ブレスを考慮したテイク分けについて
発声やブレスコントロール、ピッチ感やリズム感なんかは継続的なトレーニングが必要となる部分ですが、ブレスを考慮したテイク分けを行う方法は一瞬で取り入れられると思いますので、ぜひ何卒いますぐに取り入れていただきたいと思います。
今回の話について
私のウェブサイト上、「ボーカルミックスのご依頼について」「3.データに関する注意点」として掲載している内容について掘り下げます。
この「意図しない状態」という部分について、少し表現に迷ったところではあったのですが、もう少し具体的に言えばボーカルデータの「不自然な状態」を避けたいわけです。
今回は主にブレスに注目しながら、まずはどのようなテイク分けを行うと不自然な印象となってしまうかを考えてみたいと思います。
ブレスが考慮されていないテイク分け
まず考えられるのが、必要な箇所にブレスが含まれておらず、息継ぎなしで非常に長いフレーズを歌いきってしまっているような、普通の人間ではまず歌うことの出来ないボーカルデータとなってしまっている状態です。
例えば、ドラムをDAWで打ち込んだとき、音数をどんどんと増やしていって、手足が4本では到底叩けないような複雑なフレーズを作ることも可能です。ただし、実際のドラマーが演奏したようなドラムフレーズを作りたかった場合には、両手足で演奏できるような音数・フレーズに収めるべきです。
楽曲によっては、息継ぎを行うタイミングが考慮されていない楽曲(特にボーカロイド楽曲)もありますので、必ずしも全ての楽曲で自然なブレスを行うべきというわけではありませんが、仕方ない場合や意図した場合を除き、自然なブレスとなるようにテイク分けを行う必要があります。
よくあるケースとして、セクションとセクションの間、Bメロとサビを別々に録音し、その途中にブレスが含まれていない、といったものです。
楽曲のアレンジによっては、当該箇所にブレスが含まれていなくてもさほど問題とならない場合もありますが、
(1)Bメロの終わりがサビの歌い出しと重なってしまっている
(2)Bメロの終わりがサビのブレスと重なってしまっている
(3)Bメロとサビの間に空白はあるものの、サビの歌い出しでブレスが含まれていない
のようなレコーディングがなされている場合、いくらリズム補正を行っても、不自然な仕上がりとなってしまう危険があります。
ブレスを考慮したテイク分け
ウェブサイト上に公開している内容、先ほどの画像内でもその解決方法について触れております。
歌やブレスが自然に重なるように意識して歌唱するというのは、歌自体を良いものとするというよりも、収録されたボーカルデータを良いものとする、という目的となります。
結果的には良いボーカルデータを準備する、ということで同じ目標ではあるのですが、あくまでもデータ準備の話で、ボーカリストというよりもエンジニア的な考え方です。宅録で歌ってみた作品を制作される場合、両方の知識が求められるわけです。
ただし、レコーディングの際には良い歌を歌うことだけを考えるべきで、エンジニア的な思考に意識を取られるのはどうにももったいなく、基本的には「各テイクの前後を若干多めに収録」していただくという方法が、最も考えることが少なく、レコーディングに慣れるまではベストな対策であると考えております。
ブレスを考慮したテイク分け(具体例)
通常のレコーディングでは、多くの場合、
(1)Bメロ
(2)サビ
とそれぞれ収録していただいており、この2つのテイク間に違和感が生まれないようにする必要がある、というのが前項の提案でした。
このレコーディングについて、
(1)Bメロ + サビ頭1~2小節
(2)Bメロ終わり1~2小節 + サビ
のようにそれぞれ収録していただくと、ボーカルデータとテイク間(ブレスを含む)が重複する状態となります。
Bメロ→サビ部分を繋げて歌っている状態を両方のテイクで作り出したうえで、ミックス時に適切な箇所でカット・フェード処理を行い、あたかも本当に続けて録音したかのような自然なテイク分けとすることが可能です。
理想としては、1曲まるごと1テイクで収録してしまうことが最も自然なボーカルデータと言えるかもしれませんが、楽曲の長さやフレーズの難易度からそのように収録出来ることはほぼないはずで、疑似的に同様の効果を狙える方法です。
もちろん、Bメロやサビといったセクションの間だけではなく、サビの前半と後半や、サビの一部分を修正したい(パンチイン)場合にも同様の手法が非常に有効です。
スタンドマイクとブレス
ここからは少し見方を変えて、ブレスの重要性・必要性について考えてみたいと思います。
実際のライブを想像した時に、アーティストの口元に固定された小さなマイクなどは別ですが、ハンドマイクまたはスタンドマイクいずれの場合でも、常にオンマイクとしていることはあまり考えにくいです。
例えば、Bメロのフレーズを歌い終わり、口元からマイクを離し、またサビの歌い出しで口元にマイクが戻ってくる、となることがほとんどです。
サビの歌い出しでブレスが収録されるかどうかはアーティストのマイクの扱い方にもよるところですし、そもそも口ブレスと鼻ブレスで収録される音量や雰囲気にも違いが出てくるものです。
宅録、スタジオ収録問わず、なかにはダイナミックマイクを手に持って収録されている方もいるかもしれませんが、ほとんどの方が、コンデンサーマイクをマイクスタンドに設置して収録されていると思います。
マイクスタンドを使用されている場合、ライブのステージ上で、バンドのボーカルがギターを持ちながら歌を歌っているような、シンガーが身振り手振りを交えながら歌唱しているような状況に近いものとなります。
Bメロのフレーズを歌い終わり、そのままレコーディングを一時停止することなくサビを歌う場合にも、口元から若干マイクを離し、またサビの歌い出しで口元にマイクが来るようにする、となることがほとんどかと思います。
スタンドマイクを利用してレコーディングされるとき、何歩かは移動することもあるかもしれませんが、マイクにブレスが一切収録されなくなるほど、マイクから離れる方はまずいないと考えています。
ある程度マイクに近い場所にいる以上、マイクと口元が大きく離れているとしても、鼻ブレスであろうが口ブレスであろうが、少なからずブレスやこれから歌うぞという空気感が収録されるものなのです。
このブレス、空気感は、最終的に楽曲のアレンジや収録内容、前後のフレーズによって音量が小さいままとしたり、カットしてしまったりする場合もあるものの、ほとんどの場合は作品に、ボーカルに活かされる重要な要素となります。
このレコーディングを行った際の空気感、どのようにマイクを扱ったかという情報は、しっかりとボーカルデータに反映されるため、ミックスの方向性や細かな調整を決める要素ともなりますし、果てには作品の質感にも大きく影響する部分となります。
ブレスが生み出すもの
先ほど「これから歌うぞという空気感」という表現をしましたが、ブレスは歌にとって非常に重要な表現の一部なのです。
歌を歌うために息を吸うもの、それがブレスではあるのですが、どれくらいの強さで、どれくらいの長さで、どのようなタイミングでブレスを入れるかは、アーティストの個性や表現力に直結する部分となります。
ボイトレを受けていたり、独学であろうが歌を練習・勉強していたりすれば、このブレスの重要性については全員が理解している、もしくはなんとなくは感じているものです。
ここをないがしろにしてしまうと、あくまで個人の感想ではありますが、歌を練習・勉強していない、もしくはしようとしていない人の歌、と聞こえてしまうのです。
さらに、そもそもブレスが含まれていなかったり、ブレスと歌が重なってしまっているテイク分けがなされている場合には、同様の印象、もしくはそれ以上に雑な印象のボーカルデータとなってしまう可能性があります。
あくまでもレコーディング方法の話であり、本来ボーカリストが気を遣う部分ではないエンジニア的な知識ではあるのですが、宅録を行う以上は正しいデータ準備を行い、マイナスイメージを生み出さないように気を付ける必要があると考えております。
余談:不自然なボーカルデータ準備が普通になっている気がする話
「初めて歌ってみたを制作したい」という方で、今回の記事のような内容を知らないのは全く問題のないことです。知らなくて当然なのです。
ただし、ブレスが含まれていなかったり、歌とブレスが重なってしまっていたり、そのような不自然なボーカルデータ準備を行われることが「普通」になってしまっているように感じています。
これは、私がご依頼いただくほとんどが個人勢の非商業であることもあるとは思いますが、誰からもデータ準備について指摘される場面がないためだと考えています。
もしくは、フリーランスのミキサー(いわゆるミックス師)の知識や技術に大きな差があり、ましてやブレスやテイク分けに関してはボーカリスト的な知識も求められる部分なため、歌ってみた作品を制作される際にこの記事のようなことを指摘する方はあまりいないのではないのかな、と感じているところです。
私の場合は運よく、自らがバンド等で人前で歌ってきた、レコーディングを行ってきた経験があるため、それを踏まえた提案を行えているものと考えております。
また、ボカロ楽曲によって、ブレスが考慮されて(ブレスwav等を活用されている)制作されている場合や、全く考慮されず制作されている場合、もしくは意図的にブレスを含めていない場合など、ボカロ楽曲や作家によって人の歌声を想定したボーカルフレーズとなっているかは非常に差があります。
例えば初めて歌ってみた作品を制作されたのが、ブレスを意図的に含めていない楽曲のカバーであったとして、2曲目以降にブレスが活かされたJpopっぽいボカロ楽曲をカバーされたとき、1曲目と同様の収録方法を行ってしまうことも考えられます。
さらに、非常に有名な歌い手・VTuberであっても、歌やブレスが重なったままミックスがなされており、そのままリリースされているケースも少なくないことも影響していると考えております。
私としては非常に違和感を感じる部分なのですが、多くの方が関わっているはずの作品でもこのようなケースがままあり、それが多くの方に認められている作品となっている以上、この記事の提案自体が間違っているのかも知れませんが、私自身としてはそのような作品が横行していることはあまり理解できません。
そのような作品が世に多くあることだけでなく、有名な方でなくとも歌い手・VTuberの歌ってみた作品を聴いている・参考にしている場合、自然なボーカルデータというものに意識を向けるきっかけすらない方も多いのかもしれません。
おわりに
たかがブレス、されどブレスです。
そしてこんなにも長々と書きましたが、テイク前後は少し多めに歌ってほしい、でほぼすべて解決します。
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