといった「禁じ手」を使う人なら尚更のことです。私たちはこのことを認識しつつ、身の回りの数字に対してもっと注意を払う必要があるでしょう。

まだまだ検証したいポイントはたくさんありますが、全て調べていると膨大な時間がかかるので、また別の機会に回すとして、今回はこのあたりで筆を置くこととします。



追記:すももさんの統計の扱い方について書かれた記事を見つけました。あわせてどうぞ。
https://www.tyoshiki.com/entry/2019/11/10/154519?amp=1&__twitter_impression=true

https://togetter.com/li/1397255

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